とうぞく
 風影様の激励を受けてから数日。
 引き継ぎも問題なく続いていたところに、上忍の一人から緊急の連絡が入った。

「……盗賊?」

 はい、と緊張の面持ちで上忍の男は頷く。
 ちょうど風影室にいた私は、仕事をしながら話に耳を傾けた。
 なんでも、砂隠れの里周辺の町を狙う盗賊の存在が確認されているらしい。

「その一人を捕獲することに成功していまして、現在詰問中です。わかっているのは、盗賊の団体名称『ハリケーン』。里からやや離れた場所にある、オアシスを囲む小さな村も先日襲われまして、金品を盗まれたり何人か殺害される被害も出ています」
「ハリケーン……」
「そんな名前は、今まで聞いたことがないな」

 風影様は頬杖をついて目線を外し、思案している。私自身も経験を元に記憶を手繰り寄せたけれど、思い当たる輩は引き出しになかった。

 名前が浮かばないということは、大して名のある忍達ではないのかもしれない。けれど、用心に越したことはないと思う。

 人手不足に陥っていた砂隠れの里も、現在は人材育成に力を注いでいる。そのおかげで、力のある若手の忍たちが次の里の未来を支えるために、毎日実践に励んでいる。
 仮に今襲撃を受けても、上忍や中忍たちがいれば、下忍たちの経験値にしかならないだろう。

 里には風影様もいらっしゃるし、外の警護もいつも万全を期している。当分は、下手にそいつらが動かなければ私たち上忍の出番すら、ないかもしれない。

「まあ、油断は禁物だ。
……念の為、外の警備にはこの一件を伝えて欲しい。その上で、見回りのルートの再確認と、里に来る者たちの身分証明書の確認や顔の把握の徹底をした方がいいだろうな。あとは、警備同士にしかわからない合図を決めて敵の侵入を防ぐことだ。
……言わずとも理解しているだろうが」
「はい。また、他の盗賊たちの所在や、活動拠点まではわかっていません」
「……至急、捜索を続けろ」

 はい、と男は短い返事をして礼をして出ていく。

 ……盗賊か。
 物騒だけど、要請されていない今の私にできることは少ないな。今しなければいけないことは、風影様が確認される書類に目を通して仕分けする作業だ。

 ……ちなみに、あと千枚くらいある。

 私が涙目になっているところに、男と入れ違いに用務を終えたプラチナさんが風影室に入って来た。

「風影様、ご報告です。里から東に離れた位置で発掘された大岩の件ですが、調査の結果、地下道に続いていることがわかりました」
「……何者かの形跡は?」
「いえ? 今のところ、生き物がいた形跡は残っておりませんわ。今後の調査次第でしょうが、入り口付近に珍しい鉱物も発見されましたので、有益な資材も見つかるかと」

 風影様はそうかと一言付け加えると、そのまま背もたれに身体を預けて押し黙った。
 洞窟に関しては、さきほどの盗賊とは無関係みたい。

 その話はそこで終わり、風影様は定期であるアカデミーの視察と下忍の元へ激励に向かっていく。風影様にはナマリ様が同行することになり、私は引き続き書類の確認を。プラチナさんは地下道の話を中忍達に任せるらしく、任務引き継ぎに行くことになった。

「この量……今日中に終わるかなぁ」

 一人で作業しているのは気持ち的には楽だけど。
 笑う任務の鬼は、ため息をついてもう一人影分身を増やした。と、そこへ一人の下忍が風影室に入ってくる。手には、

「すみません、この書類も風影様にお願いできますか?」
「あうっ!?」

 書類が増えた。



 夕方十八時。あれだけあった書類もようやく片付けることができたので、自分自身で褒めてあげたいと思う。
 首と肩を左右にコキコキと鳴らして、大きく背伸びをする。オッサン臭い声を出しつつ、私は風影様の帰りを待つことにした。

「うーー……ん」
「失礼しまーす!」
「うひゃあっ!?」

 誰もいないからとついうっかり油断したところに、風影室の扉が大きく開いて私は慌てて姿勢を正した。

「あ、驚かせたみたいですいません。まだ風影様は帰ってないっすかね?」

 見たところ、里の警備を担当している若い青年のようだった。くすんだ紺色の髪に、風影様とは正反対の浅黒い肌。健康的と言うよりは、精悍な体つきをした逞しい人だ。背も高い。
 大人っぽい顔立ちを、子供のようにくしゃりと笑顔にさせて彼は言った。

