ガーデンフール02(9)
「うえ……し、しだんちょ、やっぱり」
「僕の副官である以上、乗馬は出来るようになってもらう」
「あう」
基本的に師団長の副官としての仕事は書類仕事が主だ。
第五師団に任務が回ってきても師団長自身が出ることは殆どない。大半は指示を出すだけで、現場に出ることは稀だったりする。
勿論演習などでは指揮を執ることもあるし指導という名の組手なんかで団員達と交流らしきものを図ることもある。
けれどやっぱり仕事の大半は執務だ。だから私も副官に任命されてからはずっと書類仕事を覚えさせられていた。
まあ師団長は参謀総長でもある。情報の取りまとめと整理も師団長の仕事なのだ。他に時間をさける程暇な人ではないということなのだろう。
だからちょっと油断していたのかもしれない。
治癒術師として訓練は重ねていたが、小隊に居た時ほど現場に出ることは減っていた。
少し時間が出来たからと外に連れ出され、苦手な馬へと相対する羽目になるなんて想像もしていなかった。
神託の盾が管理している馬場へと連れ出され、自分より高い位置にある馬の顔に怯む。
なのに師団長は容赦がなくて、怯える私の背中を押してくる。
一歩二歩と近づけば、ふんすふんすと頭の匂いを嗅がれて……。
「あっ、ちょ、噛まないで! やだーー!」
「やっぱり花生えだからか?」
案の定髪を食べられそうになった私はあわてて馬から逃げ出していた。
背後で顎に手を当てて暢気に呟いている師団長が憎い。
そのまま師団長の背中に隠れれば馬はやっぱり興味深そうにこちらを見ながら鼻を動かしている。
私そんなに美味しそうな匂いがするんだろうか。涙目になっていると、ため息をついた師団長が首だけで私を振り返った。
「上司を盾にするなんていい度胸じゃないか」
「師団長は髪を食べられることなんてないんですから良いじゃないですか」
「僕は君と違って食べる側だからね」
「え? 馬食べるんですか?」
「……食べられるよ」
「えっ!?」
「食べたことないけど」
「からかってますね!?」
「馬は神託の盾の財産の一つだ。食べるわけないだろ。食べたとしても精々野生馬だよ。少し考えれば解るだろうに」
怒る私に師団長はハッと笑って嫌味を飛ばしてくる。
むぅと不貞腐れる私を置いて、師団長は馬場の管理をしている人間に一番大人しい馬を出すように命じていた。
轡を付け、厩舎の外に出される。大人しいという馬も、やっぱり私の匂いを嗅いでくる。
管理人がにこにこしながら私に馬用の餌をくれた。言われた通りに掌に置いて差し出せば、匂いを嗅がれた後にぱくりと食べられる。
私が食べられないというだけでその仕草はかわいく思えたが、続けざまに匂いを嗅がれたのですぐに前言撤回した。やっぱり怖いものは怖い。
いや、逃げるからいけないのかもしれない。私はいつでも逃げられるよう身構えながらこちらを見下ろしてくる目をじっと見つめ返した。
視線を逸らしたら終わりだ。そんな気持ちでじっと見つめていたのだが、すぐに頭を食まれそうになってやっぱり慌てて逃げ出した。
「遊びに来たわけじゃないんだけどね」
「逃げてるんですよ!!」
「まぁいい。お前が馬と遊んでる間に少し話を聞いてきた」
「だから遊んでません!」
「全部の花生えがそうとは限らないけど、やっぱり馬にかじられかける花生えってのはそれなりに居るらしい。つまりお前は一人での乗馬は無理ってことだね」
「おぉん……」
つまりこの時間無駄では?
