ガーデンフール(7)
「しだん、ちょ……っ」
副官に抜擢されてから鍛えてきたつもりだったが、私を抑え込むことなど師団長にとっては赤子の手を捻るよりも容易いことだったらしい。
師団長の両腕に巻かれたロープが私の手首を縛り上げ、視界を奪うようにして頭に巻かれる。
視界を奪われてなお肌で感じる師団長の怒気に、私自身ろくに抵抗ができなかった。
「花体質のパートナーは身体の関係を持つことも多い」
ぎしりとソファが軋む。押し倒した私の上にのしかかった師団長の指先が首筋を撫でて、びくりと肩が跳ねた。
カラン、と硬質な音がする。何の音か考えるよりも先に首筋に感じたぬるりとした感覚に声がひっくり返った。
「ひあっ!?」
「君とそういう関係になるつもりはなかったけど、だからってああも言われちゃ黙っていられない」
「ひ、うっ、しだんちょ……っ、んンっ!?」
あの音が仮面をテーブルに投げた時の音だったと気付く前に口がふさがれる。
流石に私もそこまで馬鹿じゃない。キスをされているのだと気付いた時には頭が真っ白になった。
咄嗟に振り上げそうになった縛られた腕を抑え込まれる。
引き結んだ唇を師団長の舌が強引に割り開く。入り込んできた舌が私の舌を絡めとる。
唾液が混じりあい、その甘さにくらりと眩暈がしそうだった。
「んっ、んン……ッ、はっ、ぁ、あ」
花食みの体液は花生えにとって高栄養だ。それは師団長の血を舐めていた時に知ったつもりだった。
けれど実際のところ、私の認識は甘かったらしい。師団長と舌を擦り合わせる度に頭の芯を痺れさせるような心地よさが流し込まれる。
抵抗できたのは最初だけで、すぐに師団長とのキスに夢中になる。
気持ちいい。甘い。頭がぼんやりする。うっとりしてしまう。こんなに気持ちいいことがあったなんて。
「ぁ、あ……っ、ふ、うぅ、ん。ふあ」
思考が溶けていくようだった。
もっと、もっと欲しい。ただのタッピングがこんなにも気持ちがいい。
気付けば師団長に抑え込まれていた手首は解放されていた。その手首は今や師団長の首に回されている。
口の中をかき混ぜる舌に私も積極的に絡めていく。舌の裏側を舌先で舐め上げられ、上あごを撫でられると腰からぞくぞくした感覚が駆け上がる。
いつまでもしていたいと思うくらい夢中になっていのに、師団長の舌はするりと引き抜かれてしまった。
「ふあ。あ、やだあ、もっと……っ」
「ふ。嫌がってたくせに」
くすりと笑いながら言われた言葉は、ぼうっとする頭ではしっかりと意味を理解できない。
ただ餌をねだる小鳥のように口を開けてもっとと言えば、鼻先に師団長の鼻先が触れる。
間近に感じる息遣い。師団長の顔が至近距離にあることが見なくても分かった。
「ルビア、君のパートナーは誰だい?」
「師団長、しだんちょうですっ」
「そうだね、君は僕のヤドリギだ。じゃあ君の花を食んでいいのも僕だけだ。違う?」
「違いません……っ」
「それなのによくもまあ、他の花食みに花を分けたいなんて言えたよね。それも、よりにもよって、導師相手に」
師団長の掌が私の首を包み込んだ。
そのまま肌を撫でながら上に上がって、顎を掴まれる。息苦しさに息が乱れた。
「しだん、ちょ……」
「君は僕のものだ」
「はい、はい、んっ」
「よく覚えておくんだね。二度と他の奴に尻尾を振るんじゃないよ」
「ごめんなさい、もうしません……っ」
「分かればいいんだよ。僕だって自分のヤドリギを手折るような真似はしたくないからね……良い子の花生えにはご褒美をあげる」
「ぁっ」
「舌出して」
顎が解放され、師団長の指先が私の唇を撫でる。言われた通りに恐る恐る舌を出せば、噛みつくようなキスをされた。
先ほど教え込まれたばかりの甘美なご褒美に私の身体は歓喜に打ち震える。
