献盃


13盲目




今日は珍しく夢見が悪くなかった気がする。どんな夢を見たかは起きたすぐに忘れてる訳だが、不思議とそれで良かったと思う。
以前からしようしようと思って結局しなかった事に、朝早くから着手する。このマンションに引っ越して来てから20年弱。あのけったいな元嫁と別れて一緒に住んでいたアパートを出て以降、ずっとして来なかった作業だったというのに。
午前11時頃にインターホンが鳴って作業をストップされる。インターホン画面を見ると何百回何千回は見た顔に若干うんざりした。

「よぉ、サカズキ」

「何で土曜までお前らの顔見らんといけんのんじゃ」

「この間わっしの家にも来たでしょォ〜?お互い様だよォ〜」

あれはお前が誘ったからだろうが、と文句一つ溢すも何の気に取り留める気もない広島の旧友二人。当たり前のように自分の家に入りお決まりの台詞を吐くまでがセット。

「相も変わらず殺風景な部屋じゃのう」

「お前んとこはもうちょい片付けい」

テンセイの家は散らかっており、ボルサリーノの家ではあの一言多い奥さんが独り身のテンセイを突っつくので、三人でゆっくり飲む時は決まって自分の家に来訪するという、何とも傍迷惑なローテーションで不服ではあるがもう慣れてしまった。

「ていうか、殺風景なのに掃除してたのかァ?」   

リビングの端に一時的に寄せた黒いゴミ袋二つ。流石兄弟、目ざとい。いかにも、部屋に入ってはすぐ目に入らない場所を整理整頓したくて朝早くから作業していたという訳だ。

「クローゼットや押し入れの中は溜まるばっかりじゃからの」

20年前の若い頃の結婚式のアルバムや写真立て、指輪やその箱、記念に貰った茶碗だの置物だの、もう自分には一切合切いらないものだ。ボルサリーノが偶然京都で元嫁やその家族を見つけてくれたおかげで、奴の言う通りやっと吹っ切る事が出来たのだろう。既に自分は昔吹っ切れていたと思っていたが、他人から見た自分は意外にもそう見えてはいなかったらしい。随分と空になったクローゼットを見ると、清々しさで気持ちよいものだった。

「……」

「……」

お互い顔を見合わせ来訪者二人の意味深な沈黙が、何となく鼻について特に理由はないはずなのにカチンとくる。なんだ、何か自分は可笑しな事を言ったか?

「なんじゃ、お前ら」

「いやァ、別にィ〜?」

「ボルサリーノ、言うたじゃろ。ほれ、祝いに飲むぞ」

「あァ?何の話じゃおい、テンセイこのアホ」

ーーというか今気付いた。
気味が悪い程こいつら、今日はベルの事を一切聞いて来ない。以前はあれ程二言目三言目にはあれからどうしただの、どんな人間だの言及してきた癖に。となると、恐らくテンセイあたりがお得意の職権乱用して探りを入れてるとしか思えない。どこから漏れた?誰じゃ漏らした奴は。

「ええことあったんじゃろ?わしに話してみい、サカズキ」

「ないわ、ボケ」

「わっしも聞きたいねェ〜。今年はアラマキからチョコ何個貰ったんだァい?他は?」

にやにやと二人に囲まれ談笑という名の尋問を受ける。こんな事なら今日は朝から何処か出かけりゃ良かった。
ご丁寧に、いつも飲む酒より良い酒買ってきやがって。白状せずに全部飲み干してやるわい。



□□□□□



「え!あのスモーカー君が?」

「ええ、そうよ。結婚したらしいわ」

この間は週半ばで私がヒナを呼んでしまったが、今度はヒナから何処にいるのかと連絡が来た。まだ昼間なのでお酒を飲む訳ではないようだが、それでも構わないと言われ珍しいと思った。何事かと思って話を聞くと、ヒナの腐れ縁が結婚したと。スモーカー君とは私も大学時代に少し話したぐらいの交流しかなく、いつもヒナと憎まれ口を叩いていたのでいつか付き合いそうと思っていたのだが。聞けば最近、10歳以上歳下の子と入籍したらしい。

「ヒナさぁ、腐れ縁とか何とか言ってたけど。ほんとはスモーカー君のこと好きだったんじゃないの?」

「はぁ……どうかしらね。ヒナ、不明」

あのサバサバしているヒナが分からないと言うのだ。恋心に近しい気持ちは少なくともあったのだろう。いつも誂ってきたけど、ただ認めたくないのか、意地になって素直になれなかったのか。

「ってことで、あなたには傷口の舐め合いをしてもらおうと思ってね」

「え、いやぁ……それは」

傷心中のヒナにこの話題はあまり良くないので伏せておきたかったのだが、ここで適当に誤魔化すのもどうなのか。嘘を上手くつけないタイプなのでどちらにしろヒナにはバレそうなんだよなぁ。

