献盃


12噴水の前で





【サカズキさん、お疲れ様です。今週の金曜日の仕事帰り、日比谷公園の噴水の前でお待ちしています。お忙しいのであれば忘れて貰って構いません】

「………」

とうとう痺れを切らして向こうから連絡が来てしまった。
わざわざ今週の金曜日に指定してきたのは、と思って卓上カレンダーを見やると、例年この日になるとアラマキから何故か大量のチョコを貰っていた事を思い出す。興味はまるでなかったが、巷では女性が好意を持つ男性にチョコを贈るとか何とか。

自惚れとは思うが、食事でもなく観光に誘うでもない、金曜の仕事帰りで公園で用が済みやすいというなら恐らくはそれだろう。此方から連絡すると言って結局しなかったので、忙しければ来なくて構わない、という彼女の気遣いがいじらしく罪悪感が募る。うだうだと悩んで身を引こうか考えていたのに、いざその時になると惜しくて堪らないとは。行かない、と言う選択肢が何処かへ吹っ飛んでしまっていた。

「はぁ……」

それでもなお、その日は18時から対応が入っていたので【分かった、遅うなるかもしれん】とベルにLimeを送る。寒空の中あまり待たせてしまっては可哀想だと思ってしまってる時点で、どうしようもなく彼女を慕う気持ちにもう嘘はつけないと踏ん切りをつけるしか他なかった。


□□□□□



「(21時半、回ったかぁ……)」

日比谷公園は私が働く地検の目の前にある。オフィス街にあるがこの公園は大きく、夜は街頭に照らされる中ランニングしてる人もちらほらいる。流石に21時も回ってしまっては、人通りが少なく少し心細くもあるもの。
サカズキさんからは【遅うなるかもしれん】とだけ返信が来たから、先に夕食は軽く済ませてたんだけどどれくらい遅くなるか聞いておけば良かっただろうか。でも、一言だけでも返信してくれただけでも嬉しくて何時間でも待てると思い切ってしまったので致し方ないか。
再びスマホに目にやり、サカズキさんからくれた返信を見つめていると前方から歩いてくる人影から話をかけられた。

「お疲れ様です、先輩」

「……え」

またあの後輩君だった。途端、周りには気をつけろと言ってくれていたサカズキさんやテンセイさんの言葉が脳裏を過る。流石の後輩君も今回は奇遇とは言わず、おずおずと私の横に座ってきた。職場では一切絡んで来ないのに、職場から出た途端妙に近い気がする。

「どうしたの?」

「いや、この間タワーじゃあまり喋れませんでしたから」

いやそういう意味ではないんだけど。
職場で君は確か残業を少しして私より先に帰っていったはず。何でさも当然のように横に座るのか。何で帰らないの?何でいちいち絡んでくるの?
この間のサカズキさんとのデートではタワーで奇遇にも遭ったと思っていたけれど、今なら違うと確信してしまう。第一、スカイツリーに一人でいくだろうか?合コンの時もそうだし、Limeも聞かれたし、帰る時に別方向に行こうとしたら何かと尋ねてくる。

ーーこの子、ちょっと怖い。

「一緒にいらっしゃったあの人、先輩のお父様ですか?まさか恋人だったり?」

「……」

今は就業時間でも何でもないし職場でもないけど、だからといって何でプライベートの事を踏み込まれてあなたに言わないといけないのか。これそろそろセクハラに値すると思うのだがどうだろう。
痴漢なら痴漢です!って大声を出せるが、仮にも職場の人間であり彼も検察事務官だ。それに無理矢理触られたり暴行を受けた訳でもなく、ただ話をしているだけと言われればそう。

でもやだ。こんな処をサカズキさんに見られたくない。

「ごめん、今待ち合わせしてるから帰ってくれないかな」

「それってこの間の人の事ですか?」

「あなたに言う必要ある?それ」

「……」

少々冷たく突っ慳貪にはなったが此方が不機嫌になってる事は伝えようとは思った。流石に怯んだらしくて後輩君は押し黙っている。諦めたのか、それ以上の追及はなかったのだけれども。

