ガーデンフール02(8)
「あ、あの、師団長……?」
「咲きそうなんだろ」
「はい。でも、えっと……」
シンク師団長は導師イオンがお嫌いらしい。
そう解ってからも淡々と職務をこなしていたのだが、そろそろ花が咲きそうだというタイミングで師団長に促されるがままに部屋を出た。
ヤドリギになってから私の花の匂いがよく解るようになったらしくて、私が咲きそうだと思った時には師団長にも既にバレていることが多い。
そんなタイミングで執務室を出て連れていかれたのは近場にある空き室だった。
日当たりの良い窓際に置かれたベッドと、空っぽのクローゼット。それと小さめのデスクが置いてあるだけでいっぱいの、小さめの部屋だ。
巡礼者用を泊めるための部屋にしては随分と表玄関から離れている。
なんでこんな部屋に、と思った時には師団長が部屋に鍵をかけていた。
「食べづらいんだよ、君の花。だからそこで寝っころがってくんない?」
「えっと」
「仕事抜けてきてんだから、はやく」
「は、はい!」
そうしたらうつぶせに寝転がった私の上に師団長が覆いかぶさる姿勢になるのでは?
流石にそれは恥ずかしいと言うよりも先に、色なんて欠片も含まない声で急かされたので反射的に返事をしてしまう。
花が咲きそうになっているのは本当だ。急いで上着を脱いでおずおずとベッドに寝転がると、背中に日が当たって気持ちがいい。
肩から力が抜けかけたところでぷち、と肌が裂けた。
「つ、ぅ」
痛みをこらえるために目の前の枕を抱えこむ。顔を埋めれば石鹸の匂いがした。
日が当たったことを喜ぶようにぷちぷちと肌が裂けては花が咲いていく。
裂けて。咲いて。裂いて。咲いて。咲いて。咲く。
痛みを逃すために長く息を吐いたところでぎしりとベッドが軋む音がした。
「そのまま顔上げるんじゃないよ」
「は、い」
ベッドに乗り上げた師団長が私の上にのしかかってくる。その温もりと体重にドキドキしてしまうのはベッドの上という場所のせいだろうか。
花を食む唇の感触が痛みを上書きする。時折食んだ花を惜しむように肌に這う舌を感じると、それだけで声が漏れそうになる。
背中に顔を埋める師団長の腕がお腹に回されたことでびくりと身体が跳ねた。
「前より、甘くなってる」
「そ、うなんですか……っ」
「そうだよ。相性が良いんだろうね。悪くない。食事なんて身体を維持するための面倒な行為だと思ってたけど、君の花は」
私の花は、なんだろう。
そこで言葉を途切れさせた師団長は何でもないと言って背中を撫でた。
言いかけた言葉の先が気になったが、またぷちっと肌が裂けたので痛みに奥歯を噛み締める。
「ねえ、花生えってパートナーが出来ると花を咲かせる時の痛みが軽減されるって聞いたけど」
「えっと、パートナーが出来るとって、わけじゃなくて……っ、ヤドリギじゃ、ちょっと無理、かも」
「プートニエールじゃないと痛みを軽減する効果を得られないってこと?」
「その……花生みが、花生えに、つぅ……っ、愛されてる、という自覚があると、痛みが軽減される、らしい、です」
「ふーん」
だからヤドリギでは無理なのだ。お互いの利益だけを求めた関係では、痛みの軽減は得られない。
それでもフリーで居るよりはずっとマシだ。花食みの体液を貰えるだけでも充分メリットはある。
枕をきつく握りしめながら師団長に花を食まれる感触にぼうっとする。
これは私だけかもしれないが、自分で花を毟るよりも師団長に食んでもらう方が痛みはない。
そういうメリットも感じているから、これ以上求めるつもりはなかった。
「愛されてる自覚、なんて。そんな不確かなもので痛みが軽減されるんだ」
「そう、聞いてます」
「じゃあ君はずっと痛いまんまだね」
「いった!」
師団長が花を食むのではなく手で毟ったせいでまた痛みが走った。
肌を強く抓み上げられる程度の痛みではあるが、不意打ちで喰らうとやはりびっくりする。
私の反応に師団長が小さく笑い、くしゃりと花を食む音がした。
正直抗議したいところだが、それもなんだか悔しくてぎゅっと枕を抱きしめて口を噤む。
それにそろそろ咲き終わる。痛みはもうほとんどない。長引かせるべきではない。