「あ、ぁ。ふあ、んっ、ぁう」
じゅる、と唾液を啜りながら師団長とのキスに夢中になる。
しがみ付く身体は細そうに見えてとても力強い。口と頭を一緒にかきまぜられているようだった。
けれどそれが気持ちいい。もっと欲しい。もっともっと欲しい。師団長が欲しい。
「しだんちょ、ぁ、ぎゅー。ぎゅーしてください」
「ぎゅー?」
「こうやって、ぎゅー」
言葉の意味が解らなかったらしい師団長にぎゅっとしがみつく。
ふっと息を吐いて小さく笑った師団長は、私の背中に腕を回して望み通り抱きしめてくれる。
そのまま舌を絡め合う。お互いの口を貪りあう。
仕事の最中であることもすっかり忘れて、私はひたすら師団長とのキスに溺れていた。
全部終わった後、頭を抱えてしまったことは言うまでもないだろう。
その翌日、師団長と教団に足を運んでいた時に散歩をしていた導師とアニスのコンビにばったりと遭遇してしまった。
なんてタイミングが悪いのか。どうも師団長は導師イオンのことを余りお好きではないらしい、ということはあの日の会話で察している。
花食みの体液を過剰摂取によって酩酊状態になってはいたが、記憶はばっちり残っていたからだ。
それなのに師団長と一緒にいる時に遭遇するなんてタイミングが悪すぎる。
それに先日のやりとりが恥ずかしくてアニスへの連絡はもう少し心が落ち着いてからと思っていたのに、まさか三日も経たずに顔を合わせてしまうなんて。
しかしお互い上司連れだ。会釈をしてすれ違おうとしたのに、導師イオンから声をかけられてしまえばそうもいかない。
「シンクと……ルビアですね。アニスから話は聞いています。仲良くしていた子が第五師団で師団長付きの副官になったと。昇進おめでとうございます」
「イオン様からお声がけいただき光栄です。分不相応と言われぬよう、これからも努力してまいります」
「これもユリアとローレライのお導きでしょう。頑張って下さい」
暗に預言によって詠まれた人事なのだから頑張ってほしいと言われたが、わざわざ訂正する必要もないのでありがとうございますとだけお返事しておく。
そして案の定、師団長は一言も喋らない。なのでここで会話を切り上げて去ろうと思ったのに、イオン様が私の腕に巻かれたリボンに目を止めた。
「ルビアは花生えなのですか?」
「その……はい」
「もしかしてアニスが調達してくれていた花は……貴方が?」
タイミングが!! 悪すぎる!!!!
目を丸くするイオン様に心の中だけで絶叫した。師団長の機嫌がどんどん急降下していくのが手に取るように解って辛い。
とはいえ導師のお言葉に答えないという選択肢はない。
「以前は、パートナーが居ませんでしたので。ですが今はパートナーが出来たので、これからはお力になれそうにありません。申し訳ございません」
「そうでしたか。貴方の花は優しい甘さで僕も好きだったのですが、残念です。もしやパートナーはシンクですか?」
「は、はい……」
隣から発せられる冷たい空気に私の声も震えそうになるのを必死にこらえた。
しかし私より師団長の方が我慢の限界だったらしい。
師団長の腕が私の腰を掴んで引き寄せると、イオン様に向かって冴え冴えとした声を上げる。
「導師。仕事がありますので」
「ああ、すみません。足を止めさせてしまいましたね。お仕事頑張って下さい」
「あ、ありがとうございます。失礼します……」
師団長の冷たい声などものともせずに、イオン様は柔らかく微笑んでから去っていく。
その背中を見送ってから、師団長が今までで一等大きな舌打ちを零した。
「二度と、アイツに花を分けるな」
「は、はい……」
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