ガーデンフール(5)



 ドライアドの討伐自体は然程苦戦するものでもなかった。回復が私だけとはいえ二小隊も居るし、第五音素の譜術を使える者も複数居たからだ。
 ドライアドは火属性に弱い。事前情報に違わず、どうやら変移種という訳でもないらしい。討伐後に軽く見回りもしたが、近隣に他の群れらしいものも見当たらない。
 見つけた巣は空になっており、群れを統率する個体もおらず、恐らく種子が偶然運ばれてこちらで芽吹いてしまったのだろうというのが師団長の結論だった。
 そっか、ドライアドって女の子みたいな見た目してるけど元々は植物系だっけ。

 村人たちから感謝をされ、お礼だという食料をありがたく受け取ってから帰路につく。
 食料は帰りのご飯になるわけだが、着用義務のあるリボンのお陰で私が花生えだと解っている人達からちょっとずつ食料を分けてもらえて私は満足だ。
 お陰で帰り道で師団長の手を煩わせることはなかった……のだが。

「止まれ。ここでいったん休憩にする。ホーリィボトルの在庫は?」
「あと五本です」
「そう。二本使用して魔物避けのスペースを形成。そのあと一時間経ったら出発だ。休憩中は狩りでも採取でも好きにしな。怪我は避けるように」

 肌が疼く。あ、咲く。
 そう思って数分もしない内に休憩が言い渡されて密かに胸を撫でおろす。騎士達は師団長の指示に従っていそいそと休憩スペースを作っていく。
 町から離れたところでの採取や狩りは珍しい交易品を手に入れることができる。言い換えるならお小遣い稼ぎをしたきゃさっさとしてこいということだ。
 勿論大声で吹聴しているわけではないが、騎士達からするとありがたい臨時収入でもある。
 私から見てもお小遣い稼ぎは魅力的だが、戦闘中に花が生え始めてるのに流石に手を出すことは出来ない。落ち着いて花の生える時間を耐えられる方が圧倒的にありがたい。

 休憩スペースから少し離れた人目の避けられそうな場所を探そう。
 そう思っていたら私は何故かもう一本ホーリィボトルを拝借した師団長に休憩スペースから離れた場所へと連れていかれた。

「わ、私達だけで一本使ってしまっていいんですか?」
「いいんだよ。騎士団は花食みにそれだけの価値を見出してる。怒られることはないさ」

 少し開けた木漏れ日の合間。ホーリィボトルを空にして地面に座り込む。団服を脱いで露わになった背中に師団長の指がつうと這った。
 ぴくりと反応するのと同時にぷち、と肌の裂ける感触。日光に当てられたことを喜ぶように次々に花が咲いていく。

「ん……っ」

 師団長が私の真後ろで腰を下ろす気配がする。仮面を手渡され、それをぎゅっと握り締めて痛みに耐える。
 ぷちぷちと咲いている最中の花を、師団長の舌が掬い上げる感覚に肌が戦慄いた。

「しだん。ちょ、あ……っ」
「前より甘い。それに少し花が大きくなってる」
「そっ、うなんですか……?」
「ああ、見えないから解らないか。匂いも強くなってたよ。今から咲くのかって分かったくらい」

 だから休憩時間を取ってくれたんだろうか。
 肌を裂く痛みと肌を這う舌の感触を同時に感じながらそんなことを考える。
 たんに師団長も花を食みたかっただけなのかもしれないが、気遣って貰えたようで少し嬉しい。

「ねえ」
「は、い」
「前から考えてたんだけど、このまま正式に僕の副官になるつもりはある?」
「えっ」

 反射的に振り返りたくなったけれど、慌てて俯くことでその衝動を抑え込む。金色の仮面を改めてぎゅっと抱きしめた。
 くしゃりと花を食む音を聞きながら師団長の言葉を反芻する。響長になっただけでも驚きなのに、このまま副官になるなんて物凄い出世だ。
 だからこそ、実力を評価されてのことでないことはすぐに察せられた。

「それは、その……花生えを、手近に、置いておきたいっから、ですかっ」
「そうだよ。それ以外に理由なんてあるわけないだろ」

 その言葉にちょっとだけガッカリした。
 ほんの少しだけ期待したのだ。今回の働きを評価されたんじゃないかと。

「その……っ、私では、実力ぶそく、かと……っ」
「そんなの叩きこむに決まってるだろ」
「ふあっ」

 ぷち、と花を毟られて声が出てしまう。けれど前より痛くない。
 それどころか花の毟られた場所を舐められて肌が戦慄く。
 そこ舐める意味ある!?

