10戸惑い
「(大丈夫よね?)」
約束の土曜日の午後。
この間は仕事帰りで化粧が崩れてたんじゃないかとヒヤヒヤしていたので、しっかり化粧もして服装もグレーと紺の落ち着き目でコーデする。明るめの色で華やかさを出すよりはサカズキさんとなら暗めの色の方がシックで大人な雰囲気出るかな。
「(か、可愛いほうがいいかな……)」
下着は逆に明るめで可愛いさ重視にしよう。付き合ってもないし落ち着いたサカズキさんならもしもの事があるとは思わないけど、これも大人の嗜みというものだ。
□□□□□
「あ、お待たせしましたサカズキさん」
「おう。元気そうじゃな」
待ち合わせの駅に赴くと背が高いからすぐ分かる。特徴的な角刈りはグレーのキャップに隠され、黒のタートルネックセーターとジャケット、紺のズボンだった。この人、そもそも背が高いのもあるけど五十路らしからぬ筋肉もついているからかスタイルよく見えて似合うなぁ。
仕事着であろう黒スーツを着てもそうなのだが、落ち着いた私服を着てもやっぱりヤ……いや、止めておこう。
「寒いですね。今日何処に行きます?」
「上京してから東京は目ぼしい所は色々回ったんか?」
東京の観光かぁ。確かに上京してからすぐに就職したので目ぼしい観光地は休日に何だかんだ行ったことはなかった気がする。東京に住んでしまうと観光行くならむしろ東京以外でって考えてしまうからか、案外盲点だったかもしれない。
「いえ、あんまり。土日は節約したくて専ら家で過ごしてましたから」
「色気のない話じゃのォ」
この間の人生談義をしたからかこの手の話をしやすくなった気がする。フッと笑うサカズキさんに少々ときめきつつ、行ったことのない東京スポットを考えてみる。
「あ、じゃあスカイツリー行きたいです!上京してからなんだかんだ行った事なかったんですよ」
「おう、ええぞ」
観光の定番中の定番かもしれないが、サカズキさんも東京タワーならまだしも東京スカイツリーには一度も行ったことはないらしい。意気投合して、スマホで目的地までの行き方を調べる。電車で20分ちょっと。土日だからか観光客も多く、特に外国人が多かった。結構長い列に並んでチケットを購入し、エレベーターに乗った先は思わず口に出してしまうほど、絶景が拡がっていた。
「はぁ〜……やっぱり、広いんですねぇ。東京って」
「どこもかしこも建物ばっかじゃがな」
世界一高いタワーから見える景色は圧巻ではあった。勿論サカズキさんの仰る通り、視界の限界にまで繋がるビル群や建物ばかりではあるのだが、その分け目を縫うように流れる隅田川だけが自然を醸し出していた。
自然といえば私も博多出身なので、直ぐ側に緑豊かな場所があったかと言えばそうでもなく、ふとサカズキさんにも聞いてみたくなった。
「広島は市内にお住みだったんですか?」
「いんや、呉市の田舎出身じゃ。お前は」
呉市、聞いた事はある気がする。港町で海軍の歴史が深かったような。
「私は博多駅近くなんで、比較的都会かな。流石に東京ほどじゃありませんけど」
「ほう」
あそこが皇居、あそこが霞が関、あっちが有名なエンターテインメントランドの方角だなど色々と話しながら場所を移した。
一頻り天望デッキ周りを見たあとで、そろそろタワーから降りようかとエレベーター付近で待っていた。既に何人か並んでいて、エレベーターすら混雑しているとは流石東京。
「多いですねぇ……あ」
満員電車ほどではないが、さっさと下に降りたい人達にとっては押し込んででも乗りたい気持ちがあるのだろう。不意にぐっと背中を押されていわゆるサカズキさんのパーソナルスペースまで踏み込んでしまい、身体を預けてしまった。胸の位置が丁度サカズキさんの腰回りに辺り、真冬だからコートがあるといえ顔の火照りが隠せなかった。
「……(近い近い近い近い)」
「……」
天望デッキから地上まで流石に1分もかからなかったがエレベーターから降りるとまともにサカズキさんを見れなかった。ただ、一言押し潰すように身体を預けてしまった事だけは謝らなければ。
「す、すみません」
「また痴漢されんようにな」
「あ、あれはあの人がだいぶヤバい人だったんですよ……」
正月早々のあの痴漢事件を掘り返され、今となっては苦い話になりつつある。トラウマレベルまでに陥らなかったのは、偏にサカズキさんに助けられて、今こうやって好きになってしまったからだと思う。チラ、と彼の方を見ると、キャップを被り直していて先程より目元まで深く被っていたので表情が分かりにくかった。今なら、言えるかな。
「前も言いましたけど、あの時サカズキさんが関わって下さらなかったら……車掌さんにも言えず、ホントに泣き寝入りしてました」
「……」
「か、感謝してます。それに、こうやって会って下さるなんて」
