ガーデンフール(6)



「あ、居た居た。やっほー」
「アニス」
「久しぶり。最近忙しいみたいだね。なかなか捕まらなくてびっくりしちゃった」

 白手袋のされた手を小さく振って、ブーツの靴音を響かせながら駆け寄ってきた彼女に足を止める。
 昇進おめでとうという言葉にありがとうと返しつつ、手に持っていた書類を抱えなおす。

「師団長付きの副官なんてすごい出世じゃん? お給料もババーンとアップしたんじゃない?」
「まあね。でもそれ以上に仕事が大変で。依怙贔屓だって言われるから訓練も頑張らないといけないし」
「そっか。無理してない?」
「平気。師団長、厳しいけど理不尽なことは言わないから」
「そうなんだ。前の小隊長みたいに理不尽な人じゃなくて良かったね。それで、あのさ、えっと……その師団長と、シンクとパートナーになったって聞いたんだけど、本当?」

 きた、と思った。言いづらそうに言われた台詞の先の言葉が予測できたからだ。
 多分アニスが私を探していた理由はそこなのだろう、とも。

「本当だよ。ヤドリギだけどね。だから花はもうあげられないんだ。ごめんね」
「どうしても無理かなぁ? ちょっとだけでもいいの。お願い!」
「……聞きたいんだけど、今まであげた花ってどうしてたの?」

 私の質問にアニスは解りやすく口ごもった。
 ため息が漏れる。どうやら師団長から聞いた話は本当らしい。

「売ってお小遣いにでもしてたの? だったら悪いけど他を当たって」
「待って! 違う、そうじゃないの。そんなことしてない!」
「じゃあどうしてたの? まさか飾って終わりってわけじゃないでしょう?」
「えぇと……」
「……話せないようなことに使ってたならこの話はもうおしまい。じゃあね」

 だからこれ以上話すことはないと背を向けようとしたら、アニスはあわてて私の団服の裾を掴んだ。
 そしてきょろきょろと周囲を見渡して人気がないことを確認すると、内緒話をするように声を潜める。

「売ってたんじゃないの。それはユリアとローレライに誓って本当だから。その、あたしが言っても説得力なんてないかもしれないけど」
「じゃあどうしてたの?」
「内緒にしてよ? イオン様に、あげてたの。あの人もパートナー居ないから……」

 眉尻を下げながらされた説明に、私は言葉をつまらせた。まさか自分の花をイオン様が召し上がっていたなんて誰が思うだろう。予想外が過ぎる。
 そりゃあ人目を気にする筈だ。思わず私も周囲に人影がないか確認するが、幸い人通りは皆無だった。ホッと息を吐きつつ、アニスへと視線を戻す。

「イオン様なら献花とかないの?」
「駄目。何か細工されてたりしたら怖いもん。だから教団や神託の盾の花生えの人に直接貰えるのが一番安全なんだよね」
「じゃあほかの人に」
「無理。だいたいみんなパートナー居るし……その、それにさ。ほら。あたしも、嫌われてるから」

 そう言ってアニスは苦笑しながら肩を竦めた。
 そこでアニスと知り合った時のことを思いだす。お互い所属部隊の嫌われ者として、教団の隅っこに追いやられていたところをアニスが話しかけてくれたことを。
 アニスはイオン様が唯一引きつれている導師守護役で、なのに守護役の中で一番若い。そのせいで色々陰口を叩かれていることも知っている。
 アニス自身は話してみればお金にがめついところはあるが、それでも話しやすいいい子だ。けどあることないこと言われて、教団では孤立気味であることも。
 状況を理解してしまえば怒りも引っ込み、同情心が顔を出す。

「知り合いの花生えの子に声かけようか?」
「ほんと? 助かる! って言いたいけど……その、善意を跳ねのけるようで悪いんだけどさ、その子ってそれを理由にイオン様にすり寄るような子じゃない? 平気?」
「あー、そっか。アニスはそこも気にしなきゃいけないのか」
「うん。本当にごめんなんだけど、下心がない相手ってなかなかいなくてさ。ここだけの話、他の守護役の子達が遠ざけられたのも、イオン様があからさまなおべっかを嫌がってたからってのもあるんだよね」
「だから何も言わずに花をあげてた私に頼りきりだったんだ?」
「それはほんっとーに、ごめん! でもイオン様の安全が第一だったの!」
「もう。そういう理由なら仕方ないから許すけどさあ」

