エンドロールでも会いたい


『二級案件、下手すると増殖する可能性もあるから気をつけてください』

 黒い帳が視界に写り込んで思わず舌打ちを打つ。伊知地さんがさっき言ったセリフが頭の中で再生される。二級が2人配置されるってことはそういうことだろうけど、いや、でも。

 影分身をしたかのように増えた三匹の呪霊がうろうろと歩く公園。正面から特攻して来たあまりにも策のない一匹の心臓部に左手を突っ込んで、そのまま引き裂く。左手で残骸を掴んで、思わず笑う。こいつの皮膚、ドロみたい。再生されるよりはやくちぎった黒い呪いの塊は急速に過去へ戻って塵になる。

「よるさん! 後ろ」

恵ちゃんがわたしの方を振り返る。「いけ!」と叫ぶ恵ちゃんの号令に従って、玉犬のクロがわたしの左から飛びかかる。ちょうどわたしから見て8時の方角。足裏を地面につけたまま、屈んで玉犬を回避する。

「殴るなりなんなりしてください、得意科目ですよね」
「言い方……。術式の準備中だから許して」
 
 体勢を戻して、大きく一歩。そのまま玉犬と恵ちゃんとタイミングを合わせて呪霊の背後を取る。恵ちゃんはわたしに憎まれ口を叩く。こういうところが恵ちゃんはかわいくない。ただ、頼もしくはある。後輩の背中を見てわたしはありがと、と呟く。

 大きな呪霊だ、高1の平均身長よりも高い恵ちゃんですら脚立がないと、頭が並ばなさそうな大きさ。二級にしては大きい、でも確かに特級とか一級よりは、弱いし攻撃も単調だ。

「タイミング合わせて! 3、2 、1でかかって」
「……準備、今日は早いですね」
「まぁ、今回は呪霊が背後取ってくれてラッキーって感じかな」

「わかりました」と恵ちゃんは素直に頷いて、彼の影から武器を取り出す。腕にトンファーが装着されるのに小さくうなずく。呪力を込めたそれで首のあたりをつくつもりらしい。

「じゃあ……3、2」

ゆっくり、カウントをする。わたしのカウントに合わせて恵ちゃんの持つトンファーが頭上にかかる。わたしは一歩後退して、恵ちゃんに背を向ける。

「1……!」

宵五つ、黄昏(こうこん) 、戌。

小さく呟いた声とともに足の裏をそのまま、ぐっと屈む。大きな呪力の流れが、呪霊の首めがけて走っていくのがわかる。術式の成功を確認しようと、くるりと体を反転させる。

「ッ、恵ちゃん!玉犬、発現できた!」

 めまいがして、状況がよく理解できない。足が痙攣して動かない。立ち上がることができなくて、行き場のない手は、砂利の上に落ちる。気持ち悪い、平衡感覚が鈍る。得意な方角であるのは間違いない。でも、玉犬の扱いなら恵ちゃんがいれば。体から力が抜ける。

 わたしの術式は、時空操作。呪力をまとったものならなんでも時空を操作できる。時空操作の発展系としてタイムトラベル、瞬間移動、呪霊を粉々にすることができる。

 でも、それは正しい使い方ではない。

 わたしの術式は一族相伝。
 過去、その方位……黄昏にいた呪力をそのまま発現させる術式。
 タイムトラベルは未来にある呪力を発現させるついでに身体ごと移動させる。瞬間移動は進むかもしれなかった座標へ居た座標へ飛ばすこと。つまりはそういうこと。

 時空への干渉は精神的にも、身体的にも非常に負荷がかかる。だから、こんなことになってしまう。脳裏に恵ちゃんの背中が過ぎる。
 最期なら、顔とか声がいいのに。癒えたはずの痛みがわたしの身体を突き刺した。

「恵ちゃん……?」
「気がついたんですね、歩けそうですか?」

目を開けたのに、視界は黒い。わたしの置かれている状況が理解できなくて、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「よるさん?」
「えっ、あ、これ恵ちゃんの背中か。おぶってくれてるの?いや、見ればわかるんだけど、うん。えっと」
「……耳元で騒がないでくださいよ」

 「ごめん」と弱々しくこぼして恵ちゃんの肩のあたりに頭を埋める。まだ少し目眩がする、やっぱり他人の式神を発現するのはわたしの呪力じゃ負荷が大きい。

「とりあえず今から家入さんのとこいくんで、あとちょっと大人しくしててくださいね」

 その言葉で、今更わたしたちが高専に帰ってきていることに驚いてしまった。ってことはわたしは車の中でもすっかり寝てしまったってことか。そんな長い間、寝顔を恵ちゃんにみられたんだとしたら、ちょっと恥ずかしい。しかも失神に近いからよだれ垂らしたり、白目剥いてたりしたら……うわ、ちょっと考えたくないい。

 そんなわたしの動揺なんて知らない恵ちゃんは、黙って医務室へと向かっている。沈黙は苦手じゃない。けど、顔が見えないからちょっと不安で、恵ちゃんに絡めた手で彼の制服をつまむ。

「うわ、なんですか。いきなり」
「今日はごめん。最終的に使い物にならなかった」

 徐々に目眩が収まっていく。指先に感覚が戻ってきて、恵ちゃんの熱がわたしにも伝播するのがわかる。「恵ちゃんがいてよかった」そういった言葉には嘘はなかった。

「……いつもそうなんですか」
「いつもって、なにが」
「術式を使ったあと、傷だらけになって気絶すること」
「あー、状況によるかな。今回複数だったし呪力使い過ぎちゃって」

 言われたからっていわけじゃないけれど、膝がひどく痛む。先月に瓦礫を避けきれなくて、負った怪我。今回は先月の状態に身体が戻ってしまったらしい。折れてはいないけれど、折れる直前の頼りない状態になっていて、相変わらずの術式の操作の下手さに苦笑が漏れた。

「恵ちゃんがそんな心配してくれるとは、ちょっとびっくり」
「茶化さないでください」
「ごめんね、結構元気になってきた」
「自分で歩いたらどうです?」
「あはは。足折れそうだから勘弁して」

 そのまま振り落とされないようにもう一度、肩にしがみつく。指先は冷えてキンキンになって動きそうにもないし、足はぶらぶらして痛い。でも不思議としあわせな気さえする。おかしい、だって後輩におぶわれるぐらいに無様なのに。
 今日、恵ちゃんがいてよかった、言いかけた言葉を飲み込む。さっき言った覚えがあったし、それに意味が違ってもこれはあまりに、重たすぎる。……あのまま、わたしが消えなかったのは、きみのおかげだって言わないでおくね。

19.12.15