ガーデンフール02(10)



 しとしとと雨が降っている。これ、やまないんだろうか。濡れながら帰るしかないのかなあ。
 強まる気配もないが止む気配もない雨を見ながら、木の下でぼうっと空を見上げた。隣には師団長も座り込んでいる。
 幸い立派な木のお陰で濡れることはないが、しばらくしてもやまないならば濡れて帰らなければいけないだろう。

「ねえ」
「はい」
「……さっき、顔見えた?」

 その言葉に思わず師団長の方へと視線を移した。
 師団長はこちらを見ない。黙って腕を組んでいる。
 引き結んだ唇は、少しだけ緊張しているようにも見えた。

「いえ、見る前に落とされたので」
「……そう」
「そうですよ! 痛かったんですからね!」
「お前の鍛え方が足りないからだろ。人のせいにするな」

 だからあえて顔なんかより落とされた痛みの方が酷かったと訴えれば、師団長のため息交じりの指摘に言葉が詰まった。
 やっぱり鍛え方が足りないらしい。そして私の主張も信じてもらえたようだ。無駄に疑われなくて良かった。師団長は顔を見られたくないみたいだから。

「僕の副官になった以上、嫌でも馬に乗る機会は増えるんだ。一人での乗馬は体質上難しくても、長距離移動の度にしがみ付かれてちゃ困るんだよ。いざとなったら乗馬したまま戦うことだってあるし、そうなれば手綱を任せることだってあるかもしれない」
「う、はい……努力します」
「せいぜい頑張るんだね」

 ハッと鼻で笑った師団長に私は膝を抱えた。
 だいぶ足も動くようになってきた。そろそろ休憩を終えてもいいだろうが、雨はまだふっている。

「……私、お役に立ててますか?」
「全然」
「あう」

 はっきり、さっぱり、ドきっぱり。
 取り繕うこともなくストレートに全く役に立たないと言い切られてしまえば流石にへこむ。
 頑張ってるんだけどなあ、と泣きたくなった私は膝に顔を埋めて誤魔化した。

「まだまだ覚えることは多い。精々これからも努力するんだね」
「はい……」
「それとも諦める?」
「え?」

 言葉の意味が分からず、顔を上げて師団長を見る。
 師団長がにんまりと笑ってこちらを見ていた。

「逃げ出すなら、それでもいいけど? 根性なしで逃げ出したのはお前が初めてじゃないからね、周りも同情してくれるだろうさ」

 あからさまな挑発だった。どうせお前も出来ないんだろう、という。
 頭では解っていてもムッとしてしまうのは止められない。

「逃げません!」
「あ、そ。なら精々頑張りな」
「頑張ります!」

 ぐっと拳を握り締める。
 そうだ。今は役に立てなくてもその分頑張ればいいのだ。そうして依怙贔屓だと言ってくる奴等を見返してやると決めたのだ。
 こんなところでへこんでいる場合ではない!

「師団長! 早めにお役に立てるようになるために努力しますので、これからもビシバシ鍛えて下さい!」
「じゃあ一人で仕事できるね?」
「えっ」

 それとこれとは話が別では??
 一人で放り出される未来を想像して急速にやる気がしぼんでいく。
 何でいきなり梯子を外されたのか。

「近い内に第二師団のディストと特務師団のアッシュと一緒にケセドニアに行く予定が入るかもしれない」
「あ、お留守番ってことですか?」
「僕が居ない間も事務仕事くらいできるだろ?」
「はい!」
「行くとしても二〜三日で帰ってくる予定だけど、帰ってきてすぐ書類の山を崩すなんてごめんだからね。決済は僕にしかできないとしても、出来る分くらいは片付けておいてよ」
「わかりました! 頑張ります!」

 良かった。見捨てられたわけではなかった。安心した私は任せて下さいと胸を叩いて引き受けた。
 仮面越しに不安そうな顔をされたような気がしたが、気のせいだろう。そうに違いない。
 ため息をついた師団長にミスがあったら全部私に修正させると脅されるが、それでも任せて下さいと繰り返す。
 へこんでいる場合ではないと自分に喝を入れたばかりなのだ。それでも見直しはいつも以上に念入りにしようとこっそり決めた。

「あ、出張中は花はどうしますか?」
「前は毟って捨ててたんだっけ?」
「はい。そっちじゃなくて。えっと、花食みの人は花生えの花をドライフラワーにする方法とか知ってるんですよね? 持ってきますか?」

 そう提案すれば師団長は虚を突かれたと言わんばかりの反応をした。
 半端に開いたままの口から、私の言葉は師団長にとってそれだけ驚かせるものだったらしいと知る。
 どうしてそんな反応をされるのかと思っている間に、再度唇を引き結んだ師団長は深々とため息をついた。