頭を抱える私に仕方ないといわんばかりに師団長がため息をつく。
そして私を見て目をキラキラさせている馬の鐙に足をかけ、ひらりと鞍の上に跨った。
「とはいえせめて二人乗りくらい出来るようになってもらわなくちゃ困る。ほら」
「え?」
馬に乗った師団長に手を差し伸べられる。黒手袋のされた掌に心臓がドキリと音をたてた気がした。
「ぼけっとしてないでさっさと動く!」
「は、はい!」
いや、気がしただけだろう。この師団長にときめくとかないない。
慌てて差し出された手を取って教えられたとおりに鐙に足をかける。治癒術師として基本最後衛に居るとはいえ、それなりに身体は鍛えている。
ぶきっちょながらも何とか師団長の後ろによじ登ったところで、今度は一人で降りてみるようにと言われてずり落ちるように馬から降りた。
そうして何度かの昇り降りを繰り返す。合間合間に何度か食べられそうになったが、そこは師団長が手綱を引いて牽制してくれた。
「じゃあ次、一人で乗って」
「はい!」
こちらをチラチラと見てくる馬の視線を感じながら、何度目かの挑戦。
だんだんと馬も慣れてきたのか大人しく乗せてくれるようになってきた。いや、師団長に従ってるだけかもしれないけど。
一人で鞍に乗り上げれば、今度は一発で乗れた。むふん、と息が漏れる。ちょっと嬉しい。
それを見ていた師団長が頷き、鐙に足をかけることなくひらりと私の後ろに跨る。突如増えた重みに馬が小さく鳴いた。
揺れる鞍の上、慌てて足に力を入れてしっかり身体を支える。とん、と肩が師団長の胸の飾りにあたった。
「このまま少し走る。手綱は触らないように。僕にしがみ付かなくてもバランスをとれるようになるんだ」
「は、はい」
背中に感じる温もりは師団長が花を食べている時のことを思い出させた。
けれど今は一応乗馬訓練の最中なのだ。慌てて思考を切り替え、鞍を掴んでしっかりバランスをとる。
馬場の管理人に声をかけてから囲いの外へと走りだす。ほぼ歩いているような速度だったが、思っていたよりも揺れる。
しがみつくものがないとこんなにも不安定なのかと必死に足に力を込めた。
それからどれくらい走っただろうか。
周囲に人気がなくなったあたりで少し休憩するという師団長に私は密かに胸をなでおろした。
ひらりと馬から降りた師団長に続けて私も馬から降りようとして。
「うわっ!?」
足がうまく動かせずに落馬しかけたところを師団長が受け止められる。
お姫様抱っこだ、なんて喜ぶ余裕なんてない。落馬しかけた恐怖の方が大きかった。
なんで、と見れば自分の足が小さく震えていた。ずっと力を入れていたせいで感覚がおかしくなっていたらしい。
「すみません、ありがとうございま、のわっ!?」
師団長にお礼を言おうと顔を上げたところで、普段仮面に隠れた顔を覗き込むような形になりかけた瞬間地面に落とされる。
今度こそ尻もちをついた私は草の上で小さく呻く羽目になった。
「なんで落とすんですかぁ……!」
「うるさいよ。少し休んだらすぐ戻る。雲が出てきたからね」
「うう、はい。確かに今日の天気預言で崩れるって言ってましたもんね」
顔を見られたくなかったんだろう。そう察していながらも口にすることなく空を見上げた。
出る時は晴れていたのに今は雲が空を覆っている。確かに早めに戻った方がよさそうだ。
師団長が馬を近くの木が数本固まって生えているあたりに繋いでいる間に足をマッサージする。
長く力を入れっぱなしだった内腿が痙攣していた。自分なりに鍛えていたつもりだったが、まったくもって情けない。
最後衛だからった甘えていたのかもしれない。もっとトレーニングに力を入れなければ。
「あ」
とか言っている間にもぽつぽつと雨が降り始めた。雨足は弱いが好き好んで濡れたくもない。
見れば師団長はとっくに木の下に避難している。私もそちらに行こうとして、立ち上がろうとして失敗した。
突如酷使したことを怒っているのか、まだ足は言うことを聞いてくれないらしい。
何度か立ち上がろうとしてはみるが、まるで腰でも抜けたかのように立つことすらできない。
「ったく、何やってんのさ」
「すみません、立てなくて」
見かねたらしい師団長が近づいてきて荷物みたいに私を肩に抱え上げる。
師団長の肩がお腹に食い込んで苦しい、なんて文句を言える筈もなく。木の下に投げるように放り出された時にはありがとうございますとお礼だけ言っておいた。
「もっと鍛えておきます」
「せめて足手まといにならない程度にはなって欲しいね」
余りにもごもっともなお言葉に、私は木の下で小さく身を縮こまらせることしかできなかった。
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