「わかりました。じゃあせめて先輩、Limeだけでも交換してくれませんか?」

「だから!」

全然引いてくれないこの子。あなたとLimeを交換しなきゃいけない事でもある!?ってキレそうになった時、後ろから聞きたくて仕方なかった声が聞こえて事なきを得た。

「ウチの娘に何か御用ですか」

「!……」

「え、いや……」

ーーサカズキさん。
タイミング良く来てくれたおかげで助かった。後輩君が彼を見るなり即座にベンチから立ち上がるとぺこりと頭を下げる。まぁ、私も初めてサカズキさんに出会った時も怖くて緊張してたので気持ちは分からんでもないが、あからさまな態度だなぁ。
声をかけた第一声こそドスの効いた声だったけど、後輩君の様子を見るなり少し雰囲気が和らいだようで、いや、逆にそっちのほうが怖いかもしれない。

「いやはや、この間もタワーで遭ったが職場の後輩君なんでしょう?いつも娘がお世話になっちょります。ベルの父です」

サカズキさん、本当のお父さんみたいに振る舞ってくれてる。この際だ、本当の父娘みたいに振る舞って貰う方が得策かもしれない。私もその演技に乗っかる形で、ベンチから立ってサカズキさんの背後に回った。臨機応変ってこういう時の事を言うのだろう。

「もう!遅いよお父さん、私寒い中待ったんだから」

「すまんな。実は今日、娘とメシでも食べて帰ろう思うとりましてな。なんなら一緒に食べませんか」

一緒にご飯なんて絶対に嫌。
私も思っている事だが、後輩君も顔がヒクついていたので同じ気持ちだろう。まさか彼氏でもないのにいきなりこんな強面の父親と食事なんて、余程面の皮が厚くなけりゃ喜べる事態でもあるまい。あともう一押し、サカズキさんの腕を拝借して少々我儘な娘を演じきる事にした。

「えー、もう帰ろうよお父さん。私、家で食べたいなぁ」

「そうじゃな、待たせたしのォ。誘っといてすまんが、ほんなら」

「い、いえ、お構いなく。お、お疲れ様です。先輩」

「うん」

今日だけは後輩君にお疲れ様とは死んでも言いたくはなかった。
後輩君から見れば金曜の仕事終わりに一緒に帰る仲良しすぎる父娘。別に今の時代、仲良し父娘だの母娘だの普通にいるし、不自然な事は何もない。そのベンチから足早に先に去っていった後輩君が見えなくなってから、いつもの二人に戻った。

「ふぅ、本当に。隙だらけじゃなお前」

「本当にありがとうございます。名演技でしたよ、サカズキさん」

名残惜しいけれどサカズキさんに掴んでた腕を放すと、今度はサカズキさんがベンチに座った。

「あれで一応釘は刺したがの。職場でも不審じゃったら上司に遠慮なく言え」

「まぁ正直、明確に危害を加えられた訳じゃないんですよね……」

連絡先を教えてくれとしつこかったのは事実だが結局は教えてないし。職場では一切絡んで来ないから余計にたちが悪い。とはいえ、父親と紹介されたサカズキさんに顔を見られている上、聡い彼なら暗に関わってくれるなというあの雰囲気を読んでくれると有り難いのだが。

「それでなくとも尾けられちょった可能性が高い。さもなくば仕事帰りに、夜の公園で偶然出遭う訳もありゃせんじゃろ」 

ご尤も。私もずっとそれは不可解すぎて気味が悪かったから。夜も遅くなったからか、公園には人通りも少なくなってきていて何かあってもすぐ助けて貰える保証もなかった。もしかしたら私が公園に来た時から見られていたかもしれないと思うとゾッとする。

