ガーデンフール02(11)



「……お前を貸し出すことになった」
「はへ?」

 事前に聞かされていた通りに師団長がケセドニアに行くことが決まり、その間は黙々と事務仕事をこなすつもりだった私にそんな言葉が投げかけられた。
 仮面を付けていても解るほどムスッとした師団長に間抜けな声を上げてしまうが、投げるように書類を渡されたのでそちらに目を落とす。
 一時的な移動を命ずる書類で、師団長がケセドニアに行っている間、私は導師守護役部隊への応援に行くことになったらしい。

「な、何故……」

 あそこ、エリートの女の子いっぱい居るじゃないか。何で私が。
 絶句する私に師団長が乱暴な手つきで今日捌く予定の書類の束をデスクに置く。私が一時的とはいえ嫌いな導師イオンの元に行くのが嫌なのだろう。

「要は、お前の花を導師に食べさせろってことだよ」
「……は?」
「戦力として期待されてるんじゃない。導師の体調の安定のために行って来いって言ってんの」
「え、そんなこと、私聞いてな」
「今話してるだろ。プートニエールならともかく、僕等はヤドリギだ。所詮相互利益のための関係だから、僕がダアトを離れている間なら問題ないと判断された。導師に近づけても問題ない相手を厳選した結果だよ。その上で以前から守護役経由でお前の花を食べてたことが決め手になった」

 不機嫌を隠さない声で説明されるが、ちっとも納得がいかない。そんな大事なことを当人抜きで決めないでほしい。
 そう言ってみるも私の抗議は師団長にとって想定の範囲内だったらしい。ハッ、と嘲笑しながら皮肉にまみれた言葉が投げつけられる。

「お前、自分が兵士だって自覚がないの? 神託の盾が何のためにあるか解ってる? なんのために教団が花体質の申請をさせてると思ってるわけ? 上の命令は絶対で、僕等はダアトを、ひいては導師を守るために存在してるんだ。一般教団員ならともかく、神託の盾として教団に居る以上、お前の意見なんて最初から聞く必要はない。下っ端の兵士は黙って命令を遂行するのが仕事だ。そして花生えはね、花食みのために保護されてるんだ。そのための優遇措置なんだよ。理解してなかったの?」
「それは……そう、かもしれません。けど感情的には納得できません」
「出来なくてもするんだよ、僕等は兵士なんだから」
「……今の師団長みたいに?」
「……」

 私の質問に、師団長は答えなかった。引き結ばれた唇に俯いてしまう。
 手に持っていた書類がくしゃりと歪んだ。

「でも、師団長以外に、食べられたくないです……」
「……別に、僕等はプートニエールじゃないんだ。その感情は不要だ」
「感情って要不要で片付けるものじゃないでしょう」
「頭の悪い奴だな。僕に必要以上に情を持つなって言ってるのが解らない? 僕等は所詮ヤドリギ、互いを利用し合うだけの関係だ。なんなら導師とパートナーにでもなれば? 大出世じゃないか! ヨカッタネ、オメデトウ」
「なりません! もう、どうしてそう捻くれてるんですか!?」
「元々こういう性格なんだよ。嫌になったならいつでも関係解消してあげるけど?」
「そうじゃなくて!」

 辞令書をデスクに叩きつけ、明らかに苛立っている師団長にずんずかと近づく。
 明らかに嫌がってるくせに口にしてくれない師団長に腹が立ってきた。
 デスクを回って隣に来た私に師団長は少しだけ動揺した様子を見せたので、その手を取って逃げられないようにする。

「師団長は私がイオン様に花を食べられるのが嫌じゃないんですか!?」
「僕の感情に意味なんてない」
「私が聞いてるじゃないですか! 嫌じゃないんですか!? どっち!?」
「ど……どっ、ちだっていいだろ。お前には関係な」
「関係あるから聞いてるんです!」

 僅かにのけぞる姿から見て、珍しいことに師団長は私の勢いに押されているようだった。
 だから手首を掴んでじっと仮面越しに師団長を見つめる。多分私も怒った顔をしていたと思う。
 師団長はしばらくの間唇を引き結んでいたけれど、やがてぐっと奥歯を噛み締めてからゆっくりと俯いていく。
 肩を落とした師団長はやがてぽつりと言葉を零した。

「…………言って、なんになるのさ」
「師団長が嫌なら、守護役の子に花を採ってもらいます」
「……嫌じゃないなら?」
「直接食んでもらいます。その方が痛くないので」

 私の言葉に顔を上げた師団長の口元は嫌そうに歪んでいた。
 振りほどかれそうになって腕を掴みなおす。私は師団長の言葉が聞きたいのだ。
 なのに師団長はふいとそっぽを向いてしまう。

「師団長、どっちがいいですか」
「君が痛くない方を選べばいいだけだろ」
「私は師団長の気持ちが聞きたいんです」
「……神託の盾は、導師の」
「私は師団長の気持ちが聞きたいって言ってます」

 揺れる言葉を遮って繰り返す。私が聞いているのはそういうことじゃないと。
 今度こそ仮面に隠されていない口元だけで、師団長が動揺しているのがよく解った。
 戦慄く唇が僅かに開かれたかと思うと何か言おうとしては閉じてを繰り返している。

「……………………いやだ」

 そうして長い時間をかけたものの、最終的に師団長はそう言った。
 それは消え入りそうな声だったが、確かに私の耳に届いた。戦慄く唇が言ったことを後悔するように歪む。
 それを見ながらも嬉しい、とそう思った。頬が緩む。
 だから師団長の手首を離し、手を握りなおす。ぎゅっと手を握れば、そっぽを向き続けていた師団長がのろのろとこっちを見た。

「じゃあ、イオン様に直接食べてもらうことはやめますね」
「……痛いって言ってたくせに」
「我慢できる程度ですし、慣れてますから。平気ですよ。それに師団長が嫌だって言ってくれて嬉しかったので。約束です」
「……意味わかんない」
「まあ、私の身勝手も同然なので……すみません、そう思うと私失礼なことしてましたね。仕事戻ります」

 師団長にも嫌だと言ってほしかったなんて、本当にただの身勝手だ。
 一度満足したせいか酷く恥ずかしくなって、繋いでいた手を離して踵を返し自分のデスクに戻ろうとする。
 けれど一度ほどけた手を師団長が掴んだため、動かそうとした足が止まってしまう。
 振り返ればいつになく緊張した様子の師団長が居た。こういうのって雰囲気だけでも解るものだな、と場違いなことを考える。

「師団長?」
「……多分、導師は」
「……はい」
「タッピング、を提案する、と思う」
「はい」

 言葉を探しているのか、それとも口にすることに抵抗があるのか。
 師団長の声は硬くて、けれどちゃんと聞こうと身体ごと向き直る。

「……断れ」
「……はい!」

 私が返事をしたことに、師団長の空気が緩んだのを感じた。
 ホッとしたように肩の力を抜く師団長ににこにこしてしまう。

「……何笑ってんのさ。導師直々の好意を断れって言ってるのに」
「師団長がそう言ってくれたのが嬉しいなって思ったので!」
「……あっそ。仕事、戻るよ」
「はい。出来るものは前倒しで片付けときましょうか」
「そうだね、ある程度片付けておかないと帰ってすぐデスクにかじりつく羽目になる。その時は君も残業してもらうからね」
「うわあ、それは嫌だなぁ」

 手に感じていた温もりがするりと離れていったことを少しだけ残念に思いながら、空気を切り替えた師団長に従って私もデスクに向かう。
 執務机に腰かける師団長は、もう苛立っている様子はない。
 私が無理矢理言わせたようなものだったが、また少し師団長に近づけた気がして嬉しくなった。


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