ガーデンフール02(12)
師団長がケセドニアに旅立った。その間、私は辞令に合わせて一時的に導師守護役部隊に組み込まれることになる。
とはいっても師団長の言う通り、導師守護役部隊は本来エリートだ。私なんか戦力になる筈がない。
アニス以外の守護役の子達に睨まれたが、私がパートナーの居ない導師イオンのために一時的に派遣されただけの花生えだと説明するとその反応は二種類に分かれた。
嘲りと、安堵。まあ花食みはともかく、花生えが見下されるのは今に始まったことではないし別にいい。
私は師団長から離れた三日間を安穏と過ごせればそれでいいのだから。
「ほんっとーーに、ごめん」
「謝らなくていいよ。アニスが人事動かした訳じゃないんだから」
導師イオンは今寝込んでいるという。元々虚弱なところにメンタルが不安定になって食欲が落ち、結果的に体調を崩してしまったらしい。
いつもはすぐに治りますからと笑うそうだが、今はネガティブモードに突入してしまってろくに食事もとってくれないそうだ。
私が花を渡さなくなった影響かと思うと少しだけ胸が痛んだ。
そしてこの事態を重く見た詠師達が今まで花の調達をどうしていたか調査し、神託の盾と合同で会議して私の派遣を決めたらしい。
一応師団長が居ない間のみとしてくれたのは、ヤドリギとはいえパートナーである師団長への配慮なのかもしれない。
だから私がここに居るのはアニスのせいではないのだが、アニスとしては申し訳なく思ってくれているようだ。
まあ一度断ったのに結局花を分ける羽目になっちゃってるからなあ。罪悪感を抱いても仕方ないのかもしれない。
「一応ね、花の入手経路についての下問を受けた時に、パートナーが出来たからって断られたことは説明したんだ。なのにまさかこんなことになるなんて」
「ちょっと強引だよね。でも一般教団員はともかく神託の盾は兵士だからさ、命令しやすかったのかも。私と師団長がプートニエールじゃなくてヤドリギなのも調べればすぐに解るだろうし」
「それでも花食みって独占欲を持つって聞くよ。怒られなかった? 大丈夫?」
「怒られはしなかったけど、やっぱり嫌みたい。だから直接食んでもらうんじゃなくてアニスに毟って欲しいんだけど、いい?」
「もちろん! あ。あとイオン様が全部食べなかったら残った分も貰って良いかな? やっぱり少しでも食べないと不安定になっちゃうみたいで」
そう言ってアニスは心配そうな顔で隣室に通じるドアを見た。
隣の部屋は導師イオンの私室だ。私達は警護という名の元にこの部屋に待機している。
まあ実際のところは私の花待ちなわけだけど。
「一度毟った花をどうするかは任せるよ。余っても師団長が戻ってくる頃には枯れちゃうだろうし」
「本当にありがと。助かる」
「新しい花の調達方法、見つかるといいね」
「うん。詠師達も探してくれてるみたい。でもやっぱり安全な花生えを探すのって難しいみたいで。相性もあるし」
相性の悪い花は余り味がしないし、効きが悪いと聞いたことがある。
実際一度花を供給してくれる花生えを見つけたが、相性が悪かったのだとアニスは話してくれた。香り高い大輪の花だったが、殆ど無味だったそうだ。
そういえば私の花は優しい甘さだって言ってたっけ。
「相性ってどうやって決まるんだろうねえ」
「ねー」
時折隣室の様子を気にかけつつも、一日目はアニスと雑談をして終わった。
これで給料貰っていいのだろうか?
二日目も出勤したが、やはり隣室で待機だった。アニスとお喋りに興じるだけの半日を過ごす。
正直この時間の間に今も増え続けているだろう書類を少しでも捌きたいと思ってしまった。残業は勘弁願いたい。
けれど二日目のおやつ時にさしかかる頃、背中が疼くのを感じた。
来る。そう思った私がぴたりとお喋りをやめて今から咲くと言えば、アニスがくりくりとした目を丸くする。
けれどすぐに分かったと言って毟りやすいようにと椅子を持ってきてくれた。
「そういえば花生えの花が咲くとこ見るの初めてかも」
「あはは。私は見えないけどね。咲くの、背中なんだ」
ジャケットを脱ぎながら椅子は窓際に置いてもらう。椅子の背もたれを抱えるようにして逆向きに腰かけると、背中が日差しの温もりを受ける。
その日光に喜ぶようにぷつりと肌が裂け、咲く。ぷつ、と肌を裂いて花が日光を浴びようと顔を出す。
「つ、ぅ」
「ねえ。もしかして……痛いの?」
「うん。でも、慣れてるから……っ、だいじょうぶ。ある程度咲いたら、毟ってくれる?」
「う、うん……」
痛みに顔を歪める私を、アニスが心配そうにこちらを見ていた。というよりはらはらしているようだ。
なにも出来な自分が歯がゆいと言わんばかりの顔だった。
「花生えって、みんなこんな辛い思いしてるの?」
「みんなじゃないよ。やっぱり、個人差あるし。ぅっ。涙が花になる子は……すごく悲しくなる、って言ってたな、ぁ」
眉尻を下げるアニスに笑顔を浮かべようとして失敗した。
最近は花が咲いていく端から師団長が食べてたから、痛みだけじゃなく肌を舐める舌の感触とか花を食む唇の感触で痛みが紛れていた。
あれはあれで最初こそ変な気分になったものだが、こうしてみると痛みを誤魔化してくれていたのだなと思い知る。まあ師団長はそんなつもりなかっただろうけど。
「つ、ぁ……っ、そろそろ、毟ってくれる?」
「う、うん……その、摘むときは痛くないの?」
