愛しい人



貴方を特別な目で見るようになったのはいつからだろう。
同じ王都に仕える一族として、イグニスと関わりを持つのは普通の事だった。
同い年でありながら教養がしっかりしている彼は兄のような存在であり、同年代よりも大人びて見えた。
感情を表に出さないタイプ、というよりも、スキエンティア家の者として感情を押し殺して生きてきたように思えた。幼い頃から厳しく育てられ、その努力は想像を絶すると思う。それでも怒るときは怒るし、冗談だって言う。眼鏡と鉄仮面のせいで怖く見えがちだが、見た目とは裏腹にとても温かくて、優しい人。何より真面目なのだ。そんな彼ははたから見ればとても完璧な人間に見え、物心付いた時には女性からの人気はすごいものだった。細身ながらも鍛え上げられた身体、甘い声、鋭く見つめられたら釘付けになるグリーンの瞳。

「そんな事は昔っから私の方がよく分かってるんだから…{emj_ip_0792}」

城内の大きな廊下で大きな独り言を漏らすモーグリはご機嫌斜めに大股で歩いていた。

イグニスが好きだ。好きで好きで堪らない。

昔から私達は一族同士での交流のせいか、よく遊んだし、一緒に過ごした。
それは王の盾であるアミシティア家のグラディオも同じ。
だから私達は王に仕える者としての使命感を分かち合い、また気心の知れた良き友として、今までを過ごしてきた。
でも私は幼い頃からイグニスを異性として好きだった。5歳の時、イグニスとグラディオを巻き込んでおままごとをした。妻は私、夫はイグニス、グラディオは…何の役だったかな。イグニスのお嫁さんになってイグニスを守りたい。その歳の辺りからイグニスが好きだった。優しくて、頼り甲斐があって、でも好きだとかは言えなかった。3人でいるのは楽しかった。関係を壊すならずっと仲のいい仲間でいたかったから。

だがその考えが浅はかだったと、思い知らされる事になる。



先ほど訓練場で3人で稽古をしていて、休憩していた時。

「そういえばイグニス、お前この間のお見合いの話しどうなったんだ?」
あぐらをかき、首に下げたタオルで汗を拭うグラディオ。
「ああ、一度はお断りしたのだが、親同士が乗り気でな…。とりあえず顔を立てなくてはならないからお会いする事にした。」
飲んでいたペットボトルの水を置いてイグニスが答えた。

「な…」

普通に話し始めるイグニスとグラディオにモーグリは唖然として口を半開きにした。

え?お見合い?イグニスが?

「あぁ、モーグリには言ってなかったか?イグニスの事をやけに気に入ってる良いとこのお嬢様がいてな、親同士が勝手に見合いを組んだらしい。俺らももう20歳は越えたし、家の為にそういう話しはこれからくるだろ。」
ガサツなモーグリも家が決めてくれりゃあ一応もらい手は居るんだからよかったな、とグラディオに冗談交じりに笑われた。
「王都主催のパーティーに毎回招待されているオルティシエのご令嬢で、気分が悪くなった時、俺が介抱したのがキッカケで気に入っていただけたらしい。」顔と身分は覚えているのだが、記憶になくてな。とイグニスが呟いた。
「い、いイグニスは…結婚するの?」
モーグリは驚きとショックとで半分パニックだったが、何とか平然を装った。
「…いや、顔を立てるだけだ。その気はないのでお会いした時にハッキリお断りするつもりだ。」
眼鏡をクッと直しながらイグニスはモーグリに言った。
その言葉にホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、先ほどグラディオが言ったことを思い出した。

『家の為にそういう話しはこれからくるだろ』

そうだ、私達は次の代を考えたらお見合いやら政略結婚やらは当たり前だ。そろそろそんな話が出てきてもおかしくない。

こうして3人で他愛のない話をするのも、会うのも、出来なくなるかもしれない。
モーグリは女だ。結婚してしまえばいくら親しい友といえども男である2人には中々会えなくなるだろう。

それにイグニスが自分では無い女性と…。

考えたら絶望的になって苦しくなった。
今まで自分は何をしてきたのだろうか。関係が壊れることを恐れ、ただ影で思っていただけ。

「モーグリどうした?気分でも悪いのか?」
急に無言になり俯くモーグリに気づいたグラディオがモーグリの背中をさする。
「大丈夫かモーグリ?医務室へ…」
モーグリはイグニスの言葉を遮った。
「大、丈夫…ちょっと今日無理しすぎたみたい…先に帰るね…。」
モーグリは2人を残して訓練場から立ち去った。