「当然、仕事は出来るようになってもらう。花生えだからって甘えるのは許さない」
「は、はい……っ、つ……んっ」
「素質は悪くない、と僕は判断した。あとはまあ、君の努力次第かな」

 その言葉に落ち込みかけていた気分が再度浮上した。期待されているのだと思えば悪くない。
 肌に歯を立てられる感覚にまた肩が震える。むず痒い感覚が続いて変な気分になりそうだ。

「当然、最初は僕の贔屓だと言われるだろうね。そこから評価を払拭する気、ある?」
「……っ、あります! ひあんっ」
「どうしたのさ、声まで甘いじゃないか」
「し、しだんちょっ、んっ」
「僕のせいだって言いたいの? 僕は花を食んでるだけさ」

 折角やる気になったというのに、唇で肌を食まれて声がひっくり返った。ちゅう、と音を立てて吸われたことにカァと頬が熱くなる。
 意地悪な言葉に言い返したいのに花を食まれ続けているせいで録に舌が回らない。
 花が生える痛みと肌を嬲られる感覚に頭がぐちゃぐちゃになりそうだった。

「ぁ、あ……っ」
「そんなに声出して、団員たちに聞こえるかもよ?」

 師団長の指摘に慌てて自分の口を押さえた。そうだった、ここは外なのだ。
 多少離れているとはいえ団員たちはすぐ側に居る。魔物は寄ってこないとはいえ、声を遮るものはない。
 私の背中に手を置いた師団長の唇が私の耳元に寄せられた。

「いかがわしいことしてたって、誤解されちゃうかもね?」
「〜〜〜〜っ、師団長!」
「冗談だよ」
「いった!」

 怒ったところでぷつっと花を毟られて怒りが霧散した。
 とっつきにくい人だと思ってはいたが、どうやら師団長は元々ちょっと意地悪な気質らしい。
 この人の副官としてやっていけるのだろうかと少しだけ不安になったが、それ以上に開けた未来に歩んでみたいという思いが強い。

「頑張りますから、師団長も誤解を招くようなことしないで下さい……」
「僕は何もしてない。君が勝手に反応してるだけだろ」
「もう!」

 笑みを含んだ声音に、私はそれ以上の言葉を返すことはできなかった。
 私の反応に師団長がふっと小さく笑った気がした。

 それから声を噛み殺しながらも花埋めを終える頃にはちょうど休憩時間は終わっていて、集まった師団員たちと一緒に本部へと戻る。
 変な誤解をされていないかとひやひやしたが、特にからかわれることもなく任務は終わった。
 まあ任務中だから私語を慎んでいただけかもしれないけど。

 帰還してすぐに辞令を貰い、私は師団長付きの副官へと昇格した。
 解りやすい依怙贔屓に当然嫌味は飛んできたが、覚悟はしていたのだ。実力で見返せばいい。
 そのためにも必死に仕事を覚えつつ、回復術の腕を磨く。最後衛という立場に甘えずナイフ投げと護身術も身に着けるべく指導を請う。

 努力をしていればそれを見てくれる人は必ずいる。頑張れ、と言われる気分は悪くない。
 あといつも訓練で疲れ切っている私を見て、依怙贔屓も大変だなと同情してくれる人もいた。
 それに思っていたよりも嫌がらせは少ない。前の隊に居た頃の方がずっと辛かったくらいだ。
 まあ「あの師団長の副官なんて大変だろう」という声掛けを貰うことが多いのが、嫌がらせの少ない答えなのかもしれないけど。

 師団長は確かに必要なこと以外ほとんど喋らないし、仕事に厳しいけれど、それでも理不尽なことは言われない。花を食むときは少しだけ意地悪だけど、それだけだ。
 それに少しずつ師団長の態度も丸くなってきた気がするのだ。これも花を摂取するようになって花食み特有の精神的な不安定さが改善されてきたからかもしれない。

 このまま努力を続ければ周囲からの評価だって、師団長との関係だってもっとうまくいくんじゃないだろうか。
 そんな風に思いながら副官としての仕事に精を出していたある日、知り合いに声をかけられた。
 黄色いリボンでふわふわの髪をツインテールにしている導師守護役。人形士のアニス・タトリンだった。


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