だけどまた、こうやってサカズキさんに助けて貰えた。痴漢事件でもそうだが私はサカズキさんに、悪漢から助けられる運命にあるらしい。

「ふふ、お父さんってこんな感じなんですかね」

「……」

娘役なんて初めてしたけど、こんなお父さんがいたらどんな生活してたんだろう。
ふと、思った事を口に出してみたものの、そもそもサカズキさんを公園に呼び出したのは此方で、色々あったが本来の目的を忘れてしまう処であった。

「あ、今日はこれ。渡したくて……」

お菓子料理は好きなほうで、定番ではあるがチョコクッキーを10枚程。以前甘いものはあまり好きではないと仰っていたので、お酒入りで作ってみた。
一心の気持ちを胸に、チョコクッキーの入った箱をサカズキさんに渡す。

「バレンタインです。いつもお世話になってるし、今日もまた迷惑かけちゃったから」

「……」

馬鹿!
違うだろ!告白しろ!押せ!って思うのに上手く言葉が出ない。好きです、付き合って下さいって一言言えばいいのに、なかなかその一言が出て来ないのだ。
これではただの義理チョコとして処理されてしまうかもしれない。受け取ってくれたらしいが、しかし、沈黙が続くうち小心者の私には告白なんてやっぱり無謀な話だったかもしれなくて、焦ってしまい逃げの態勢を取ってしまう。

「……し、仕事帰りにごめんなさい。それじゃ、これで」

「ちょォ待て」

逃げ去ろうとしたが、珍しくサカズキさんに手首を掴まれて制止される。普段極力私に触れるような事はしないのに、不意に好きな人の体温を感じて動けなくなってしまう。すると彼の一言のお陰で、まだ望みがあるのだと期待を胸にふくらませた。

「期待するが、ええんか?」

「!……はい。あのっ、私と」

今度こそ頑張って、付き合ってください!と言おうと思った。が、口の前まで“待った”の合図らしく彼の手によって遮られてしまった。街頭の明かりでぼんやりとしか見えなかったが、心なしかサカズキさんも顔が紅い気がした。

「わしと付き合うてくれ」

「は、はい!」

ーーー嬉しい。
私から言おうとした言葉を、サカズキさんも言ってくれるなんて。
嬉しさのあまり自分の両手を顔の前で握り締めていると、そう言えば……と面白かった事実がひとつ頭の中に浮かんで、頬が弛んでしまった。

「ふふ」

「何が可笑しい?」

「いや、さっきまで父娘でしたよね私達」

つい先程まで父親と娘役してたはずなのに、今度は恋人同士になったので、何だか可笑しくてクスクスと笑ってしまった。サカズキさんも同じくそれには可笑しくなったのか、軽く笑みが溢れていたような気がした。


□□□□□


折角の貰ったチョコなので一つ二つぐらい食べたいとサカズキさんが仰った為、寒空の中ではあるが未だに噴水前のベンチに私達は座っていた。旨い、と一言褒めてくれたお陰で心の中でニヤニヤしてたら、不意に質問される。

「一応失礼は承知で聞くが」

「はい?」

「歳はあんた、いくつなんじゃ?」

そう言えば実年齢は聞いてなかった。私も勝手にサカズキさんの事50代くらいだろうと思っていたし、サカズキさんも私の事、あの買っていた書籍のタイトルからして30代にしか思えなかっただろう。今更隠す必要もないので、素直に伝えた。

「31です……さ、サカズキさんは?」

「53じゃ」

22歳差……。サカズキさんが大学卒業した頃私は産まれたらしい。しかも、母と変わらない年齢である。
いやいや、22歳差という数字ばかり見てしまうからいけないのだ。何歳差であろうと、彼を好きなのは変わりない。

「私はそれでも、サカズキさんがいいです。年齢を理由に、別れるとか言わないでくださいね?」

「あぁ……後悔はさせん」

押してダメなら押しまくれ。たぶん、それくらいが私達にはお似合いの距離かもしれない。


噴水の前で。
(父娘の後は恋人同士でお願いします)

- 13 -

*前次#


ページ: