六話




「…」
「…」
「…こん、ばんは」
「…こんばんは」

待ち合わせ場所は、あの日のスーパーの入口。相変わらずの不審者スタイルでぼーっと突っ立っているショートさんに、挨拶をするところから始まる。

「…今日も、よろしくお願いします」
「ああ…いや、こちらこそ」

会話はいつだってぎこちない。私の緊張はとれそうにないし、向こうも敢えて会話を弾ませようとするタイプじゃない。
それでも、無言でいられる距離感がありがたかった。

「…これはどうだ」
「残念、ハズレです」

いつぞやと同じ野菜コーナーへ向かって、カートを押す。上のカゴは私用、下のカゴはショートさん用だ。彼が何かを買い足すことは少ないけれど、時折安くなっている惣菜やチルドの蕎麦なんかを買っていることもあった。

「何が違うのか全然分かんねぇ…」
「まぁ、慣れもありますからね…」

この生活が続いて、はや一週間。施設に引き取られてからは持っていなかった自分用の携帯まで持たされてしまった。曰く、防犯用と遅刻したとき用。敵の主な活動は夜だから、急に呼ばれることだってある。スーパーが閉まる頃には一人で帰ると言ったのに、頑として彼は譲らなかった。

『面倒見るって言った手前、それを反故にする訳にはいかねぇからな』

勿論私には電気代や通信費、果ては端末代も払えないから、全部ショートさん名義だ。それなのに頓着せずに最新機種を持ち上げて『これでいいか?』なんて言うものだから、慣れない店内でお店の人とパンフレットを睨めっこしながら暫く話し込むことになってしまった。
最終的に必要最低限のお金で済むように出来たから良かったけれど、この人の金銭感覚とか常識は一体どうなっているんだろう。ヒーローとして人気だから、沢山稼いでるのだろうとは思うけれど、普通赤の他人に最新の携帯を買い与えたりはしない。どこのあしながおじさんだ。

『しっかりしている妹さんですね』
『え、いや…』
『沢山教えてくださってありがとうございます』

しかもにこにこしている店員さんに向かって、何と答えるつもりだったのか。保護してるだけで知らない家の子です、とか? 絶対相手を困惑させるだけの情報を伝えそうな気がして、思わず肘で小突いて言葉を止めてしまった。浮かべた笑みは引きつっていたし、冷や汗も凄かった。

晴れて個人用の携帯を持つようになったものの、入っているのはあの交番と施設、そしてショートさんの携帯の番号くらいだ。ファンからすれば垂涎の品物なのかもしれないが、私では宝の持ち腐れだ。
…というかこの人、なんでこんなに私に対して優しさを見せるんだろう。最初は同情だろうと思っていたが、自分が救った対象に対しては皆にこうなのだろうか。仏か。
ヒーローも大変なんだなぁと勝手にひとり納得していると、また「どうしてこの中からピンポイントでそれを選ぶんだ」とツッコミたくなるくらいハズレの野菜を引っ張り出してきた。どんな才能だ。

「いっそ驚くくらいの引き当て率ですね…」
「わりぃ」

彼の悪いの大半が20パーセントほども悪いと思ってない、ということもここ一週間で学んだ。毎度慌てているこちらが馬鹿馬鹿しくなったので、最近はスルーするようにしている。ただ、敵退治で遅刻してきたときなんかの『わりぃ』は別だ。純度百パーセントの謝罪。心底申し訳なさそうにしているので、毎度対応に困る。こちらは言われた通り、近くのファミレスでフリードリンクをひたすら啜りながら宿題に手をつけているだけなのだから。そんなに苦ではないのだ。しかもお会計も、いつだって払わせてもらえないし。
むしろこちらの方が何かお返ししないといけないくらいお世話になっているのに。

「…ショートさんって、何か好きな食べ物ありますか」
「あったかくねぇそば」
「んぐ…」

そば。そばか。それは手土産には一番適さない…というかお金が無い私では、手作りくらいしか出来ない。デパ地下にあるような高級そばは手が出せないのだ。仮に手打ちが上手くいったとしても、それを「はいどうぞ」と渡す頃には不味くなってしまっているにちがいない。
私がうーうー唸っていると、ショートさんは「そばは違ぇのか?」ときょとんとした目を向けてきた。

「違うことは無いんですが、流石に作ったものを持ってくる頃には不味くなってしまってるんじゃないかって…」
「なら俺の家で作ればいいのか?」
「………は?」

誰かこの「家でそば食えんのか。楽しみだな」とかお花を飛ばしているプロヒーローをなんとかしてくれないだろうか。どうかしてるとしか思えない。防犯的な考えとか、色々…それこそヒーローなんて職業なら色々あるんじゃなかったのか。

「お前が何かするような奴には見えねぇから、大丈夫だ。…ネットで呟いたりしねぇだろ?」
「する訳ないじゃないですか!!!!」

私が一番嫌いなことだ。個人情報をネットに晒したり、悪意のある拡散をすることは。過去の怒りに任せて吼えると、びくっとショートさんが肩を揺らした。
…あんたが、あんたがそれを言うのか。悪いのは全て彼ではなく、その過激なファンだと分かっているけれど。

「私はそんな下衆な真似だけはしません。絶対に」
「お、おお…そうか。なら尚更安心だな。頼んだ」

ぽん、と頭に手を置かれて、我に返る。今もしかしなくても私は断る機会を逃したのではなかろうか。
…でも、そんなに蕎麦が好きだというなら、まぁ作ってあげないこともない。お世話になっているのに何もしないのも違うし。うん。

そう自分を無理やり納得させて、心做し普段よりテンションが高いような気がするショートさんに着いて帰路を辿るのだった。

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