四つ葉のクローバー 後編
 そして、街中、民間、忍の本部棟など、様々な場所を探してみたが、それらしきものは無かった。
 むしろ、草の群生すらなかった。

 とうとう、夕方に差し掛かった頃。
 公園のブランコでひと休みしながら、私はガックリと肩を落としていた。

「ごめんね、我愛羅……クローバー、なかなか見つからないね」
「まあ、この地域では見つからないだろうな」

 だから、作るしかなかったんだがな……と我愛羅が呟いたことに、私は気が付かなかった。
 もう一箇所だけ探してみようかと思い始めた時、公園の入口から大きく甲高い声が聞こえてきた。

「あーーーーーー! 名前子!! もーっ、こんなところにいた!」
「あれっ、イチゴ」

 イチゴは砂場を避けてズンズンと真っ直ぐに私と我愛羅の前までやって来て、人差し指で私を指さして叫んだ。

「あれっ、イチゴ、じゃないわよこのおバカ! 私とのランチ、すっぽかしてーー!」
「あーっ」

 しまった。我愛羅の落し物を探すのに必死で、イチゴとの約束をすっかり忘れてた!
 私は慌ててブランコから立ち上がり、手を振りながら謝る。

 「ごごご、ごめん! 家を出たところまでは覚えてたんだけど、我愛羅の探し物を探すのを手伝ってて……」
「探し物ぉ?」

 気の強いイチゴはじろりと我愛羅を睨めつけると、腰に手を当ててハァーとため息をつく。

「我愛羅、アンタ名前子の勘違いに付き合ってやんなくていいのよ。どーせ、探し物なんてないんでしょ?」
「へっ」
「……」

 えっ、私の勘違いって……?
 イチゴの言ったことがよくわからなくて、私は我愛羅とイチゴを交互に見遣る。我愛羅は気まずそうにささやかな苦笑をこちらに向けた。

「えっ、えっ、じゃあ、私が勝手に勘違いして我愛羅を半日連れ回してたってこと!?」
「ったく、名前子は……」

 そういえば、一緒に探すよって言った時、何か我愛羅は言おうとしていた気が……。思い出した私は今度は彼に向き直り、両手を合わせて平謝りした。

「本っ当にごめん!」
「いや、すまない。俺が最初から言っておけば良かったんだ」
「アンタも我愛羅も昔っから変わんないわね。背中の傷の時もそうだったけど、名前子は勘違いが多すぎんのよ!」
「え?」

 腕を組んで眉間に皺を寄せるイチゴの言葉に、私は彼女へと振り返る。我愛羅が何か言った気がしたが、頭に入ってこなかった。

「イチゴ、私の背中の傷の理由、知ってるの?」
「知ってるも何も、一緒に居たでしょ私。覚えてないの? この砂漠に草なんてあるわけないのに、アンタが四つ葉のクローバーを探すって言い出して。探してる時に我愛羅がやってきて、あん時はまあ……正直、我愛羅のことが怖かったから逃げようとしたのよ。そしたら、我愛羅の後ろから砂嵐が見えて」

 私は我愛羅の方を見ると、切なげに目を伏せていた。彼の気持ちは推し量れないが、悲しそうなのは、わかる。
 理由はイチゴに怖かったと言われたことなのか、私が小さい頃の記憶を覚えていないからか、それとも。

「でもそれって我愛羅が出した砂嵐だったんだけど、アンタってばバカだから『我愛羅危ない!』って言って砂嵐に突っ込んで……そん時に出来たのがその傷でしょ。なに、自分てば本当に覚えてなかったの?」
「う、うん……」

 呆れた、とイチゴは言った。『今度、ランチ奢りなさいよ』とだけ言い放って、彼女は公園から消えてしまった。
 取り残されたのは私と我愛羅だけ。
 一言も話さない彼に、私は気まずそうに話しかけた。

「え、えーっと……」
「すまなかった」

 え?と私は聞き返した。むしろここは、今日半日を振り回していた私が再度、我愛羅に謝るべきではないのか。
 そう思い彼の方に向き直ると、我愛羅が真っ直ぐに私の方を見つめていた。夕日が照らされて、髪色がいつもより赤く映る。

「……俺は今日、名前子に会いに来たんだ」
「わ、私に……?」
「ああ」

 そう言って、ポケットから取り出したのは折り紙で作られた……四つ葉のクローバーだった。目の前に出されたそれを、私は静かに受け取ると、我愛羅はぽつぽつと話し出した。

「……十年前のあの日、俺はお前に一生消えない傷を負わせてしまった。謝るなら、今日しかないと思ったんだ」

 本当にすまなかった、と彼は深く頭を下げた。
 その頭を見ながら、私は今朝の夢を思い出していた。何度も名前を呼ばれる夢。呼んでいたのは、あれは……そうだ、小さな我愛羅だった。
 私の名前を呼びながら、謝る夢。我愛羅の砂嵐に飛び込んでボロボロになった私に、泣きながら我愛羅が謝る夢だったんだ。
 そんな彼に、私はなんて言ったんだっけ。

「顔を上げて、我愛羅」

 風が吹いて私の髪が揺れる。
 我愛羅がゆっくりと顔を上げ、私と目を合わせた。
 彼の顔は普段の無表情からは思えないくらい、歪んでいた。きっと、彼はずっと後悔していたのかもしれない。
 私はといえば、理由すらすっぽり忘れてしまうくらい、大したことないって思ってたのに。

 彼は何て言えば、そのくしゃくしゃな顔を解いてくれるだろうか……。
 私はうーんとうなった後、「どうしようかなー」と意地悪く言った。ごくりと唾を飲み込む我愛羅を片目で見遣ってくすりと笑うと、

「四つ葉のクローバー。……見つけてくれたから、許してあげる」

 そう言って、もらった折り紙の四つ葉のクローバーを見せると、安心させたくて、笑顔で彼の胸元を軽く叩く。一瞬、我愛羅は何を言われたのかわからなかったんだろう。
 私に言われた三秒後、泣きそうな顔をした彼だったけど。私の笑顔に釣られて、くしゃくしゃに笑った。







『名前子、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……』

 背中が焼けるように熱い。
 私は我愛羅が解いた砂嵐から這い出た。朦朧とする中、うつ伏せになり息をするのが精一杯だった。

『イチゴ、は……?』

 泣きじゃくる我愛羅に、私は親友の名前を口にした。彼によれば、大人を呼びに行ったらしい。
 そうか、良かった。

『どうして、どうしていつも、こんな風になるんだ。名前子も、ボクをきらいになる……どうすれば、ゆるしてくれる……?』

 ぐずつく我愛羅を私は無意識だろう、安心させたくて笑顔を作った。意識が遠のくのを感じながら、私はぽつりと呟いた。

『四つ葉の、クローバー…』
『え……』
『みつけてくれたら、ゆるしてあげる』


end