何度お礼を言っても言い足りないくらい、それだけは正真正銘伝えたい思いだったので後悔はない。サカズキさんは数秒程何も言わなかったのだけれど、しばらくしてタワーの出口に向かう途中、ぼそりと呟いた言葉を聞き逃さなかった。
「最初の食事以降はむしろ此方の我儘じゃがの」
書店で声をかけ、今日のデートもサカズキさんから誘ってくれたので彼はそう言ったんだろう。確かに仰る通りで、最初の食事だけで終わっても良かった関係をわざわざ引き続き書店で声をかけてくれた事実が私には嬉しくて堪らなかった。
だからその、サカズキさんは私の事せめてお嫌いではないのかな。ってちょっと自惚れていたい。
「ふふ。私の婆臭い趣味までバレちゃいましたし」
「あぁ、いやすまん。あの本のタイトルにはツッコまずにはおれんかった」
私が読んでた本のタイトル、“ひとりでも一生お金に困らない本”とか、“30代から始める終活講座”の書籍、やっぱりしっかり見てたんだ。最初の会食でも隙が全くない人だと思っていたけど……サカズキさんの前では隠し事は絶対できないだろうと肝に銘じておくことにした。
次の観光地に行く前にちょうどお手洗いを見かけたので、彼に一言断って行く。お手洗いから戻ってくると、サカズキさんも念の為お手洗いに行ってくると仰ったので大人しく待つことにした。
「先輩?」
「え」
サカズキさんを待っている途中、次の観光地でも調べようかとスマホを取り出した時、ふと声をかけられて吃驚した。まさかまた後輩君に偶然出遭うとは。
「奇遇すぎますね。先輩も」
最近、奇遇が多すぎない?と脳裏を過ったのは私の気の所為だったのだろうか。
□□□□□
手洗いから帰ると目の前の光景に少し立ちくらんだ。一人でいるはずであろうベルがとある青年と立ち話をしている。彼女の反応を見るに身構える感じでもなく普通に喋っているので恐らくは知り合いか何かなのだろう。ベルと大して年齢も変わらん、今風の好青年といったところか。こうして見ればお似合いな二人だと内心卑屈になる自分を抑えて近づくと、先に彼女が此方に気付いてくれた。
「あ!」
「それじゃ、先輩。お疲れ様です」
「うん、お疲れ様」
自分に気付いた青年はベルに軽く会釈をして、ご丁寧に此方にも会釈してきた。そのたった一瞬だ、ジロと見られた気がしていつもの癖で見返してしまう。途端、青年は目を背けて足早にタワーの出口へ去っていってしまった。
「知り合いか?」
「あ、はい!まさかの職場の後輩君だったんですけど」
「ほう……」
よくは分からんが凄い嫌悪感がした。別に自分がベルと付き合ってる訳でもあるまい、嫉妬よりも何故か得も言われぬ不快感の方を先に感じる。青年が去っていった方向をもう一度見やるが、勿論既にいない。
嫉妬か?……いや、この感覚は。
「サカズキさん?」
「いや、何もありゃせん」
ベルの職場の後輩と言うなら、少なくとも東京地検の人間のはずだ。倫理的に問題があればとても携われない職業職種、一定の信用があってこその我々公安系公務員である。どうか思い過ごしであって欲しいと思いながらもやはり徹底的な正義を掲げる身としては気になってしまう。
「なんか最近よく遭遇するんですよね〜。尾けられてるのかな、ハハ」
「お前、特に周りには気ィつけちょれよ」
彼女は冗談のつもりで言ったようだが、痴漢事件のケースを鑑みるとやはり何処か隙があってあり得ない話でもなさそうだ。余計な世話かもしれんが、もう二度と災難な目には遭わぬよう釘を差しはしたがあまりピンとは来なかったようだ。そもそもの話、彼女に何も非はないのだが。
その後。スカイツリーから電車で数分、有名な風雷神門を通って浅草寺を参り、少し食べ歩きをして時間を潰してお互い帰路に立った。
「私、〇〇区の✕✕住みなんです。なので、ここまででいいですよ。家も駅からすぐそばですし、いつも送って貰って申し訳ないし」
「ほうか。わしは△△区じゃけ、反対側じゃな。」
楽しい時間は早く過ぎる。仕事がある日とは違って屈託のない笑顔で喋り、美味しいものを幸せそうに食べるベルの一面が見れて良かった。駅で別れようとした時、不意に彼女に呼び止められた。
「あの」
「ん?」
「サカズキさん。また、会ってくれますか?」
わざとなのか、無意識なのか。じ、っと上目遣いで聞いてくる可愛らしい彼女は策士なのか。だが、ずっと脳裏に過っていたあの光景に躊躇していながらも、無下に断ることも出来ず、曖昧な返事も出来ずに終わる。内心では嬉しいはずなのに、客観的な視線が何処かにいて若い時程嬉しさを無邪気に噛み締められなくなった。
ベルは視野を拡げたいと言った。自分はその彼女が拡げた視野の中にいてもいいのかと。
「おう、また此方から連絡する」
戸惑い。
(内心と外面がちぐはぐで)
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