時計仕掛け、ゆめゆめ仕掛け
「アナイクス先生と、エフィー様が、抱き合って寝てた……」
「アナイクス先生がエフィーたんの胸に顔を寄せてた……」
「確かにその通りなんだけど、あんまり復唱しない方が……!」
ファイノンは指揮棒を振るように手の動きで声をひそめるように懇願する。ふたりは目を丸くして、動揺を分け合うように視線を合わせた。
「随分と盛り上がっているようですね」
低い声にファイノンたちは息を詰めた。
____聞き間違えることなど決してない、よく知る師の声だった。
自らの手と、地面に落ちている黒い影を見つめることしかできない。そしてその影はため息をつく。3人とも振り返らずともわかっていた。けれど、「なるほど」という声に観念して振り返る。当然そこにいたのは冷ややかなまざなしをたたえたアナイクスの立ち姿だった。
「ア、アナイクス先生……いつからそこに……」
はあ、とアナイクスはこれ見よがしにため息をつく。普段の講義と同じように、アナイクスが呼吸し、瞬きをする、たったそれだけの所作でこの空間の支配権を奪い去った。
「いつからも何も初めからいましたが。私がここで収集しているところであなたがたが来たのですよ。興味深い話をしていたようですね、どうぞ。続けてください」
「……いえ……アナイクス先生……その」
「キャストリス、何か言いたいことがあるのですか?あるのならどうぞ。手短にお願いしますよ。私は忙しいので」
「アナイクス先生!」
ファイノンは指先に力が戻るのを感じた。そう、こういう時に真っ先にアナイクスに意見するのは彼女、ヒアンシーなのだ。ヒアンシーはよく通る声で、アナイクスに正面から質問する。
「ちょうど良い機会なので聞きたいんですが、エフィーたんとは実際のところどのような関係なんですか?」
アナイクスの1人舞台であったこの場が、確かにヒアンシーを中心に招く。さながら、物語のトリックスターからスポットライトを奪うように、ヒアンシーは一歩アナイクスへ近寄った。
片目でアナイクスの様子を見れば、ほう、と興味深そうにアナイクスの左手が眼帯を撫でた。
「どう、とは? ファイノンが見た通りですが」
「なるほど。アナイクス先生が弟子のエフィーたんに手を出した……ということでしょうか?」
「ヒアシンシア、品がありませんね。それだと私が立場を悪用してエフィメリアを手篭めにしたように聞こえますが」
「わたしだってアナイクス先生がそんなことするだなんて思ってないですよー。でも説明してくださらないなら、そういう認識でわたしたちもいるしかなくなってしまいます」
アナイクスの右目がゆっくりと瞬きをする。それは誤魔化しでもなければ、なにかの責任逃れという動きとも違った。しかしアナイクスの白い顔はただの一つも動かない。眉も、指も、少し傾けた首も。
「なるほど」
それだけ呟いたきりまたアナイクスは口をつくんだ。微かに動く眼球は思考の速さを物語っていた。動揺ではないことはみるも明らかだった。
「ヒアンシーさん、相変わらず強いね」
「はい……先生がここまで黙ってしまうとは思いませんでした」
数秒、たっぷり時間を取ったアナイクスは、ごくいつもの教授の顔で弟子3人の顔を順繰りに見た。
「わかりました。いいでしょう____さて、問題を出しましょう」
湧いた歓声はだれのものが不明なまま喉で消えた。
「何をそんなに驚いているのですか? もちろん、私と彼女のあれそれについて、あなたたちに語ってあげたいのは山々ですが、あいにく、私にはこの後の予定があります。それに卒業を控えている学生らの方が時間の融通が効く」
アナイクスは言葉では残念そうなものを選んでいたが、明らかに抑揚のない低い声音からしてそう思っていないことが明らかだった。
「ですから、問題を出そうというわけです。仕切り直して、問題はこうです____『私たちはどのような関係なのか。それを公表していない背景について答えよ』どうですか?」
言い切ると口元に微笑みを浮かべ、アナイクスは腕を組んだ。
「つまり先生とエフィーさんはそういう仲ってことだね」
「どうやらあなたがこの問題に一番積極的なようですね、ファイノン。あなたを回答者に任命してあげましょう。私の記憶では、卒業生ではないあなたはまだ忙しいはずですが……どうやら他の課題は終わったようですから。期限は3日。私のところまでくるように」
「そんなあ……いくらなんでも3日あっても何を検証すればいいかくらいは教えてくれないのかな? こんな理不尽じゃ尚更僕らに回答するメリットがないじゃないか!」
「はあ……。本当に減らず口ですね……いいでしょう。問題と銘打っておいて、何も手のうちを明かさないのは不平等。教師の名折れ。そうですね、ここはひとつ、あなたたちが納得のいく回答をできたら、等価交換の原則に従いひとつお願いを聞いて差し上げましょう」
「本当ですか?!」
ヒアンシーさんが目を爛々と輝かせる。
「ええ。どんなものもです。その顔をするとは、ヒアシンシア。相当あなたは私に不満があるようですが、ここで聞いても構いませんが?」
「それは遠慮しておきます」
「そうですか。ではまず。ひとつ、『ダクリス』という生物の伝承について知っているでしょうか」
「ダクリス……?ダクリスって、古語で確か涙だよね?それがなんだって?」
「なるほど。その反応を見るに知らないのですね」
ファイノンは隣にいるヒアンシーやキャストリスに視線を向ければ、困惑の視線が返ってきた。教え子たちの間で交わされる曖昧な不安感を見てアナイクスは微笑んだ。
「まあ……正直なところ、あなたたち3人がダクリスについて知らないということこそが答えなのですが……。知らないのであれば調べてみなさい。面白いものがみれるでしょう」
「それ以外になにかないのですか?」
「ええ。ありません。十分すぎると思いますよ。では、また3日後に、この時間、この場所で____よい回答を聞けることを楽しみにしていますよ。ファイノン、キャストリス、ヒアンシー。」