小さくしましょ




「…お前ら、授業中だって分かってるか?」

除籍にすんぞ。低く低く紡がれた担任の声音に、誰かがごくりと固唾を飲んだ。久しぶりに会った隣のツンツン頭くんから、とても苛々した空気が漂ってくる。後回し、なんて柄じゃないのだろう。いかにもせっかちそうだし。
私自身再会に驚きすぎて普段ならしない凡ミスをしてしまったし、出来る限り早くフォローしたい。けれど、早くボールを投げないと先生がなんて言うか分からない。前門の虎 後門の狼とはこのことか。

「イレイザーヘッド。遅刻してしまってすみません」
「謝罪では済まない…と言いたいところだが、お前の場合は事情が特殊だ。特別扱いはしないが、理解はしている。さっさと列に並べ」
「はい」

向けられたのは、途轍もなく苦い顔。理解したとはいっても、嫌々なんだろう。校長の許可があるからやむなく、という本音がびしばし伝わってくる。
私も、出来ることならSHRから参加したいのだけれど。朝は禊や境内の掃除など、すべきことが山程あるのだ。神様への礼儀を疎かにすることは出来ないし、そんなに器用な方じゃないから、丁寧にと思えば時間もかかる。特にうちの神社の神域は、常に夜のように暗いから……慣れて多少夜目が効くようになったとはいえ、効率が悪いのは事実だった。

「…長さを測る装置って、ボールに現在地を把握出来るようなチップが埋まってるんですか? 」
「まぁ、そうだな」
「……むぅ…」

眩しい朝日に負けないように、うっすらと目を細める。陽の光をこんなに長く浴びたのは久しぶりだ。
そして日光にも負けないくらいさっきから強く刺さる視線は、緑色のモサモサ頭くんからのものだろうか。ちらりと横目で観察すると、何事かぶつぶつと呟きながら、まるでノートを書くみたいに指を踊らせている。行動がとても謎だ。面白そうな子。きっと、私の頭の上の花弁が気になって仕方ないんだろうな。こっちを向いてるのに、視線は交わらないから。
何を隠そう、私の個性は二つある。複合型なんかじゃなく、完全に分かれているものだ。
母…つまり夜桜一門から受け継いだ個性の方は、この桜の花弁が生まれる所以になっている。でも、今回は使えない。
だからもう片方。父から受け継いだ個性で、何か策を練るしかないのだが…如何せん、ボール投げには不向きなのだ。
…でも、除籍にされる訳にはいかないんだよなぁ…。

「それってとっても小さいですか?」
「ああ」

ボールにあったとして、それがどういうものなのか。詳細は機械に疎すぎて分からない。デジタルは苦手なのだ。
でも、少しくらいボール本体の大きさを小さくしても大丈夫だろうか。
埋め込まれている上に爆破されても大砲で打ち出されても正常に機能しているというのなら、ある程度緩衝材のようなものがあると考えて良いだろう。
軽くボールを握り締めると、みるみるうちに縮んでいく。私の個性、『縮小』。生き物以外ならなんでもスケールを小さくできる、ただそれだけの能力。ちなみに元に戻すことは出来ないので、注意が必要。
でも、単純だからこそ汎用性が効く。日常生活における使い勝手はそれなりに良かった。
…入試のロボなんかも、全部最大限小さくしてしまえばあとは指でぷっつん。潰して終わりだ。

「……えい」

米粒サイズ…は不安があったので、そら豆くらいの大きさにしてみた。それを普段通りの構えから、ひょいと投げてみる。総重量が軽くなったおかげで、そこそこ遠くまで飛んでいってくれた。無限には程遠いけど、これなら許容範囲だろう。加えて地面に描かれていた扇形も、その下の地面ごと縮小をかけておく。地面の下の何かしらと連動していたら、と思ったからだ。
グラウンド丸ごと縮めれば更に距離を稼げるんだろうけど、『拡大』が使えない以上自分の尻拭いを出来ないものだから、なんだかなぁ、なんて無いものねだりを考えたり。流石に皆が使う学校の施設を小さくしてしまうのは…色々、良くないだろう。

「お前の個性なら、もっとやりようがあるだろう」

ピピッと電子音を鳴らして計測が終わったのにも関わらず、イレイザーヘッドは渋い顔だ。確かに個性『夜桜』を使えば、ボールを小さくしなくてももっと楽に記録を稼げたと思う。だけれど。

