まさかの人物に綾瀬は驚いた。
何故自分の席の前にいるのか。
まだ帰っていなかったのか。
気になることはたくさんあるが、今の綾瀬にとっては極力遭遇したくない状況だった。

「(ど、どうしよう)」
(綾瀬落ち着いて…って。ねぇ彼が持ってるのって)
「(え?)」

綾瀬は遊作の手を見た。
彼の手には、綾瀬が読もうと思っていた本があった。

「これ、あんたのか?」
「えっ。あ、うん」
「そうか」

そう言うと、遊作は綾瀬の元へ歩き始めた。
綾瀬は驚いたが、とりあえず本を受け取ろうと遊作の元へ向かった。

「えっと、ありがとう…」
「いや、丁度机の上に置いてあったのを見つけただけだ」
「そっか」
「…」

お互いに言葉が続かず、沈黙が続く。
綾瀬にとっては一刻も早くこの場を去りたいと思ったが、なかなか言葉が出なかった。
それは、遊作のことを「怖い」と思ってしまっているからであった。

「(なにか話さないと…でも、何も言葉が出ない)」
「…あの時」

沈黙を破ったのは遊作だった。

「…え、あの時?」
「俺が寝ている時に、ペンを拾ってもらった事。まだお礼を言ってなかった」
「お礼…?」
「拾ってもらったのに、あの時はなになかも言わずにいて拾ってもらったことも忘れてた。だが、前に公園であんたと顔を合わせた時に思い出した。流石に何も言わなかったのは悪いと思った。だから、お礼を言いたかったんだ」
「えっお礼なんて別に大丈夫だよ!それに、あの時は寝てたの私が起こしちゃったから私が謝るべきというか。本当にごめんなさい!」

綾瀬はそう言うと深々と頭を下げた。
遊作はその行動に驚いた様子だった。

「いや、あんたが謝る事、ないだろ」
「でも、あの時起こされて機嫌が悪そうだったから。しかも、最近何故か見られているような睨まれているような気がしたから、怒ってるのかなって」
「…顔、上げてくれ」

綾瀬はゆっくりと頭を上げた。
遊作の表情は先程とあまり変わりないが、今まで綾瀬が感じていた「怖い」雰囲気はあまり感じられなかった。

「あんたに、言うことが3つある」
「え、3つ?」
「1つ、あんたは俺に悪いことなんてしてない。だから、謝る必要なんてない」
「…うん」
「2つ、あんたを見ていたのは、お礼を言おうと思ってタイミングを探していたから」
「そ、そうなんだ」
「そして3つ…ペンを拾ってくれて助かった。ありがとう」

そう言って、遊作は軽く頭を下げた。
綾瀬は今、遊作が自分に対して悪い印象を持っていたわけではないと知った。
それだけで、不安で重くなっていた心が一気に軽くなるような気がした。

「そうだったんだ。ちょっと安心した」
「安心?」
「うん。ここ最近見られてたから「なにか悪いことしちゃったのかなって」思ってた」
「…それは悪かった」
「でも、分かってよかった」

直接話さなければ、不安なまま過ごす事になっていた学校生活。
しかし、偶然にも話すことが出来たからこそ不安を消すことが出来た。
綾瀬の表情は先程の不安があったものから明るいものへと変わっていた。

「そうだ、私も忘れ物を渡してもらったからお礼をいわないと」
「別に、お礼を言われることはしてない」
「そうかもしれないけど、渡しに来てくれたから」
「…そうか」
「うん。藤木遊作君、であってるかな?名前」
「あぁ」
「良かった。えっと、私の名前は水守綾瀬です。藤木君、ありがとう。助かりました」

あまり話したことがないため緊張しているのは抜けないが、綾瀬は遊作に笑顔を向けた。

「あと、同じクラス同士よろしくね」
「それは、今言う所なのか?」
「実は、緊張してて何言おうかごっちゃになっちゃってて。あはは…」
「そうか…こちらこそよろしくな」
「うん。よろしくね」

お互いにぎこちなかったが、出会った時より二人の雰囲気は明るいものになっていた。


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