「今日の授業はここまで」

教員の言葉と共に、今日最後の授業が終わる。
筆記用具を片付けたり背を伸ばしたり、生徒たちがざわつき始める。

「ふぅ…終わった…」

少女水守綾瀬もその中に混じって、丸まった体を伸ばしていた。
高校に入学して1ヶ月、1校時あたりの授業時間の変化にも少しは慣れた。
だが、体感時間が長く感じてしまうのはまだ直らなかった。

「水守ちゃんおつかれ~」

綾瀬の席の前を通る女子生徒が声をかける。
彼女は特別仲がいいというわけではないがフレンドリーに話しかけてくれるので話すことが多い。

「おつかれ~今から部活なの?」
「うん!やっと入りたい部活決めたから」
「そっか、頑張ってね!」
「うん!綾瀬は部活入らないの?」
「ん~どうしようか悩んでるんだよね…」
「部活は青春でしかできないよ!無理に入れなんて言わないけど、入部したらしたで楽しいと思うよ」
「楽しいか…ありがとう、考えてみる」
「うん!じゃあまた明日!!」

そう言うと、彼女は元気よく教室を出ていった。
高校生活が始まって1ヶ月、綾瀬はどの部活に入部していない。
別に部活に興味が無いわけではない。だが、「入りたい」と思う部活がないのである。
教訓的には無理に入部しなくても良いが、入部したからこその楽しさというものはあるだろう。

「(部活か…葵も入部してるみたいだし、何か入ったほうが良いのかな…?)」
(入ったら楽しそうじゃない?)

頭の中で話しかけられる。
数年間ずっと一緒にいる、どこか違う自分。

「(斗亜…)」

声の名前は斗亜。
数年前のとある出来事で生まれた綾瀬の別人格というべき存在。
過去に医者で診てもらったが「完全に人格が2つに分裂している」らしく、心身に支障はないが治療する方法もないらしい。
だた、斗亜自身綾瀬に何か問題を起こす気がないため、このまま存在しているという状態。

「(ううん、入らないよ)」
(えー)
「(えーって、斗亜は部活に入りたいの?)」
(いや、そういうわけじゃないけどさ…入ったほうが綾瀬が楽しいんじゃないかって)
「(私は今でも十分楽しいよ)」
(そう…?)
「(うん)」

頭のなかで会話をしながら広げていた筆記用具をまとめ鞄に入れる。
気がつけば、生徒はほとんどいなかった。

「(とりあえず帰ろっか)」
(了解ー)

席を立ち上がり教室を出ようとすると、通路にペンが落ちていた。
拾うと、それはタブレット端末用のペンだった。

「誰のだろ」
(…この子じゃない?)

落ちた場所のすぐ近くの席に一人の男子生徒がいた。
同じクラスの人間であることは確かだが、まだクラス全員の顔と名前が一致していない綾瀬には彼が誰だかわからなかった。
授業終わりに寝たのかそれとも授業中から寝ていたのかは定かではないが、彼は机に突っ伏して寝ていた。

(机にタブレットあるし多分この子のじゃない?)
「(…起こした方がいいよね)」
(一応本人のものか確認しなきゃだし)
「(…なんか怖そう…)」
(え、なんで?)
「(いや、なんか特徴的な髪型だなって…)」
(髪型で人格を判断しない!!まず、クラスメイトだから怖くないって!)
「(…だといいな)」

綾瀬は男子生徒の方を揺らす。

「ねぇ…君、起きて…起きて、もらえると嬉しいな」
(まさかの遠慮気味)
「…」

綾瀬の声が聞こえたのか、男子生徒が目を覚ます。
その表情は、眠りを妨げられたのか少し不機嫌な様子にも見えた。

「…」
「ごめんね、突然起こして」
「…」
「(無言!?)…これ、君のペン?」

そう言ってペンを見せる。
不機嫌なのかそれとも寝起きで声が出ないのか、男子生徒は首を縦に振った。

「よかった…ごめんね起こしちゃって」
「……気にしてない」
「ここで寝るのもいいけど、できれば家帰ってから寝たほうが…って」

綾瀬が話している途中に男子生徒はまた眠り始めようとした。

(寝るの早!)
「い、いや起きて…多分君このまま寝たら夜なるよ!」
「…うるさい」

そう言った彼の表情は先程より更に不機嫌さを増していた。

「…ごめんなさい」
「…」

綾瀬の声が聞こえたのかはいざ知れず、彼はまた眠ってしまった。

「(帰ろっか…)」
(そうだね)

眠りを妨げてしまった男子生徒に「ごめんなさい」と呟くと、綾瀬は教室を後にした。


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