師団長の食べるのが速いのか花の総数が減ったのかは分からないが、本当にこの時間も以前よりずっと楽になった。
これ以上を求めるのは贅沢というものだ。
「ヤドリギって、そういうものですから」
「そーだね。利害関係の一致さえあればいい。それ以上の感情は要らない」
「はい。私も、花を食んでもらえて、体液が貰えるなら、それで」
それでいい。それで充分。
そう思っていたところで師団長の体温が離れ、続けて衣擦れの音がした。何だろう。
顔を上げられないので正体が分からない。
だから背後から伸びてきた手が私の顎を持ち上げた時は驚きで身体が跳ねたし、目隠しをされた時は咄嗟に振り返りそうになってしまった。
けれど手早く巻かれた布のせいで視界は塞がれてしまい、それが自分の上着に巻かれっぱなしだったリボンだと気付く。
花生えとして正式に登録してから着用義務を課されたリボンを目隠しに使われているのだ。
「顔を上げるなって言ったよね?」
「じゃあ触る前に一言言ってくれませんか」
「うるさいな。お前は黙ってされるがままになってればいいんだよ」
「そんな横暴な、うわっ!?」
ごろんと身体がひっくり返される。仰向けにされたところでまたギシリとベッドの軋む音。
まるで物みたいに扱わないでほしい。流石に文句を言おうとしたところで開きかけた口をそのまま塞がれてしまった。
「あ、んっ……んっ、ふう、あ」
ぬるりと入り込んできた舌に身体が勝手に跳ね上がる。咄嗟に師団長の服を掴んだが、拒まれることはなかった。
互いの舌を擦り合わせる気持ちよさと師団長の唾液から得られる心地よさにくらりとする。
今日のタッピングは血じゃないらしい。
このために視界を塞がれたのだと分かったけれど、何故前のように血じゃないのだろう。
確かにこっちの方がたくさん栄養は貰えるのかもしれないが、頭がくらくらして溺れてしまいそうになるのだ。
好きでもない人とのキスなんて。
そう思うのに舌を擦り合わせる度に直接心地よさを流し込まれて無意味に体が震える。何も考えられなくなる。
「あ、ぁ……っ、しだん、ちょ」
「だまれ」
「んンっ、なんで、きす」
「そういう契約だろ。こっちの方が早い。僕も痛い思いをしなくて済む」
さも合理的だろうと言わんばかりに理由を並べ、また舌を掬い上げられる。頭がとろとろに溶けてしまいそうだった。
後頭部に手を差し込まれて更に深く口づけられる。駄目だ、こんなの。勘違いしてしまいそうになる。
そう、頭では契約だと解っているのに、身体はとっくに勘違いして師団長にしがみついていた。
その温もりが心地よくて。身体にかかる体重に安心して。
何とかかき集めていた理性も、口の中をまさぐられていく内に溶けて、消えて、何も考えられなくなる。
「しだんちょ、あ、ん」
「ふ。もっと?」
「ん、もっと」
唇が離れていく。密やかな笑い声を含ませながら聞かれて、馬鹿になった頭でこくこくと頷く。
あ、と口を開けてねだればまたちゅうと吸い付かれる。今師団長はどんな顔をしてるんだろうか。
体に回された腕に感じる幸福感。そこに何の感情も含まれていないと知っていても、それに縋るようにしがみ付く腕に力を込めてしまう。
「ほしがりめ」
「ぁ、ん」
口を放した師団長が零した言葉は、決して責めるような口調ではなかった。むしろ楽しんでいるような、そんな声音。
嫌がられてない。そう察してまたぎゅーっと師団長の身体を抱きしめる。
細身に見えてその実しっかりと筋肉の付いた身体は頑丈な団服に包まれているだけあって硬い。
けれど温かい。それが心地いい。
「しだんちょ〜〜……」
「なに? 酔ってんの?」
「んんん〜〜」
師団長の首筋に顔を埋めてぐりぐりと額を押し付ける。
ふ、と師団長が小さく笑った気がした。
お酒は飲んだことはないが、酔ったらこんな心地なんだろうか。
「お前は僕のヤドリギなんだよ。よく覚えておくんだね」
「はぁい」
師団長もぎゅーって抱きしめてくれる。
それが嬉しくて、酩酊感が抜けるまで私はずっと師団長にしがみついていた。
前へ | 次へ
ALICE+