長い廊下を歩く。
フラフラした足付きは、やがて早歩きになる。
青ざめていた筈の顔は険しくなり、怒りで少し赤くなっていた。

イグニスの格好良さなんて、私の方が前から知ってるんだから…

どうして私はこの時間がずっと続くんだと思っていたのだろうか。
子供だった私達も大人になった。
ずっと一緒に居られるわけないのに。

モーグリはせめて、想いを伝えておけばよかったと後悔した。
振られても、時間がきっと解決してくれたに違いない。すぐに恋人同士になれなくても、少しは気にかけてくれるようになって、もしかしたら恋人になれたのかもしれない。
そんな素ぶり、一度もしたことがなかったんだから、イグニスは本当にモーグリの事を親しい友人としか思っていないだろう…。

まだ見ぬイグニスの結婚相手にどうしようもない嫉妬と、不甲斐ない自分への怒りでどうにかなりそうだった。

「今更言ったって…傷つくだけだよ…」

胸が苦しくなって、気がついたらモーグリは泣いていた。





モーグリは帰宅した後、携帯の着信履歴に気づいて確認する。相手はイグニスだった。
メールも一通きていた。



イグニス


Re:大丈夫か?


あの後追いかけたのだが見当たらなかった。
体調は大丈夫か?グラディオも心配していたぞ。
明日は確か休みだったと思ったが。
俺は朝、書類を提出するだけでその後は時間がある。よければ飯でも作りに行こうか?
返信を待つ。




ソファーに横になったまま、モーグリは返信画面を開いて止まった。なんて返そうか悩む。
10分くらい悩んで、やっと指を動かした。



モーグリ


Re:Re:ありがとう


体調は大丈夫!ちょっと急に貧血で目眩がしただけ。心配かけてごめんなさい。グラディオにもメールしとくよ。
久々にイグニスの料理食べたいから、体調は平気だけど来て欲しいなー、なんて。




「送っちゃった…」

極力いつもの感じで返信したが、会いたい思いが勝ってしまって、断ればいいものをつい甘えてしまった。
このモヤモヤした気持ちで明日会ってしまえば、また心配をかけてしまうかもしれない。
耐えきれなくなって、告白して、困らせてしまうかもしれない。

うーん、と唸りながらモーグリは頭を抱えた。
「今日は何だか色々考えすぎて疲れた…」

ベッドにダイブして、とりあえず眠る事にした。明日イグニスに会える嬉しさと、不安な気持ちを押し込めて。





ーーーーーピンポーン

呼び鈴で目を覚ます。
寝起きの虚ろな目で枕元の携帯を見れば、時刻は11:30頃。もうお昼時だった。
空っぽの頭でモソモソとベッドから起き上がり、インターホンの画面を除く。
そこには相変わらずキッチリした格好のイグニスが立っていた。

「しまったー…もうこんな時間…。」
急いで鏡でボサボサの髪を束ね、軽く身なりを整えると玄関を開けた。

「イグニス…ごめ…今起きた…」

苦笑しながらイグニスを迎える。
手には食材だろうか、大きな袋を一つ下げていた。

「そのようだな」

やれやれ、と言った顔でイグニスはモーグリの家へ上がった。

「食欲はあるか?風呂に入ってる間に昼飯を作っておくから入って来たらどうだ。」
イグニスは慣れた手つきで買って来た食材を冷蔵庫に入れる。よくグラディオとも遊びに来ているので、何処に何があるかは把握されていた。
フライパンと調味料を確認しながらモーグリを促した。

「うん、ほんとすいません…。入って来ます…。」

自分の女子力のなさを呪う瞬間だった。



風呂から上がると、リビングにいい香りが漂っていた。
半乾きの髪をタオルで拭きながら、モーグリはイグニスの居るキッチンへ入る。
「わー!ほんと美味しそう{emj_ip_0792}」
ふわふわのオムライスがちょうど盛り付けられるところだった。ちゃんとサラダも用意されている。
「もうこのふわふわ加減はシェフだね。イグニスが店を出したら繁盛間違いなしだよ。」
うんうん、と頷きながらサラダのプチトマトをつまみ食いする。
「こら、つまみ食いしてないでテーブルに持って行ってくれないか。」
母親のようなイグニスのセリフに少し笑う。
「…何を笑ってるんだ。」
フライパンを洗いながらイグニスが言う。
「いやあ、ほんとイグニスは料理も掃除完璧でお母さんみたいだなあって。」

そう言うとイグニスは少しため息をついて

「…俺だって男だぞ。そんな事よりモーグリは危機感が足りないんじゃないのか?そんな風呂上がりの無防備な格好でいられたら目のやり場に困る。」

手を止めて意地悪く笑って言った。
その顔にドキッとする。

「ななな…ッ{emj_ip_0792}いっつもイグニスがいる時普通にお風呂入ってるじゃない…{emj_ip_0792}」

今更何いってんのよ、えっち!

