枯渇
俺と名前子は恋人同士だ。
けれど、付き合っていることは諸々の事情で公には伝えていない。
それでも俺は、彼女と居られて幸せだった。
……が。
最近の俺は激務に追われて、ろくに彼女の顔も見られていない。
「お前たちはもう休んでいい」
後は俺がやる、と書類に目を向けながら俺は言った。顔に疲れの見える上忍たちが、安堵と罪悪感の表情を浮かべる。
終わりのない仕事だ。ここでしっかりと休んでもらわなければ、組織の運営は回らない。
部下である忍の一人が、困ったような顔で聞いてくる。
「しかし、我々が休めば風影様はいつお休みになられるのですか」
お前、余計なことを……などと声が聞こえてきそうな残りの部下を他所に、俺はハッキリと言った。
「俺はお前達が戻った後に休む。それまでしっかり休んでおいてくれ」
「承知致しました」
誰も居なくなり、静かになった風影室。その中で、俺はただひたすらに書類に目を通し、サインをしたり判子を押していく。
気づけば、時計は夜の22時を越えていた。
「……」
休憩するか。
俺は椅子の背もたれに背中を預けた。座り心地のいい風影室の椅子も、長時間座ればあまり関係ない。
明日の午前中は里の上忍を集めての運営会議、午後からはアカデミーの視察。そして三日後には木の葉の里で月一回の五影会談……。
木の葉の里に向かうまで三日。
その間も、名前子に会えない。
忙しいことは、決して悪いことではない。里のことに懸命になることで、里の問題が解決したり、環境が良くなるのが目に見えてくると喜びを感じる。自分が、里の人々の役に立っていると思えてくる。
……ただ、何かが枯渇している。
視察先で名前子によく似た女性の後ろ姿を見て、彼女を思い出したり。
よく似た声が聞こえて振り返ったりするたび……胸の奥がスカスカに穴が空くような、乾いて干からびるような感覚に陥る。
これは昔、感じたことのある気持ちな気がするが、適当な言葉が思い出せない。
俺は、彼女に会ってみればすぐにわかる気がした。
「最後に会ったのは、いつだったか……」
カレンダーに視線を向けて考えてみれば、もう一ヶ月も会っていないことに気づいた。
さすがに、名前子も怒っているかもしれない。呆れているかもしれない。顔も忘れられているかも……しれない。
そう考えると胸の奥が、また乾く音がした。
気づいたら捨てられているかもしれないな。苦笑気味に鼻で笑う。
でも本当は……。
気分を変えるために外の里の様子を見ようと立ち上がる。俺が窓に手をかけようとした瞬間、自動的に窓の方が勝手に空いた。
「あ、良かった、我愛羅まだいた」
「……名前子」
俺が驚いている間に、彼女はよいしょと窓を跨いで部屋に入る。手には大きめのバッグと水筒。
……俺は、幻術にでもかかっているんだろうか。名前子の幻覚まで見始めた。
自分の思っていることが伝わったのか、彼女に「本物だからね!」と笑われてしまう。なぜわかった。
まさか窓から名前子が現れるとは思っていなかった俺は、呆然と様を見ていた。
「えへへ、ごめんねお仕事中に勝手に来ちゃって。でも、我愛羅にどうしても会いたくなっちゃって」
「いや、謝らなくても構わない……」
むしろ、俺も会いたかった。そう言いたいのに、自然と言葉が出てこない。俺は一歩、彼女に歩み寄る。
「本当? 良かった。見て、我愛羅お腹空いてるかと思って、夜食作ってきたんだ。簡単なものだけど」
「……そうか」
はしゃぎながら、バッグを軽く上げ見せる名前子。わざわざ、作って来てくれたのか。
「あ! 味はちゃんと毒味済みだから安心して! ……あとやっぱりね、一ヶ月も会えないと我愛羅不足であたし、寂しくって」
困ったように頬をかく名前子に、愛おしさが溢れる。いや、それは彼女の顔を最初から見た時から感じていたものだ。
そして同時に、さきほどまで自分が感じていた思いの代名詞に、彼女の言葉でやっと気づいた。
ああ、俺は……名前子に会えなくて……『寂しかった』んだ。
「良かったら一緒に食べよう。それとももう、帰る頃だったか、な……わ、我愛羅?」
俺は彼女を抱きしめるように、名前子の肩に顔を埋めた。柔らかな体も、優しい花のような香りも、今では全てが懐かしく、愛おしい。
まるでそこに収まるのが当たり前かのように、俺は彼女をすっぽりと両手で包んだ。
突然の包容に慌てていた名前子だったが、しばらくすると彼女も同じように俺の背中へと手を這わす。
「あったかいね」
「ああ」
明日からまた、俺は名前子と会えない日々が続くだろう。
だが、この気持ちが枯渇するたび、俺は彼女を欲するのだ。
end