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嵐山准の背中には傷がある。
ちょうど肩甲骨のあたりに。羽をむしり取られた時にできた、今も膿んだままの傷がある。
いつか私たちはそれをわすれて、あなたの傷を語らず、きれいな背中が後世に伝わるだろう。……それでも。
だから、私は右手に持った石を投げない。投げることさえできないから握りしめて、私の手のひらは血で濡れる。確信。それでも大丈夫だ。畳に投げ出した右手をゆるく開く。無傷の手のひらから逃げるように瞼を下ろした。私の脳内にある右手には、大きな傷跡。
この膿んだ生々しい傷も、いつかは瘡蓋ができるでしょう。
右手に瘡蓋を持った私は、あなたをなんて呼ぶだろうか。どうやって呼べるのだろう、こんな私が。助けてなんていう資格があるとでも? 
数年前の夜に出会った空色の目の少年が告げる。記憶のまま、目と同じ色をした服が風で揺れている。
「『おれたちは、英雄だって讃えられても偽善者だって非難されても必ず助けるよ。それだけを決めてるんだ。』」
彼の声はもう覚えていない。それでも、その言葉だけを確かに記憶している。
流れた血の分だけ取り戻そうとする点滴のような言葉だった。そういえば、四月に会おう、と彼は笑ったけれど、会うことはなかったな。
もしも、呪いのようなこの傷跡が、きれいになったらどうしようか。
次の7月29日を、私はどう形容すればいい? すべて忘れて、石も持たずに生きることができるようになるまであと何回、あの日を数えればいいんだろう。なにもわからない。
まるで子供のように、私はその日を待っている。いつか来るその日まで、私は嵐山准を信仰しない。贖いを許されるその日まで、私は罰を受けよう。

「あ、」
「この前はノートをどうもありがとう。すごく助かったよ」
「いや別に…………嵐山君こそ大変でしょう、ボーダーと学生の両立は」
「いや、俺は結構楽しんでやっているから」
大丈夫。嵐山くんはなんの衒いもなく笑った。ただの人間として。
「……嵐山くんって花はすき?」
「そうだな。うーん、嫌いではないが……詳しいかと聞かれると答えはノーだな」
その回答を聞いてから、わたしはクリアファイルにしまったクロッキーを一枚渡した。無彩色のひまわり。高いところにある窓から光が差し込む。けれど私たちの足元を激しくスポットライトのようには照らしてはくれない。硝子細工のような弱々しい光が足元に転がっている。
「よかったらこれどうぞ」
一枚だけ手渡す。ちょうど一輪贈るように。御礼ではなく懺悔を。信仰ではなく贖いを。他の誰でもない嵐山准、あなたへ。

きっと私は、あなたの背中にある傷を理解できないまま死ぬだろう。それでも、それでも、いつか、あなたを信じられる日がきたのなら。
たとえ望んだ通りの優しい人間ではなくても、来るべきその日には「ごめんね」って言える人間でありたい。

君の背中には傷がある


22.12.29