丁寧なピンボケ


嫌なことは数えても減らない。
あと1分か、とおもったが、これはリピート再生が入っていたらしく、また最初にも入っていたよるの「恵ちゃん」という録音された声が、再び聞こえた。
その一方で、俺の隣でぴたりとくっついているよるが「ね、恵ちゃん」と俺を呼ぶ。

「ほら、恵ちゃん、ここよく撮れてるでしょう?」
「……あの」
「わたしね、ここの恵ちゃんのやわっこい笑みがすき」
「ちょ」
「恵ちゃんってあんま笑わないけど、時々は笑うし、それが世界で一番美しいからシャッター切るの大変なんだ」

だからわたし、ビデオカメラ導入しちゃった。と首をすくめるよるに、俺はどうすることもできず「なにやってんですか」とため息をついた。いや、ほんとにこの人はなにをやっているんだろう。最近やけにカメラを片手に絡んでくるとはおもったが。

「ひどいな、すきなだけだよ」
「俺の顔が?」
「それは語弊があるね。恵ちゃんの笑顔がすき!」
「……」

よるはむにむにと俺の頰を好き勝手に摘まみ、楽しそうに声を上げる。その間に俺に自由は許されず、よるが持ち込んだPCが次々に俺の顔を写していくのを見る。これは一体なんの拷問だっていうんだ。よるが見ていた景色だと思うと、勝手に視線は俺を追ってしまう。ああクソ。

「俺の笑顔以外はすきじゃないんですか、よるは」
「そうね」
「即答すんな」

俺の頰で遊ぶよるの手首を掴む。俺の手にすっぽりと覆われる細い手首。俺はよるのその折れそうな手首すら愛おしいと思ってしまうのに。惚れた方が負けだなんていうが、俺ばっかりよるのことがすきなのは嫌だ。

「恵ちゃんの泣き顔は見たくないって前から言ってるもの」
「じゃあ付き合ってくれたら泣きません」
「あはは、子供か」
「……冗談ですよ、よるがそれで頷くならこうなってません」

俺の膝の上に座ってあはは、と笑う。よるは俺の膝の上にも、心にも乗り上がってくるくせに俺がよるに踏み込むのはやんわりと止める。そんなので諦めがつく境地なんてとうに過ぎ去ってしまったことをなぜ気づかないのだろうか、このひとは。

「よる、はやく見えるといいですね」
「……なにが?」

俺の世界はよると出会ってそれはもう言葉にできないぐらい、綺麗な青になった。たかだか一色にこんないろいろな感情が湧くなんて、ガキだった俺は信じもしないだろう。もちろん、色なんてただの例え話だ。俺の世界はずっとフルカラーだし知識として、青も群青も、浅葱色だって知っていた。ただ、よるに出会うまで俺が認識出来てなかったという話だ。
はやく気付けよ、とよるの肩に顔を埋める。
PCは相変わらず、チカチカと俺の顔と入り込んだよるの楽しそうな声を繰り返す。
このまま、素敵な色になれればいい。

20.02.24