Ghost Fragment
「白樺、ひとりでいけんの?」
失礼なやつだと一刀両断することだってできなくはないが、三ツ谷くんに言われるとわたしは何も言えなくなる。これでもあなたよりも年上なんですけど。なんて、抵抗にしても弱すぎるへにゃへにゃの言葉を投げる。想像した通り、三ツ谷くんはなんでもないようにわたしの言葉を受け止めた。
「いや、年上なのに心配だからなおさら言ってんだけど」
「ユズハといくもん」
「だぁからそのユズハから頼まれたんだって。ルイは肝心なとこで抜けてるから心配だ〜つって」
「日付ずらすっていう手段もあるでしょ」
「いやいや今日でもギリギリじゃね?制服とどかねえのはマズイしさ、中学のはセーラーだけど高校はブレザーなんだろ?それは」
「その顔やめて」
三ツ谷くんの顔を手で覆う。途中でとぎれた眉が不愉快そうに歪んで、強めの力で手首をつかまれる。薄い色の目にこうやって見られるのがわたしは嫌だった。にらまれる方が数段まし、手は痛いんだけど。
「その顔ってなんだよ、普通の顔だ馬鹿」
「……わたしに『お兄ちゃん』ぶるのやめてっていってんの。なんか腹立つ」
「しらねえよ……。白樺がしっかりしてれば問題ねえことだろ、責任こっちに押し付けんな」
手首をつかまれたまま睨まれる。中央だけが剃り落とされた眉毛も、視線の色も何もかも毒々しい。
煽ったのは間違いなくわたしなので、何か言うべきなんだろう。でも嘘じゃなかった。
そもそも三ツ谷くんはわたしにとってなんでもない。
だって、彼を説明する言葉は。
幼馴染の弟の、トモダチ兼兄貴分。修飾する言葉があまりに多すぎて、わたしはなんなのかわからない。視線が畳のうえに落ちる。黒い縁はなぞって、三ツ谷くんの耳のリングピアスまでとどりつく。ピアスホール。耳たぶに触れると、三ツ谷くんがさらに力を込めて手首を握り締めてきて、痛い。けれど、嫌とか止めろって言葉は言われなかった。
「……一緒にいるのはいやではないし、確かに三ツ谷くんが来てくれたら助かるかもしれない。でもわざわざ三ツ谷くんである必要性を感じないの」
「オレたちは、たしかにトモダチなんかじゃねえけど、でも、他人ではないよ。すくなくともオレは白樺が他人だとは思わない」
「わたしだってなにも他人だとは思わない、でも、別に。スーパーに行ったら時々会うとか、八戒とかユズハから名前を聞くぐらいで問題なくない?」
「白樺はオレと縁切りてえの?」
始めは何の話をしていたんだっけ。制服の採寸とか、付き添うとか付き添わないとか。そういうありふれた話だったはず。突き刺さる視線は三ツ谷くん彼だけのもので、頭がぐちゃぐちゃになりそうだった。兄面しないで、わたしの兄なんかじゃないくせに。家族でもないくせに、さびしさをうめないで。
「そういうことじゃなくてさ、なんて言えばいいのかわかんない」
「わかんねえのかよ」
「わかるわけないじゃん、でも、わたし、三ツ谷くんにお兄ちゃんぶられるのはいや。クソガキの癖にって思うからかな」
乾いた笑いと一緒に吐き出せば、三ツ谷くんが「なんだよそれ」と脱力する。わたしの手首がするりと三ツ谷くんの掌から落下した。
「まあ、よくわかんねえけどわかった」
「雑じゃん」
わたしが素直に感想を漏らすと「うっせ」と一蹴された。
「で、結局どうすんの?」
「自分のことだからひとりでいきたい」
「オマエさあ……」
それだけ言ってから、彼は、口を閉じる。堂々巡りの予感を察知したのは何もわたしだけじゃなかったらしい。三ツ谷くんが膝に乗せた人差し指でリズムを刻む。トントントン。小さい硬い音が数回続いてから、彼は徐に口を開く。ゆっくり、ゆっくり、答えを探すみたいに。
焦ったくて、手を出したくなるけど、それは何か違うからわたしは彼の答えを待った。
「……白樺は、ぱっとみだましやすそうに見えんの。引っかけやすいっていうか、カモにできそうっつーか」
こめかみを搔きながら、あー、と悶えつつ、彼とユズハの心配事を述べられる。
「わたしと付き合いそこそこあってでてくんのそれなの?」
