無慈悲なる悪意

「大丈夫?」

「はい。すみません、先着替えます。」

声を掛けてくれた、片岡さんには申し訳ないけど、時間もないので簡易的なカーテンで区切られたスペースへと身を滑らす。
次の曲までに急いで着替えなければならない。汗でべたついたズボンはすぐに脱げない。

着替えながら小さく小さく息を吐く。

あっという間に始まった、単独ツアー。
2日目の今日、通路を移動中の私に投げ込まれたのはペットボトルだった。

幸い当たることはなかった。ステージで跳ねるペットボトルは空で、カランカランと音を立てていた。
強烈な悪意に吐き気がした。
驚いてあげてしまった、小さな叫び声が聞こえてしまったのだろう片岡さんは心配そうな顔だった。

出る前にもう一度小さく小さく息を吐いて、カーテンを開ける。
メンバーの皆さんは着替えながら、こちらを見る。

「紫苑。、大丈夫?」
エリーさんも汗を拭きながら、私へと声を掛けてくれる。
「当たってないので、大丈夫です。声上げてしまってすみませんでした。」
エリーさんだけでなく、他の皆さんにも頭を下げる。
「じゃあ、先立ち位置行ってきます。」
心配そうなエリーさんがまた口を開く前に、私は部屋を後にする。
スタッフは忙しそうな中で、私に指をさして小声で話している。スタッフも当然、私を迎え入れてくれているわけではなかった。ひどい時には女性スタッフに足を掛けられたり、肩をぶつけられたりとまるで学生時代に戻ったかのような、孤独感だった。

「あ、さっきの大丈夫だった?」
「亜嵐。」
ジェネのステージが終わり、降りてきた亜嵐はこそこそと私に耳打ちする。

サポートメンバーの亜嵐とは、一度ダンスの練習で同じスタジオを使った時に同い年ということもあって偶々話すようになったのだ。周りが腫れものか、邪魔者のようにしか扱わない中で、亜嵐は唯一私を普通の人として扱う人物だ。
彼のそういうところが、誰とでもなく仲良くなれるところなのだろうなと思う。

「大丈夫。亜嵐も早く着替えに行きなよ。」
「本当に?心配だわー。ま、これからも気を付けとけよ。」
「ん。」

私が返事をするよりも早く、亜嵐は行ってしまった。
すぐにメンディーさんたちも降りてきて、私にぺこりと頭を下げって走っていく。

上手く、巧くやらなければ、そう思えば思うほどに体が重く感じる。
ダンスも歌も、メンバーの皆さんに付いていくだけで精いっぱいだ。

「大丈夫。大丈夫。」

自分に言い聞かせる。

ぎゅっと目をつぶって、小さく息を吐けばいろんな音がシャットダウンされて、自分の中の空虚な部分に入り込むみたいだ。

その状態のまま、私はステージへと昇る階段へと足をかけるのだ。