四つ葉のクローバー 前編
夢を見ると私はいつも『あ、これは夢だな』と気づく。
今日は、夢の中で誰かが何度も私を呼ぶ夢だ。
それは、幼い頃から聞き覚えのある、優しい声なんだけど誰なのかわからない。
私は幼い頃の姿で、クローバー畑の中で花冠を作ってご満悦の中、振り返る。
『名前子……』
誰だろう。
誰かが私を呼びながらこちらへ向かってくる。
けれど目を凝らすも、視界がサルバドール・ダリの絵のように歪んでいてわからない。手を伸ばされているのはわかるんだけど。
『名前子、……』
なに?
何が言いたいの。
視界が更に歪んで、階段から落ちたような感覚が体に走った時。私は夢から覚めた。
……ああ、夢か。
私は重たい体を起こしてベッドに蹲る。
今日は任務は休み。
……というか、昨夜、背中の傷が少し痛むと言ったら大人しくしていなさいという先輩からの命令により頂いた休みだ。
私の背中には小さい頃からある大きな傷跡がある。格好良くない、獣にズタズタに裂かれたような跡だ。
傷を負った当時。幼すぎてどうしてそんな事をしたのか全く覚えていないのだけど、砂嵐の中に飛び込んでしまいついたものらしい。まるで刻印のように、その傷は今も健在だ。
傷を負った日もちゃんと覚えている。
今からちょうど、10年前。
幼い私は友達のイチゴと遊んでいて、やって来た我愛羅に驚いた私たちは……その後は……あー、思い出せない。
とにかく、起きた時には痛みは大分和らいでいたのでよかった。
服を着替えた私は、イチゴと約束した時間に間に合うように支度する。イチゴは忍者ではなくお茶屋の娘で、年頃になった今でもこうして仲良くしている。
今日は二人でランチに行く約束をしているから楽しみだ。
「さて、忘れ物はもうないか、な……行ってきます!」
扉を施錠していると、アパートの三階から見知った髪色が下の階に見えた。
あの、真っ赤な色は……。
心当たりのあった私は階段を降り、後ろ姿から恐る恐る声をかけた。
「あの……我愛羅?」
振り向いた人は、やはり砂の里の忍者であり、小さい頃から顔見知りの我愛羅だった。
誰か待っていたのだろうか、本人だと合っていたことに安堵して尋ねる。
「……名前子」
「あ、やっぱり。どうしたの? 何かこの辺で用とか? それとも誰か待ってる感じ?」
私はやや驚いた顔の彼に何の気なしに聞いてみる。次期風影候補だと言われている我愛羅を、まだ疑ったり怖がる人もいるみたいだけど……私やイチゴはその類ではなかった。
小さい頃は守鶴のせいで不安定だった彼を恐ろしいと思うこともあったけど、今はそうでもない。自分の親からの影響も大きかったように思う。今は里のために努力している彼を歳の近い者として、忍としても尊敬していた。
「いや……」
「?」
私の質問に我愛羅は目線を外して口を濁した。何か、言い難いことでもあるのかな。考えた末、私はあることに気づいた。
「もしかして……我愛羅、何か探してるの!?」
「は? いや、」
一人で探してて途方に暮れてたとか。かもしれない、あんまり他人に頼りそうにないし。
私はニッと笑って彼に手を差し出した。
「私で良かったら、一緒に探すの手伝うよ!」
「いや、俺は……」
「いーからっ、遠慮しないで」
私は我愛羅の手を掴んで、歩き出した。彼は戸惑うような声を出したけど、気にしない。困った時はお互い様だしね。と、私はイチゴと会う約束をすっかり忘れて、我愛羅の探し物を手伝うことにした。
「で、何を探してるの?」
私は手を繋いだまま、歩きながら振り向いて聞いた。
「……四つ葉のクローバー」
「何それ、幸運のやつじゃん」
私は笑って応えた。砂漠である砂の里で、四つ葉のクローバーを見つけられる可能性は皆無に等しい。それを栞か何かにしたいのだろうか、下忍の子供たちにでもあげるんだろうか。
とにかく、確かにそんなものは一人では見つからないかもしれない。
私は我愛羅の手をぎゅっと握って、
「大丈夫! 私と一緒に見つけよう!」
「……」
そう答えた。