ありすの目の前には食後のミルクティー、向かいの席にはロックグラスとバーボンの瓶が並んでいる。
席についた沖矢さんが、グラスに注いだバーボンを傾けて口を開いた。
「バーボンの素性を調べてくれ …彼が楠田陸道について探っている」
楠田陸道、ありすは記憶の欠片を呼び起こす。
それは、杯戸中央病院でジョディから聞いた、組織の構成員の名前だった。
「それって、拳銃自殺した…」
「あぁ。来葉峠の件から赤井秀一を探し出し組織に差し出すことで、中枢に食い込もうってとこだろう」
赤井さんは彼を、情報収集及び観察力・洞察力に長けた人間と評していた。
替え玉のトリックを見破られるのは時間の問題ということだろうか。
「いざという時の切り札、ってことですか」
「そこまでの情報が得られたらベストだが、少なくとも、向こうの出方を探っておきたい」
ありすがカップを置いて考え込む仕草を見せると、目の前の沖矢さんは、いくつか新しい情報がある。と言って話しはじめた。
「杯戸中央病院でバーボンが楠田陸道について情報収集していたらしい。コナン君がはっきり『楠田陸道を知らないか』と探りを入れられたそうだ」
「…コナン君はなんて?」
「”知らない”と答えたそうだが、バーボンは信じていない様子だったそうだ」
「まあ、そうですよね…」
そう言ってありすは頷く。
楠田陸道の名前に到達している時点でそれなりの確度を持っている筈だ。
コナン君の即席の誤魔化しは通用しないだろう。
「ただ、そう悪い話だけではない」
意外な展開に顔を上げたありすの視線が沖矢を捉えると、声の主はニヤリと笑う。
「ゼロと呼ばれたときに咄嗟に振り返ったらしい。
本人は、子どもの頃のあだ名だと言って誤魔化していたそうだが…」
「…彼の名前、”安室透” でしたよね?」
「透けているからゼロ、だそうだ」
透、透けるから、ゼロ――
あだ名というには随分と凝ったものだな、とありすが考え込んでいると。
偽名かもな。と目の前の沖矢さんがさらりと答える。
――偽名
そのほうがある意味納得できそうな気がしてくる。
確か赤井さんも、諸星大と名乗っていた。
「組織の人間は全員、偽名を使うんですか…?」
ふと湧いた疑問は、至って自然なものだったように思う。
だが、答えは意外なものだった。
「いや、どうだろうな。そもそも末端の人間は小銭稼ぎで来るような奴らばかりだし、幹部はコードネームで呼ばれるからな。敢えて偽名を使うとすれば、明確に隠す理由がある人間ぐらいだろうが…」
現に、俺は彼の名前が安室だとは知らなかった。という沖矢さんの言葉に、ありすは再び考え込む。
深読みだろうか。でも、使わない名前を、偽る必要があるのだとしたら…
知れば知るほど、その輪郭が朧げになっていく。
私の知っていたはずの”彼”は、本当はどこにも存在しないのかもしれない。
うすぼんやりと過去の出来事の数々が頭をよぎるが、すぐにその思考に蓋をする。
――今はただ、情報が必要だ。
ALICE+