「ホントいい性格してるな……まじで疲れる……。でも、言い出しっぺはユズハだからな?オレに八つ当たりすんのやめろ」
「八つ当たりじゃない。全部、全部、三ツ谷くんへの言葉のつもりだったよ」
一番心配なのは道中だよ、と言われたので、そこまでは三ツ谷くんのバイクで送ってもらって、それからは一人で行く。
採寸は普通に終わって、お金の支払い方法もちゃんと聞いたし、迷子にならなかったし、変な男に声はかけられなかった。
「良かったな」
「ちょっと、何よその『オレのおかげ』感」
「なんも言ってねえしそれは白樺の思い過ごし」
三ツ谷くんのバイクによりかかって、自販機で買ったばかりのミネラルウォーターを渡す。一本100円。奢りとかは三ツ谷くんは以外と気にするから、お裾分けの体で差し出した。
「三ツ谷くんとは付き合いたいとは思わないんだよね」
「いくらなんでも唐突すぎねえ?」
「だって恋人にするのはなんか、こう、デートとかキスとかセックスとかする想像がこう生々しいっていうか」
「想像すんなよ。生々しーことだからそうなんじゃねえのってオレは思うけど」
言ってから、彼がパキリと音を立ててキャップを捻る。なんの感情も出さずに水を飲む横顔。さっき「お兄ちゃん」を振りかざした面影は時になくて、よくある三ツ谷隆の顔をしていた。
「でも、三ツ谷くんだって想像したりするでしょ」
「……答えづらいのやめろよ」
「エッチな想像しないわけじゃないでしょ、中学生男子なんだし」
「あーもーうるせー!!……言っとくけど、抜いたことはないからな、マジで一回もないから。白樺で抜くほど落ちぶれちゃいねえ」
「……そこまでは聞いてなかったんだけど」
「な、バッ……!オマエだって想像してんじゃん……話の流れ的に……なにこれほんと……」
ずるずると墜落していく三ツ谷くんにわたしは笑ってしまった。三ツ谷くんといるとなんかいつに間にか笑ってる。三ツ谷くんもわたしもそんなユーモアのある方じゃないのに。楽しくて幸せで、あなたが家族だったらいいと思う夜もあるくらい、楽しい。
言葉足らずで差し戻されたミネラルウォーターの青いキャップを捻って、わたしは口をつけた。間接キスだなって、した後に気が付いた。三ツ谷くんの視線が刺さる。いつもやってるでしょ、いつも見てるって薄い青の瞳が答えた。
セックスの想像もつかないし、きっとわたし達のするキスなんて、流行りのJ-POPの風上にもおけない。きっとロマンのないキスになる。想像がついていて、でも同じぐらい鮮明に、わたしと三ツ谷くんがいつかキスをすると思った。
三ツ谷くんに見つめられたまま、わたしは彼と目線を合わせた。それから、そっと右手で彼のこめかみをなぞる。刺青のあるところ。抵抗はなかった。
ミネラルウォーターが三往復してから、三ツ谷くんは立ち上がる。
「何もわかんねえけど、一個決めたわ」
それから、うん、ってひとり、三ツ谷くんは紺色の夜の中で頷く。独りで納得した様にあきれつつも、何を?と聞いた。
「オマエの晴れ着はオレが作ってやるよ」
「晴れ着って、振袖?」
「ちげぇよ、そっちじゃなくてさ。結婚式とかそっちの」
三ツ谷くんはそこまで言ってから唇を一回噛んだ。少し緊張しているような。それからはにかんで「ウエディングドレス」って口にした。言葉も雰囲気も全然違うのに、昔みたロマンス映画を思い出した。なんか、プロポーズみたいじゃない?わたしたち一番の友達にも赤の他人にもなりきれないのに。
「正気?」
「おう、すくなくともそん時までにはオレらの関係に名前をつけようぜってこと」
「なにそれ、いみわかんない」
「わかんねえからいってんだろ」
わかってない人のセリフとは思えないなあ、とわたしは目を細める。風がわたし達の足首をさらって、お互いのボトムの裾をひらひらともて遊んでいった。わたし達の間には風が吹かない。バイクが風の進路を邪魔してるだけ。でもなんだろう、すごくわたし達らしいね。
「オレにとって白樺はトクベツだよ」
その辺の少女漫画よりずっと恥ずかしいセリフだって、三ツ谷くんは気づいているのかな。
21.07.15