はたらく
スズちゃんと別れ本部に着くと、私はナマリ様に巻物が並ぶ書庫へと呼ばれる。今日の仕事は、プラチナさんと一緒に巻物の整理をするみたい。
膨大な数の巻物の管理は、二人では骨が折れそうだ。長方形の細長い部屋の中に、奥へと続く背の高い本棚が四つ。
私たちは早速 四人ずつに影分身して仕分けの準備をする。面倒なのは巻物を使った人が元の場所に戻さなかったせいで、場所がわからなくなっていたり、巻物の字が劣化で読めなくなっていたりすることだろうか。
何より、数が多い。
ナマリ様は別の仕事があるため、席を外すと残りは私とプラチナさんだけになる。少し気まずいけれど、仕事があると思うとそちらに集中できるから助かる。
まずはどこから整理しようか考えていると、ずっと黙っていたプラチナさんに声をかけられた。
「名前子さん、提案なのですが……以前はナマリ様は年代別、あいうえお順に仕分けられていたようです。
ですがこれだと、他の者はわかりにくいので、出来事は事件別に、忍術に関しては目的別に棚を分けるのはいかがでしょうか?」
「いいと思います。事件別に分けた後は、年代別に、目的別に分けたらあいうえお順に分かれるようにすればもっといいかと」
「なるほど、ではそのように動きましょう」
プラチナさんの影分身がテキパキと巻物を持って各棚に運ぶ。私も影分身二人に巻物を運ばせ、もう二人は棚に立たせて分けていくように指示を出した。
ふとプラチナさんの方を見ると、効率よく動いているのがよくわかる。
感心しながらその様を見つめていると、彼女が訝しげに私を見返して来た。
「あまりそのようにこちらを見つめられると、緊張して上手く働けませんわ」
「あ、ご、ごめんなさい」
私は慌てて手元に集中する。プラチナさんてもっと感じの悪い方かと思っていたけど、仕事が熱心なだけの真面目な方なのかも……。
そう思っていると、
「感じが悪くて結構ですわ。まあ、私もできれば愛想良く振る舞うつもりではありますが」
「……す、すみません。口に出ていましたか」
「割りとはっきり」
しまった。どうやら、心の声が漏れていたみたい。心の奥底で罪悪感を抱きつつ、謝罪する。プラチナさんはあまり気にも留めていない様子で仕事を続けている。
このままでは良くないと、仕事に集中しようと気持ちを切り替えようとした。その時。
「貴女はどのような思いで風影様の秘書を目指しているのですか?」
ふと、彼女が私にそう問いかけてきた。驚いて振り向くと、真っ直ぐに私を見つめるプラチナさんがいた。
私はどう答えようか考えあぐねていると、彼女はふっと目を閉じて踵を返す。
「……仕事中に関係の無い話をして申し訳ありません。ただ、貴女に一度聞いてみたかったのです」
「……なぜですか?」
「同じ秘書候補になった者として、ライバルの事は一応知っておく必要があると、感じたからです」
影分身に巻物を渡しながら、プラチナさんは言う。ライバル……か。
そうだよね。いずれ最終的には私かプラチナさんのどちらかが側近になって、もう一人が秘書同等の別の仕事をするようになる。
彼女はそういうの、あまり気にしていないと思っていたけど。
やっぱりプラチナさんも、秘書になりたくて候補になったんだもんね。
「プラチナさんこそ、どうして秘書候補に?」
彼女は幾分か黙った後、再び私に向き直り真っ直ぐに私を見つめてくる。その瞳には、確かな思いや確固たる自信に満ち溢れ、私はほんの少しどきりとする。
「……白金(しらがね)という財閥をご存知ですか?」
「あ。はい、とても大きくて有名な……」
「私はその白金財閥の跡取りなのです」
「そうなんですね……って、うえ!?」