「『夜桜』は私的な理由では使用禁止なので」
「……非合理の極みだな」

公的な仕事。夜桜神社の家業を営んでいく上では、私の『夜桜』はなくてはならない存在だ。
でも、私にとってヒーローになること。そしてそのための学校に通い、そこで訓練を受けることは、総じて『私的な理由』に当たるから。
こちらの個性は、使えない。

「あと、俺のことは先生と呼ぶように」
「……頑張ります」

プロヒーローのことをヒーロー名で呼ばないようにするのにも、時間がかかりそうだ。
小さく一つ溜息を吐きながら、ゆっくりと肩を回した。

「もう一つ。ボールの大きさを変えるのは反則だから計測し直しだ。ついでに地面のソレも比率から元の長さ割り出して計算するからな」
「え」

結果、記録は十三メートル。個性黎明期より前の人間の平均にも満たない長さに、周りの生徒が絶句していた。
……身体、やっぱり鍛えよう。自分がどれだけ個性に頼りきりで生きていたかを思いしらされて、またも嘆息が零れた。





こいつが学校へ入って来れたのは、一体どういう仕組みだったのだろう。
一般的な女子平均よりも低い数値を叩き出した舞は、良くも悪くも目立っていた。…いや、完全な悪目立ちだな、これは。

「ど、どんまい、吉野…」

ということは、蹴落とすべき相手にもならない。俺が上だ。守ると誓ったからには、守られるという意識をこいつ自身に植え付けることも必要だが、それはそう難しい話ではないだろう。

「……?」
「あっこの人誰って顔してる? してるよね? 俺、上鳴電気! 良かったら今度飯食いに行かね? 好きな食べ物とか教えてくれたら美味しいとこ探しとくからさ!」
「………。…そばと、ヤングコーン…?」
「な、なんで疑問形…?」

こてんと首を傾げた舞の方は、まだ良い。こいつがぽやぽやしているのは今に始まった話ではない。
うぜぇのは、男の方だ。とにかくうるせぇ。だが全く相手にされていないことは笑える。まだ視界の端にチラつく光景を、ギリギリ許容することが出来るくらいには。
相変わらず絡みづらい性格してやがる。

「あっあと連絡先! 教えて!」

しかし男の方も懲りない。本気でうざってぇな、クソが。微妙に反応の薄い舞にもめげずに誘いをかける辺り、救いようのないバカなんだろう。デクのこともあるってのに、尚更苛苛する。
初恋の相手だったとはいえ、昔は昔。今は今。流石にこの歳まで引き摺っているということはない。ただ守ってやるという意識があるだけだ。
…それでもみすみすチャラついたやつにくれてやるほど、当時の思い出が軽いものだった訳でもない。
自分の競技に集中し、デクのことを注視しながらついでに意識を向けてやっていたが。いい加減、口を出すか。

「………家の電話しかないし、帰ったらお仕事があるから貴方とお話は出来ない……ごめんなさい」
「「え」」

周りの人間も、聞き耳を立てていたらしい。ざわりと辺りがどよめいて、舞の周りに人垣が出来た。
…ンだよ雑魚が雑魚らしく集まりやがって、鬱陶しいな…!

「えっと…吉野さん? 携帯持ってへんの? ごめんね、聞き耳立てるつもりは無かったんやけど、つい気になっちゃって…」
「ん」
「そうなんや…」
「……お話の途中で、ごめんなさい。私、他の競技も受けないと……」
「あっそ、そうだよね! 引き留めてごめん!」

丸顔女にふるふると頭を横に振った舞は、相変わらず読めない表情だ。ほんの少し下がった眉に気付いたやつは、一体どのくらいいるのか。
…まぁ、俺だけが分かってればいいか。と、俺の方へ小走りで寄ってくる小さな姿。

「あとで、ちゃんと説明するから。待ってて」

説明する気があるなら、いい。家の事なんざどうでもいいが、聞かせる気があるっつーんなら聞いてやらんこともない。
ふん、と鼻を鳴らして了承を伝えれば、また無言で頷いていた。リアクションが薄すぎるんだよ、てめぇは。

「あいつらあれで会話成り立ってんのか…」
「かっちゃんの態度が心做しか優しい…?」

とりあえずデクにはそれまでの諸々のイライラも纏めてぶつけることにして、俺はそろそろまた相澤先生に名前を呼ばれそうなこいつの肩を仕方なく押してやったのだった。

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