「里の門警備担当兼、副リーダーのコテツっす。風影様の秘書の方っすよね?」
「あ、私は……」

 秘書候補です。
 という言葉を一瞬、飲み込んだ。秘書は秘書なんだけど、まだ引き継ぎ中だし、かといって自分の立場を何と説明すればいいかイマイチピンと来なかったからだ。

 五秒くらいの間、頭の中で色々と考えた挙句。

「秘書見習いの名前子です……」

 と、答えることにした。
 コテツという男性はあまり深く考えるタイプの人ではないようで、そっか宜しくと短く言うと端っこがくしゃくしゃになった書類を差し出して来た。

「これは?」
「秘書サンなら朝に聞いたかもしんないんですけど。捕獲中のハリケーンの口から出た内容をまとめたものっす。今は気絶してるから、夜に目が覚めたらまた再開かな」
「何かわかったんですか?」

 コテツさんは屈強な腕を組み唸り声を出しながら、大きなため息をついた。

「それがなぁー……割りと口が固いんだよなぁ。うちの隊長って結構えげつない吐かせ方するんだけどさ。知ってる?かなりドエス。けど、このハリケーンの一員、頑張って黙秘してるんだよな。これ以上話さないようだったら吐かせる薬か、催眠でも使うか、しかないね」
「そうなんですか……」

 砂隠れの里は、五大国のひとつ、「風の国」、砂漠の上に成り立っている。
 ゆえに昔は資源が少なく、民は貧民と金持ちの差が激しいため盗みや賊も多かった。水がないために争いは絶えず、乾燥が原因で病気や飢えも少なくはなかった。

 その分、人々は生きるために己を強く保ち、忍は伝統的な技を磨き強力な術を学んだ。
 食料の保存方法や節水、さらにサボテンなどの貯水できる植物から水を得る方法も学んだ。
 詰問や拷問器具の豊富さも、その学びのひとつ。

 私は里を守るためだから仕方ないとはいえ、痛そうなのはちょっと……苦手だ。

「すみません、もう少ししたらお戻りになると思うんですけど」
「あ、いーよいーよ。書類に目を通してくださったら、風影様に伝わると思うから。君も遅くまで大変っすね。あ、」
「?」

 コテツさんはポリポリと頬をかいた後、指先を書類に向けて困ったように笑った。

「慌てて持って来たからさ、書類がちょっと皺になっちゃったんだ。風影様には内緒にしといてくれないかな?」
「ふふ、わかりました」

 私は書類の先を指の腹で伸ばしながら、くすくすと笑い返した。 

「今の風影様が風影様になってから、随分楽になったよなぁ。俺、今の風影様が好きなんだ」

 あ。わかる。
 嬉しそうに笑うその言葉に、私自身も嬉しくなる。好きな人を、好きって言ってもらえたり、認めてくれる人が居るって……とっても嬉しいことなんだな。
 未だに守鶴のことを取り上げたり、風影様の幼い頃の暴走を根に持って悪口を言う人もいるみたいだけど。
 風影様が頑張っている姿が、私は好きで。
 その頑張りはすべて、里に反映されている。そして、認めてもらっている。

 すごいなぁ。
 私の好きな人って、すごい。

 私は胸が温かくなるのを感じて大きく頷くと、コテツさんの言葉に同感した。

「……はいっ。私も、好きです」

 風影様のことが……。
 私がそう答えようとしたその時、コテツさんの後ろから声が聞こえた。

「……話は済んだか?」
「風影様!」

 コテツさんの大きな体から、風影様の赤い髪がちらりと揺れて覗く。
 い、いまの……聞かれてないよね!?
 私はおかえりなさいませと言うと、風影様はややお疲れなのか頷いただけで、私達を通り過ぎて風影室に入ってしまう。

「話はあらかた聞いた。俺はこの後、少しだけ休んでからプラチナの報告を聞きに行く。名前子、書類は後で回収する」
「あっ……は、はい! 承知、しました……」

 短い息を吐いた風影様は、そう言って風影室の奥の部屋に消えてしまった。

 大丈夫、かな?


……To be continued