「ちょっとまって。まさか」

私の反応を見て察したのか、再びあの、げ。っとした顔をされてしまう。ヒナ、サカズキさんの事正直どう思ってんだろう…?取り敢えずは先に謝る事にした。

「ごめん!彼氏持ちになっちゃって、昨日」

「そういうめでたい事は先に言いなさい?ヒナ、憤慨」

昨日の日比谷公園での告白やストーキング紛いの後輩君の話も交えて伝えると、あなたよく変な男に捕まるわよねと言われる。分かった、ヒナにとってはサカズキさんも変な男の部類に入るのだろう。直接言われないけど、十中八九、たぶんそう思ってる。

「ふふ、まぁでも。あの黒馬まで出しゃばって来たのはビビったけど、結果オーライで良かったわね。おめでとうベル」

「ありがとう。でも、あの人凄いよね。どうして私とヒナが飲んでた居酒屋分かったんだろ。この間先回りしてたよね?あの感じからして」

「犯罪捜査局の局長なのよ。あいつ」

「あ〜……(納得いっちゃった)」

一応そのテンセイさんには、この間連絡先を渡されたので早速、【サカズキさんとお付き合いする事になりました、応援ありがとうございました】と伝えたら、【おう、幸せにのう!】と一言だけ返信が来ていた。
サカズキさんのLimeに私の連絡先を登録してくれたり、押せ押せと少々無粋な処もあったが応援してくれたテンセイさんはある意味キューピッドであろう。もし今度お会いしたら何かお礼したいところだ。

「で?何でこの華の三連休初日にあなた一人でショッピングモールにいるの?」

「か、買い物をしに……」

急遽ヒナに何処にいるかと連絡が来たので、正直に今の場所を伝えたのだが、肝心の買い物はまだ済んではいない。だって、選ぼうと思ったら色々と考え込んじゃってどれがいいか迷ってしまった。赤かピンク系か、落ち着いたブルーや薄いパープルもいいかもしれない。何を、と言われるとあからさまな気がしてもじもじしていると、彼女は察しが良く少し微笑みながら言う。

「そういうことね。なるほど、じゃあ一緒に選んであげましょうか?」

「え、いやいいよ!ヒナのチョイス大胆だから」

「何が?」

「………」

墓穴掘った。
何だか恥ずかしすぎて少々行儀は悪いが、カフェ店のテーブルで顔を伏せてしまう。ごめんなさい、ちょっと今は私、顔を上げられない。流石にヒナも悪いと思ってくれたのか、みっともないわ顔を上げてと言われる。

「悪かったわ、で?今度いつ会うの?」

「明日の夕方飲みに行こうって」

サカズキさんからは三連休の中日だが構わないかと言われ、二つ返事でOKした。

「へぇ、その後は美味しく喰われちゃう訳ね。ヒナ、確信」

「む…」

ええ、そうでしょうよ。いい大人なら、付き合い始めて飲み行ってその後の事って大体予想は着くでしょうけど……!サカズキさんだってそれは例外じゃないと思うからこそ、こうして可愛い系か大人っぽいランジェリーというものを恥ずかしながらも選びに来た訳で。
何処となく針が刺さってくるようなヒナの物言いに、少し哀しくなる。そりゃ、傷心の上に気に食わないサカズキさんの事だとはいえ。

「ヒナさぁ、めっちゃ心の棘がさぁ……ほら、チクチクとぶっ刺さってる」

「いいでしょ、これぐらい。私は傷心中なのよこれでも」

「やっぱりスモーカー君の事好きなんじゃん?」

自分でも傷心してると自覚しているのなら、好きだったと認めちゃえば楽なのに。私がそう問い質しても彼女は優雅に煙草を吸って黙ってる。ヒナにとっては何がプライドみたいなものが許さないのだろうか。あんまり私が追及するのもよくないと思って、私も黙ってしまうと、再び此方の話に変わってしまう。

「にしても、53歳のバツイチが31歳の未婚喰うなんて贅沢にも程があるわ。芸能人でも炎上ものよ?今時」

「まぁ、そういう風潮はあるけど……」

昔より歳の差恋愛や結婚に対してバッシングが多くなってきているように思う。SNSで可視化された為か、歳の差が大きければ大きい程あからさまに嫌悪感を抱く人の声も見る。だが、その人達自身が歳の差恋愛も結婚もする訳でもないのに、他人の恋愛や結婚にあーだこーだ言うなんて権利もないしむしろ何様なんだとさえ思う。たとえ周りがどう言ってたって、気持ちが変わる訳もない。

「仕方ないじゃん、好きだもん。一緒にいたいと思う人といたいの」

「……はぁ。(幸せ者ね、あいつ)」


盲目。
(恋をすると、人は周りが見えなくなるもの)

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