 顔の前で両手を合わせて謝るアニスにため息が零れ落ちる。
 私だって神託の盾だ。特に強い信仰心を持ち合わせているわけではないけれど、教団の最高指導者であるイオン様のためと言われてしまえばそれ以上は何も言えない。
 ううん、と考え込む。

「師団長に事情話してもいい? 少し残してもらえないか聞いてみるから」
「ほんと!?」
「師団長が嫌がったらナシだよ。悪いけど、相利共生の相手が優先。イオン様は大事だけど、こっちは生活がかかってるから」
「うん、それは解ってる。折角昇進したのにそれを不意にしかねないお願いしてるのはこっちだし」

 ヤドリギとはいえパートナー相手には誠実で居たいという私の想いとはちょっとずれてるけど、一応理解が得られただけ良しとすべきだろう。
 師団長なら嫌がったらバッサリ拒否するだろうから、機嫌を損ねたからと副官から外されるようなことはないと思うけど。
 結果が出次第また連絡すると返してからアニスと別れる。手早く用事を済ませて執務室に戻れば、開口一番師団長から嫌味が飛んできた。

「随分と遅かったじゃないか。どこでさぼってたわけ?」
「さぼってません。知り合いに声をかけられて少し話してたんです」
「さぼりじゃないか。仕事に慣れて気抜けてきたんじゃないの」

 あながち間違っていないかもしれない指摘に言葉が詰まる。言い返す言葉が見当たらず、一つ咳払いをしてから持ち帰った書類を師団長に提出する。
 師団長は受け取ったそれに目を通しながら、まだまだ覚えることは多いんだから給料泥棒になりたくなければしっかり働けと私を叱った。ごもっともすぎてぐうの音も出ない。

「次、これやって」

 それでも必要なことを言った後、すぐさま切り替えてくれるところが師団長の良いところだ。
 差し出された書類を受け取りながら、私はちょっとだけ迷ってからアニスとの話を師団長に通すことにした。
 アニスにああは言ったが、師団長だって神託の盾の一人だ。イオン様が相手ならば、少しくらい。そう思ってのことだった。

「あの、師団長」
「なに」
「道中会った知り合いに少し相談を受けまして」
「相談? それ、僕に関係ある?」
「はい。師団長が嫌ならダメ、とあらかじめ言ってはあるんですが……」

 そう前置きをしてアニスの話をすると、何故か師団長のまとう空気が剣呑になっていく。
 どうやら少しくらい、と思っていた私の予想は随分と甘かったらしい。
 説明を終える短い時間の間に、師団長は解りやすく不機嫌になっていた。

「ふうん。僕に、君の花を折半しろって言うんだ?」
「えぇと……師団長の返答次第、と知り合いには伝えています、から」
「僕が良いって言えば君は花を分けるつもりだったと」
「その、はい」

 ニィ、と師団長の唇が弧を描いた。それを見てご機嫌な笑顔だと思う程、私の頭は能天気ではない。
 顔を強張らせる私を見て師団長はペンを置いた。その小さな仕草一つ一つが、何故か気になって仕方がない。

「良いことを教えてあげるよ」
「な、んでしょう……」
「花食みはね、相性の良い花生えを囲い込みたがるんだ」
「存じております」
「いいや、君は解ってない。馬鹿な君にも解りやすいように言い換えてあげようか? 花食みはヤドリギだろうがプートニエールだろうが、自分の花生えに手を出されることを嫌うってことさ。花体質の申告の義務化は珍しくないから、フリーの花生えだって滅多にいない。だから花生えの花は高値で取引されるんだ。パートナーの花食みが阻止するから、滅多に市場に出回らない」

 ここまで丁寧に説明されれば流石に理解できた。
 つまり私の相談は師団長にとってとても不愉快なものだったということだ。

「私が浅慮でした。知り合いには断りの連絡を入れておきます」
「いいよ、僕も理解が浅かったみたいだ」

 顔を青くして頭を下げれば、思っていたよりも優しい返答をされたことにホッと息を吐く。
 しかし続いた物音に顔を上げれば、デスクから立ち上がった師団長が歩み寄ってきたかと思うと腕を取られた。

「思っていた以上に不愉快だった。例えヤドリギだろうと君は僕のパートナーだ。それを理解してもらおうか」
「えっ、あの、しんだちょ……仕事は?!」
「僕が何のために君を副官にしたのか忘れるような馬鹿な頭に解るように、ようく教えてあげる」

 私の腕を掴み、応接スペースへと引きずるように連れていかれる。
 嗜虐心をふんだんに練りこまれた声と共に、私の身体はあっさりとソファの上へと投げつけられた。


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