愛してるゲーム
 重要度の高い任務に就いた翌日の夜は、必ず飲み会が行われた。
 労いと、任務の成功を祝して行われるいわば打ち上げである。

 私は体を休めたくて、いつも打ち上げの参加は断っていた。お酒が弱いからではなく、単に騒がしい場が苦手なことが理由だ。
 ところが今回、人数の勘違いにより、勝手に参加メンバーに入れられていたという。私は半ばイライラしながら、幹事のサモンに講義しに向かった。

「今からでも取り消せないの?」
「そんなに怒るなよ、名前子。今から人数変えたら店にも迷惑かかるし……女子の人数も少ないんだ。申し訳ねぇけど、今回は参加してくれよ。ちなみにな、取っておきのゲストが来るんだぜ」
「取っておきのゲスト……?」

 我愛羅だよ。とサモンは内緒話をするように耳元で言った。彼も風影の激務で滅多に参加しない人間の一人なのだが、何故か今回は参加するらしい。
 彼のことが好きだった私は、心揺らいで仕方なくサモンが主催する打ち上げへと向かった。

 会場に着くと、我愛羅含め男性陣は全て揃っていた。久々の彼の参加により、男性の皆はとても嬉しそうだ。

 女性は私と同期のタラコの二人だけ。私が参加しなければ、タラコが一人だけになっていたということか……。それなら、参加しないわけにもいかないよね。

「皆、ご苦労だった」
「今回は我愛羅も参加してくれたし、任務も成功したことだし! じゃんじゃん飲もーぜ!」

 我愛羅の挨拶とサモンの声を皮切りに、飲み会がスタートする。
 つきだしに漬け物、カルパッチョ、唐揚げ、揚げだし豆腐……などなど、美味しそうな料理がどんどん運ばれてくる。

 私はハイボールを頼んで、ポテトと枝豆をポリポリ交互に食べていた。
 時間は飲んで話せばあっという間に過ぎ去って、予定していた時間の半ばくらいになった頃。サモンが「聞いてくれ!」と手を叩いた。なんだなんだ、と皆がそちらの方を向く。
 私は嫌な予感がしていた。

「今から『愛してるゲーム』をするぞ! ルールは砂隠れバージョンな。どちらかが『愛してる』って言ってもう片方が『ありがとう』って言い返す。その繰り返しをしていって、先にちょっとでも笑った方の負けだ」

 サモンは腰に手を当ててニヤリと嫌な笑い方をする。下らないゲームが大好きな男性たちは、テンションが上がってきたのか誰がやる?と早速話し合っている。すると、別の男が声を上げた。

「でも男同士でしたって何も面白くねぇよなぁ。タラコか名前子、どっちか一回参加しねぇ?」
「ええっ。わ、私たち?」
「お、いいな!」

 やいのやいのと盛り上がる男性たちに、大人しい性格のタラコは困っていた。目立つのが苦手な上に、こういった遊びは特に萎縮してしまうタイプだからた。
 はあ。めんどくさいけど、仕方ない。私はタラコの前に出るように、挙手をしながら身を乗り出した。

「はいはーい、私がやる」
「やるじゃん名前子! えーっと、じゃあ、誰が対戦する?」

 誰でも来い。笑い(叩き)潰してやる。と思いつつ、強気な私は腕を組んで仁王立ちしていた。すると、意外な人物から声が上がる。

「じゃあ、俺が出よう」
「はあ!? 我愛羅!?」

 う、嘘でしょ……。こういうの、いつもなら傍から見てるだけのくせに、何でこんな時だけ。
 私は我愛羅と対峙することにドギマギしながら呆気に取られていた。男性たちは我愛羅の立候補に大盛り上がり。サモンも驚いていたが、嬉しそうに叫んだ。

「よーっしゃあ! じゃあ、名前子が愛してるって言う方で、どっちかが笑うまで対戦な。三分経っても我愛羅が笑わなかったら、我愛羅の勝ちだ」
「り、りょーかい……」
「わかった」

 落ち着け、落ち着け私。
 机を挟んで見つめ合う私たち。我愛羅の翡翠のような、綺麗に透き通った瞳が私を貫く。
 ううっ、こ、こんなん拷問じゃん!

 けれどよくよく考えてみれば、告白する勇気のない私が、嘘でも告白できるチャンスなのかもしれない。こんな機会、多分二度もない。
 こーなったら、我愛羅を照れさせるまで真面目に愛を語ってやる!