「痛いよ。痛くないのは花食みに食んでもらうときだけだから。だから自分で摘んでも、アニスが摘んでも一緒」
「なら……でも」
実際に花が咲くところを目の当たりにして、アニスは戸惑っているようだった。
これは自分で毟った方が早いかもしれない。そう思ったところで蝶番が軋む音がして、そちらに視線を向ける。
見れば導師イオンがふらりふらりとおぼつかない足どりで部屋から出てきたところだった。
「イオン様!?」
「花の、香りが……」
潤んだ瞳と赤らんだ頬に発熱しているのが解る。立ち上がろうとして肌を裂く痛みに身体が強張った。
熱に浮かされたようにイオン様が歩み寄ってくる。そういえば師団長とヤドリギになってから香りが強くなってるって言われてたっけ。
白魚のような指先が空をかく。伸ばされた先に求めているものは明白だ。よろめきかけた細い身体に、アニスが慌てて駆け寄って支えになった。
「イオン様、少しだけお待ちください。アニス、イオン様に、っ、座って貰って。私、自分で毟るから」
「う、うん。でも、食べてもらった方が痛くないんじゃ」
「僕にも……食ませてもらえるのですか?」
「……咲いた花を、お渡しします。ですからもう少しだけ、お待ちください」
不安げな顔をする導師イオンにそう声をかければ、アニスに支えられながらもふらふらとした足取りで近寄ってくる姿に痛みも忘れて立ち上がる。
咄嗟にアニスが支えている肩とは反対側の肩を支えるように手を伸ばせば、すんとイオン様の鼻が動いた。
「甘い、匂いが……強くなっていて」
しまった、と後悔する。反射的に近づいてしまった。花に飢えている、花食みに。
私の危機感を肯定するように、導師がごくんと生唾を飲み込むのがすぐ間近に見えた。
するりとイオン様の手が私の首に回される。身体を引こうとするよりも先に、イオン様の唇がむき出しの肩に触れた。
「あっ」
くしゃりと花を食まれる感触と共に身を捩って逃げようとする。
流石に導師の腕を力任せに振りほどくなんてことは出来ない。余りにも不敬で、同時に私が来た意味がなくなってしまう。
それでも師団長との約束を守りたくて、導師イオンから逃れるために床に座り込むようにして腕の中から脱出する。
ごくんと花を嚥下した導師イオンが、どこか恍惚とした顔で私を見降ろした。
「前より、甘い……」
ほう、と熱っぽい吐息を漏らしながら導師イオンが呟く。
再度伸ばされる手から逃れるように後ずされば、悲し気な顔が私を見降ろした。
「……やはり、僕なんかが食んではいけませんか?」
「そ、うじゃなくて……っ」
「ルビア、食べてもらいなよ。摘むと痛いんでしょ? シンクだって別に嫌がりはしてたけど怒ってなかったって言ってたじゃん」
アニスの言葉に思わず怯む。できないと首を振る私の前で、導師イオンが私の前で膝をついた。
そっと伸ばされた手が私の頬をなぞる。悲し気な色をたたえた緑の瞳に、びくりと反応する私が映っていた。
「ルビア」
「イ、イオン様。お願いです。摘んで、ください。直接食まないで……」
悲哀の色を乗せて呼ばれた私はそれしか言えなかった。
今ここに、私に味方はいない。
きっとアニスは善意で言ってくれている。その方が痛くないだろうと。怒らなかった師団長なら、直接食まれても許してくれるだろうと。
でもその花生えと花食みにとってその差は致命的なのだ。少なくとも私と師団長の間では、確実に。
花体質を持たないアニスがそのあたりが解らないのは仕方がない。けれど理解してもらえないことが余りにも歯がゆい。
導師イオンの指先がするりと頬を滑り落ちて、私の首筋を撫でる。
そのまま肩に添えられた手は発熱しているせいか妙に熱い。
「摘むのも、痛むのでしょう?」
「……それでも、約束、したんです。摘んで、渡すと」
懇願するようにそう言えば、また何か言い募ろうとしたアニスを導師イオンが掌を向けることで止めた。
長く息を吐きながら一度瞼を伏せた導師イオンが解りましたと答える。
「貴方の花は……前よりも甘くなっていました。ずっと」
「は、い」
「そう花を育てたのは、シンクなのでしょう。にも拘らずその間に割り込んで直接食むなど……確かに、無粋にもほどがありますね」
導師イオンが理解を示してくれたことに私はホッと息を吐く。
アニスが理解できないという顔をしていたが、それでも導師が決めたことならと口を挟むつもりはないようだ。
「そう。無粋と、解ってはいます。それでもすみません……ルビア。痛いでしょうが、貴方の花を僕に摘ませてくれませんか。正直に言えば、僕は今すぐ貴方の花が欲しくてたまらないんです」
「……はい。その、直接食まないならと。師団長とも……話してきましたから」
多分きっと、導師イオンは許されるのならば今すぐにでも私の花に噛みつきたいのだろう。
けれど理性をかき集めて、総動員して、なんとか私の意思をくみ取ろうとしてくれている。
それが解ったからこそ、私もまた導師イオンに背中を向けた。この人なら約束を守ってくれると、そう思ったから。
熱い指先が私の背中をなぞる。
ぷつん、と花を摘まれる痛みに奥歯を噛み締めながら自分の身体を抱きしめるようにして耐える。
「ごめんなさい」
それは一体何の謝罪なのだろう。
ぼんやりと考えながら、私は黙って背中を差し出していた。
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