と顔を赤くしながら言い返す。

「あまりそうやって俺をからかってると、後で痛い目を見るからな。」

ふっと、笑って「さあ、冷めないうちに食べよう。」とリビングへ移動する。

「な、何よ、変態眼鏡っ。」
冷めない顔を抑えながらモーグリもリビングへと移動した。途中で「変態眼鏡はやめてくれ。」と言われる。
慣れた筈の2人の食事が、ドキドキしているせいか今日は上手く食べられなかった。



美味しいオムライスのお陰で、食事が終わった頃にはさっきのドキドキは少しマシになっていた。
作ってくれたイグニスに礼を言い「後片付けは自分でするから座ってて。」とキッチンへ向かった。冷蔵庫からエボニーを出しイグニスへ手渡すと食器を洗い始める。

他愛のない話をして、この後ノクトのとこに遊びに行こっか?などと話しながらモーグリは手を動かす。
カチャカチャと食器のぶつかる音と水の音がする中、イグニスはソファーでエボニーを飲みながらモーグリをじっと見ていた。

その視線に気づいて、居心地が悪くなる。

「な、なに?」

問えば「…いや、何でもない。」と返される。
それからイグニスは黙ってしまった。

しばらくして、洗い終わった食器をふきんで拭いていたら、イグニスがキッチンへ入ってきた。
そしてそのまま後ろから腰を抱きしめられ、首に顔を埋められる。

「ちょっ、ちょっとイグニス…っ」

突然の事に皿を落としそうになったが、何とかキャッチする。
息が首にかかって、くすぐったくて、イグニスの匂いがして、顔が熱くなってクラクラした。
振り返りたくても振り返れず、嫌ではないので振りほどく事も出来ず、そのまま固まった。
しばしの沈黙の後、イグニスが口を開く。

「…突然こんな事を言って驚かせると思うが、どうか聞いて欲しい…。」

いつになく悲しそうな、泣きそうな声でイグニスは話し始めた。

「俺たち、グラディオとモーグリと俺は、小さい頃から一緒だった。…だから、モーグリにとって俺は兄弟の様な存在かもしれない。仲の良い友かもしれない。だからこそ、ずっと言えなかった、関係を崩したくなくて。」

絞り出す様に言う。

「…それは…。」

私も思っていた事だと、モーグリは言いかけた。でもこの続きが自分の期待したものかどうか確信がなかったので、止まってしまう。

「愛してる…、モーグリ。俺は、ずっとモーグリを1人の女性として大切に見守ってきた…。」
ぎゅっと、一層力を込めて抱きしめられる。

それは、ずっと欲しかった言葉だった。

モーグリは顔を見たくて振り返った。
そこには眉毛を下げて、切ない顔をした愛しのイグニス。

モーグリは返事の代わりにイグニスを正面から抱きしめた。

「私も…っ。私も同じ気持ちだった…{emj_ip_0792}イグニスに負けないくらいずっと前から、イグニスが好きだった…{emj_ip_0792}」
イグニスの眼鏡の奥のグリーンの瞳が、驚きで見開かれる。

お見合いの話でショックを受けた事も、お互いが大人になったが故に感じた昨日の不安な気持ちも、全て話した。
そうしたら「どうやら同じ事を考えていた様だな。」と、見たことない優しい笑顔で額にキスを落としてくれた。

「だが、きっと俺の方がモーグリを好きになったのは先だと思うぞ。」
冗談交じりに微笑みながら言うイグニス。
「そんな、私の方が先だよ!自信ある{emj_ip_0792}」モーグリは子供の様に頬を膨らます。
お互い下らない意地をはって抱き合っていた身体を離す。が、すぐ笑いあってまた抱きしめあった。

イグニスの長い指が、モーグリの髪をすく。そのまま頬に触れて、指を絡ませ、今までの我慢していた分を補う様に互いを確認しあった。

「…さて、まずはご両親にご挨拶だな。」

「多分みんなびっくりするね…」

真面目なイグニスらしい言葉に、ふふっと幸せな笑みをこぼして、どちらからともなく甘い口づけを交わした。





『イグニスは、モーグリのだんなさまだから、モーグリのそばにずっといてくれる?』

『ああ、やくそくする。おれがずっと、モーグリをまもるからな。』

あれはおままごとの中の話では終わってなかったようだ。


END


2017.03.01


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