 半ばヤケになっていた私は、キッ!と彼を睨み返す。「気合い入ってんなー名前子ー!」と煽るサモンが、スタートの合図をした。

「よーい……スタート!」

「愛してる!」
「ありがとう」

「愛してる!!」
「ありがとう」

「愛してるっ!!」
「ありがとう」

「あ、愛してる!!!」
「ありがとう」

 途中、少し噛んでしまったけど何とか私の表情筋は持ち堪えている。我愛羅はさすがというか変わらず、無表情のままでお礼を言っている。
 く、くそぅ……。このままじゃ、我愛羅に何にも響かずに終わってしまう。

 何だか悲しくなってきた私は、とにかく勝たなければと変化球で勝負することにした。

「我愛羅の強くて優しいところを愛してるっ!」
「ありがとう」

「真っ直ぐで純粋なところを愛してるっ!」
「ありがとう」

「友達思いで冷静で、里思いなところも愛してるっ!」
「ありがとう」
「いいぞ、もっとやれ!」

 うぐぐ……中々手強いな。
 しかし真剣にやっているためか、周りは喜んで盛り上がっている。

 どうせ、真剣に捉えてもらえないんだから……。私は目を伏せて唇を噛んだ。嘘で捉えてしまわれるなら、今まで言えなかった本音も混ぜてやる。
 どうせ、どうせ、私の気持ちなんか届かないんだから……。

「我愛羅とデートしたいくらい愛してる!」
「ありがとう」

「我愛羅と手を繋ぎたいくらい愛してる!」
「ありがとう」

「我愛羅とお付き合いしたいくらい愛してる!」
「……ふ」
「え?」

 部屋の皆がどよめいた。
 我愛羅が口元を手の平で隠し、確かに、ささやかに声を上げて笑ったのだ。あまり声を上げて笑うことの無い彼に、同期のメンバーも目を丸くして見つめていた。
 やった……じゃあ、私の勝ち?

「ということは、名前子の勝ちだな!」
「や、やった!」
「あーあ、俺、我愛羅に賭けてたのによぉ」

 私は喜んでガッツポーズをした。我愛羅の心を少しでも動かせたのが嬉しい。サモンがおもちゃのマイクをインタビューのように我愛羅に近づけて、彼に尋ねる。

「それにしても、我愛羅でも笑うことってあるんだな」
「そうだな。俺も途中までは粘ったんだが……名前子に愛してると言われて、ゲームなのに喜んでしまった」

 ……?
 私も含め、その場にいた全員がはい?と固まった。いま、何て?
 しかし追い打ちをかけるが如く。我愛羅は思い出したかのように爆弾を落とし込んだ。

「そういえば、次はどうしたらいいんだ? できるなら俺も、今度は反対に名前子に愛してると言わせてもらいたいんだが」

 そう言って、我愛羅は私に微笑むと、さっきの私と同じように、

「俺も愛してる」

 と、言い放った。
 私はドカン!と顔から湯気が出た気がして、そのままバッタリと畳の上に倒れ込んでしまった。

「名前子! し、しっかりしろ!」
「名前子ちゃん!」

 タラコがうなされる私の肩を叩いている。だけど、ごめん。我愛羅のさっきの言葉が、どういう意味なのか考えただけで無理。あたまがショートしてる。

 私がうなされている間、正座して口角を上げているままの我愛羅を見て、サモンが男性たちに呟いた。

「……おい。我愛羅、酔ってんぞ」

 他の男性たちが我愛羅に寄っていき、目の前でひらひらと手を振る。しかし彼は心ここに在らずといった様子で、全く反応を示さなかった。

「誰だよ我愛羅がこんなになるまで飲ませたやつ……」

 むしろ、彼がこんなに酔うまで飲むことも珍しい。と、サモンは笑った。
 きっと、この日を楽しみにしていたに違いない。

 私がタラコに介抱され、サモンに家まで送られ、二日酔いの頭を押さえて我愛羅に会い、お互い気まずい思いをするのはもう少し後のことだった。

end
あとがき

 愛してるゲーム、会社の先輩に教えて頂いたのでネタにしてみました。本来は「愛してる」を言い合うゲームなんですよね。今回は砂隠れ仕様ということで、ありがとうと我愛羅に言わせるパターンに。個人的には、我愛羅は愛してるに強そうで喜ぶタイプだと思います。