金物屋を通り、自転車屋も通り抜けた先。
緑のテントに川上青果店の看板を掲げたその店先には、人の好さそうな親父さんが立っていた。


「すみません、半崎さん…あ、えっと、演歌歌手の天音次郎さんの家を探してるんですけど」
「ああ、あの人んちは…どこだったっけな?おーい、かーちゃん!」
「はいはい、どうしました?」

店の奥から出てきた奥さんは、笑顔が似合う肝っ玉母さんといった様子だった。


「天音さんのおうちはどこだったかね?」
「次郎ちゃんは山田さんのところのアパートの2階よ、ほら向こうの神社の裏手の。あら、あなた次郎ちゃんの知り合い?」
「はい、事務所で頼まれまして、急遽天音さんの荷物を取りに」

神社の裏手に住んでるってことは、半崎は高木刑事が探し物をしているのを知っていて顔を出したってこと…?
ありすは取ってつけた笑顔の裏で眉を顰めるが、目の前の夫婦は気に留めていない様子だ。

「あら、そうなのね。それってもしかして、次のステージの大仕掛けの道具とか?」
「…大仕掛け?」
「あら、違うの?昨日の夜に空き地からコンクリートブロック運び出してたし、今朝向かいの氷屋から氷の塊買ってたから、てっきり演出の道具かなにかかと思ったんだけど」

ありすはさっきまでの記憶を辿る。
神社裏手のアパートの2階、あそこからなら窓を開ければ境内の様子をうかがうことができるけれど。
手帳を無くした刑事が翌日探しに来ると見込んで、氷塊とブロックを用意したのだとしたら…嫌な予感がする。

ありすはお礼を言うと、足早に神社へと戻った。



******



「高木刑事、見つかりましたか?」
「いや、それがまだ…」
「ちょっと心当たりがあるんですけど」
「ほ、ほんとですか!?!?」

境内をくまなく探していた高木刑事が飛びかからんとする勢いで近寄ってくる。
ただ、手帳がない以上国家権力には頼れない。

だとしたら…

日本には「知らぬが仏」という諺がある。
高木刑事には適当な理由をつけて、先に2階の半崎の部屋へと行ってもらうことにした。



人払いをして、ありすは隣の一軒家、山田邸のインターホンを押す。
程なくしてスピーカーから、はい。と女性の声で聞こえた。

「あの、天音次郎… いえ、半崎の事務所の使いですが、部屋の鍵をお借りできませんか?彼の忘れ物を持って行かなきゃいけなくて…」
「あら、今日は杉山さんじゃないのね?」

杉山…恐らく口論していたマネージャーだろう。

「それが、現場が遠いので急遽、私が届けることになってしまって…」
「あら、それは大変ねぇ… 持ってくるからちょっと待ってて頂戴」


インターホンがぶつりと切れてしばらくすると、玄関の扉が開いて物腰柔らかな女性が合鍵を手渡してくれた。

「はい、これ。半崎さんの部屋は2階の階段すぐの部屋よ」
「ありがとうございます、お借りします」

お礼を言って急いで部屋へと向かうと、そこにはそわそわしている高木刑事の姿。
部屋の鍵を開けるや否や、「お邪魔します!」と高木刑事が部屋へと乗り込んでいった。

ありすも部屋に足を踏み入れ、なかの様子をうかがっていると。
すぐ近く、入口右側のほうからガタッと物音がした。

「高木さんこっち!」

音のしたほう…風呂場の扉をふたりで開けると、そこには――


溶けかけた氷を重しにロープでぶら下げられているコンクリートブロック。
そしてその下には、拘束されてバスタブでもがく、男性の姿があった。



「危ない…!!」

状況を把握した高木刑事が、間一髪のところで男性を助ける。
そのまま慌てて口のガムテープをはがすと、男性からは安堵の声が漏れた。

「た、助かったぁ…」
「あ、あなたは昨日の…!?」
「はい、杉山です。昨日に続いてまた助けて頂きましたね… 高木さんには」

杉山さんの言葉に、驚く高木刑事の目がさらに丸くなる。
「どうして僕の名前を?昨日は名乗らなかったはずですけど…」

「名前を見たんですよ、この中のね」


高木刑事が手足を縛られた男性の視線の先、胸ポケットを確認すると。

「あったぁー!!!!」

ずっと探していた黒い手帳が、そこにあった。


 
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