私は素っ頓狂な声を上げた。白金財閥といえば、砂隠れでも有数の資産家だ。秘書候補に上がるくらいだから、実力以外にもただ者ではないと思っていたけど、まさかその跡取りだなんて。
「……なぜ跡取りなのに秘書候補にと思われるかもしれませんが。私は、白金家で留まる自分でいたくなかったのです。もっと、自分にできることがあると。もっと違う、私だけの使命があると感じていて、それを叶えるために立候補したのです」
「……そうだったんですね」
「白金にのみならず、私は砂隠れの里を他里よりもっと繁栄させたいのです。
砂のように乾いた人間関係ではなく、他人を思いやる余裕のある暮らし。アカデミーの強化と配当による少子化対策」
「……」
「今住んでいる方には砂隠れの里に生まれて良かったと、他里から来た方にはこんなに素晴らしい砂隠れの里に来て良かったと思って頂けるような……そんな里に。それは、資産家という肩書きだけでは成し得ないことです」
具体的な里の未来像を聞いて、私はただただ感心していた。
彼女には、彼女なりの理由があってこの場にいる。秘書になるために、こんなにも真剣なんだ。
……それに比べて、私は。
「……だからもし、貴女が風影様に近づくためだけに秘書候補になろうとしているのだとしたら……許せないのです」
「え、わ、私は……」
「なんて。そんなわけありませんわよね」
そう言って、プラチナさんは笑って仕事に戻る。その後、彼女がまた口を開くことはなかった。
私の頭の中で、プラチナさんの言葉がぐるぐると駆け巡っていた。
私は、私はずっと風影様に認められたくて、近づきたくて、彼の側に居たくて頑張ってきたけど……それはやはり、プラチナさんの崇高な動機に比べれば、不純なんだろうか。それだけじゃ、風影様の迷惑なんだろうか。里に貢献できないんだろうか。
……わかんなくなってきた……。
何だかとても悲しくなってしまって、瞳が潤んでくる。私は私の思いでここまでやってきた。
けれど、まるでそれを全て否定されたような気がして、辛かった。
沈んだ気持ちのまま作業が進む。巻物はあと四分の一といったところだろうか。別の仕事が済んだナマリ様が再び部屋に入ってくる。
「プラチナ殿、申し訳ないがこちらを手伝って頂けますかな」
「はい、承知しました」
「名前子殿は巻物の仕分けを定時まで続けてくだされ。プラチナ殿も定時が来れば今日は終わりなのでな」
「はい」
ぽつん、と一人静かな書庫に残される。四分の一といえど、私一人だけでは定時までに帰れるだろうか。
はあ。とため息をついたが、はっとしてふるふると首を振る。
「こんなんじゃダメだ。気合入れて片付けよう!」
私は影分身をもう一人増やして、カッと目を見開くと。再び本棚の整理を始めた。
プラチナさんやナマリ様が次に見た時にビックリするくらい、綺麗に仕分けしてやるんだから。
心の底のモヤモヤを晴らすように、私は勢いを増して仕事に取り掛かった。
しかしそんな私が次に時計に目を向けたのは……。
「できたぁっ!……うえ、もうこんな時間!?」
定時など、とうに過ぎた午後十時。窓の外はとっぷりと暮れ、本部の廊下には電気が煌々ときらめく。
プラチナさんもナマリ様も帰ったのだろう。あれからこちらに戻って来てはいない。
私はがっくりと肩を落とした。まあいいか、おかげで巻物の整理も全部終わったし。
綺麗に整頓された書類の棚は、以前よりも見やすく使いやすくなっているはずだ。私は満足そうに頷いて、書庫の部屋の電気を消して部屋を出る。
……さすがにこの時間は警備の忍者以外、誰も本部内には居ないか。
私は暗がりの廊下を歩いていく。事務所の鍵を借りてから帰ろうと思っていると、風影室から明かりが漏れていることに気づいた。
……風影様?
……To be continued