「僕が言える立場じゃないかもしれないけどさあ」
「はい?」
「君、ちょっとお人よしが過ぎるんじゃない? どんだけ能天気なわけ?」
「なんで私いきなり貶されてるんですか?」
「ヤドリギでしかないとしても……僕は、いい花食みじゃないだろ。それなのに無駄に気を使ってさ、媚びてもこれ以上出世させるつもりもないから。無駄なごますり、ゴクロウサマ」

 そう言って師団長はそっぽを向いてしまう。
 私の言葉が何か癪にさわったらしい、というのはかろうじて分かった。けれど何がいけなかったのかさっぱり分からない。

「えっと、師団長? 別に媚びを売ってるつもりもごまを擦ってるつもりもありませんよ? 純粋にヤドリギとしての提案です」
「……僕が花を持って行っても、残される君のメリットがない。それのどこが相利共生なのさ」
「相利共生って、お互い助け合って生きるってことでしょう? なら提案くらいしますよ」
「顔も知らない、君に微笑むこともない。嫌味ばっかで優しくもなんともない。預言一つ詠めなくて、仕事一辺倒で何ら面白味もない花食みに?」

 師団長、自分のことそんな風に思ってたのか。
 つらつらと並びたてられた自己評価は余りにもマイナス方面に振り切れていて思わずぽかんとしてしまう。
 この人自分のことが嫌いなんだなあ、なんて。そんなことに気付きながらむすっとした師団長を見る。

「でも、師団長は私を助けてくれました」
「仕事をしただけさ。花体質の持ち主の把握と保護は師団長の仕事だからね」
「響長に引き上げてくれて、副官にもしてくれました」
「神託の盾の規定に従って、正当な評価を下しただけだ。副官にしたのはヤドリギの花生えをいちいち呼びつけるのが面倒だからってしたただの依怙贔屓だ。そこで喜ぶな」
「それでも、嬉しかったですよ。花野郎って呼ばれることもなくなって、役立たずとも無駄飯ぐらいとも言われないんです。確かに怒られることも多いですけど、理不尽に怒鳴りつけられることだってないです」
「何? 不幸自慢?」
「逆ですね。幸運自慢です。花が生える時に苦しむ回数だって減りました。お部屋も明るくなりました。師団長と会ってから、私良いことばっかりなんですよ」
「……」
「例えお顔を知らなくても、優しくなくても、微笑んでもらえなくても、私は師団長と出会えてよかったって思いますよ。預言は私も詠めませんから、そこは気になりませんしね!」
「同意もなしに君を押し倒して、タッピングのためって言いながらキスするような男でも?」

 その言葉に前回の花遊びのことを思い出してカッと頬に熱が集まる。
 確かにそう言われると酷い扱いを受けているのかもしれない。目隠しまでされたのだ。あの時、食べられる側の私の意見は一つも通らなかった。
 けれど、思い返してみても驚きはあれど嫌悪感はなかった。それは確かだ。

「……その、嫌じゃなかったので」
「君被虐趣味でもあるの?」
「師団長なら信頼できるって意味ですう!」
「馬鹿じゃないの。ただのヤドリギを、顔も知らない男を信頼できるなんてさ」

 ハン、と笑われてぐっと言葉が詰まった。
 その通りだ。私達は別に愛し合ってる訳でもない。ヤドリギってのは本来ただ互いに利益があるから繋がってるだけの関係だ。
 でも。

「……師団長だってヤドリギでしかない相手の花に執着したくせに」
「……へえ。そういうこと言うんだ?」

 ぼそっと零した反論はしっかり師団長のお耳にも届いたらしい。唇の端を上げて笑う師団長が身を寄せて来る。
 咄嗟に後ずさろうとしたところを腕を掴まれて阻止されてしまう。
 その笑顔が余りにも怖くて、可能な限り顔を離しながらまくし立てるように言い訳を口にする。

「わ、私が言ってるのは例え相利共生の関係でも肌を振れ合わせていれば情くらい生まれるって話で!」
「情?」
「そうですよ! おかしくないでしょう!?」
「……頭沸いてんじゃないの?」
「だからなんで私いきなり貶されなきゃいけないんですか!?」

 私の言葉に師団長は顎に手を当てて考え込む。
 さっきもそうだが、そんな反応をされる理由が解らない。師団長の頭の中は一体どうなっているんだろう。

「花食みの本能による独占欲を、君が情だと勘違いしてるだけだろ」

 そう結論を口にした師団長は私を置いて立ち上がる。
 その私を切り捨てるような言葉に、何故かずきりと胸が痛んだ。

「帰るよ」

 そっけなく言われた言葉に慌てて立ち上がる。
 しとしとと降っていた雨は、いつの間にかやんでいた。


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