おわりに

これは劣等感と罪悪感の話です。
個人的に、漫画でもアニメでも嵐山准のことが苦手で(決して嫌いではないです)それを払拭したいこと、どこが怖いのか、なにをしたら嵐山准をまっすぐみるようになれるのか、というのがテーマでした。わたしが嵐山准に対して感じる苦手意識というのは、劣等感や本当の意味で正しくあれないことからの罪悪感です。(私が嵐山准に苦手意識を持つのは芥見が虎杖くんを苦手って言ってた時期と同じだと思います)(敬称略)(他作品の話で失礼)
ほぼ頭の中で捏ねてることを吐き出すだけで恋愛のれの字もない作品なので、ネームレスいっそのこと第三者から見た嵐山准にするか?と思ったんですが、辻村深月先生(以下敬称略)の『噛み合わない会話とある過去について』に影響を受けてこんなんになりました。この話での『噛み合わない会話とある過去について』エッセンスは、ざっくりというと語り手に過去の悪い思い出をきっかけに心理的な復讐が行われるというちょっと大人気ないし、合理性や整合性をぶん投げた構成です。
(あらすじに関しては割愛します。永遠に語ってしまいそうなので)
嵐山准の中で鮮明にある良い思い出(に深く結びつく裏切られたという悪い思い出)と彼女の美しい思い出の齟齬が一つの筋書きで、もう一つ、というかこちらが主題ですが、自分の視野の狭さゆえに嵐山准という人をちゃんと見ていなかったという後悔、嵐山准ではないかもしれないし嵐山准かもしれない誰かを傷つけたこと、嵐山准も誰かに傷つけられたことある普通の人間だということが描きたかったです。
普段どうしても読者としては、嵐山准に格好良くて少女漫画のヒーロー、戦隊モノのリーダー、少年漫画的主人公を夢見たくなります。少なくとも私個人はそうでした。偶像崇拝してしまいそうな私と、そう見えるがそうではないであろう嵐山准その人。結局何も知り得ないから偶像崇拝する一般市民、何も知らないし知ろうともしないくせに恨む一般市民、結局私も彼らとおんなじだ、という諦念もあります。歴史の話はこの辺りが強いです。
まだまだ色々言いたいことがあるような気がしますが、ここらで切り上げます。ひとつでも伝わっていると嬉しいです。




よく聴いていた歌
 サンタマリア/米津玄師
 ドラマツルギー/Eve
 風、花/ヒトリエ
 ばいばいスーパースター/石風呂


22.12.29