14マイナス✕マイナス
「名は体を表すって言いますけど、サカズキさんは本当にそのままですね」
「まぁの。この歳になると楽しみは旧友との酒ぐらいじゃけ」
昨日の土曜はえらい傍迷惑な旧友との酒だったが。
次の日の晩にベルを飲みに誘っていた。三連休の中日だし次の日は休みだ。時間を気にせずゆっくりと語らう事もできよう。
付き合ってからは初めてのデートになるが、彼女は付き合う前と変わらず敬語のまま歳上を慮る気遣いを忘れず接してくれる。此方は別に気にはしないのだが彼女の性格上、そこは安易に馴れ馴れしさを譲る事はしないのであろう。そういう側面も、実は自分の好みだったりする。
「私もお酒は好きです。焼酎だけは飲めないのですが」
「九州いうたら芋焼酎じゃないんか?」
「鹿児島がそうですね。私、生まれも育ちも福岡なので」
なるほど。薩摩芋が所以だから鹿児島と。
福岡から鹿児島へは車で3〜4時間程はかかると言われ、広島で言うなら神戸や姫路あたりに相当するらしい。確かにそこまで距離が開けば文化も歴史も違うだろうし、九州と一言一括りにしてしまっては少し失礼だったろうか。如何せん、九州には異動や出向でも縁がなく、地理感覚も覚束ない。せいぜい知っている有名な観光地は別府温泉か阿蘇のカルデラぐらいか。
「ほう。一度行ってみたいのォ、九州」
「広島ご出身なら、あまり此方(九州)にいらっしゃる機会はないですよね……」
少し残念そうにする彼女ではあるが、それはそちらにも言える事では?
「フッ、九州のモンもわざわざ広島降りんで大阪やら東京行くじゃろ」
「ご尤もです」
学生時代の友達も皆、東京や大阪に就職してました、私もですけれど。と付け加える。まぁ、自分も30年前に広島から上京したクチではある。都会の方が仕事もあるし、警察のキャリアを目指し出世も考えるのならやはり東京だ。
ふと、彼女と故郷の話をしていて思い出した。正月の、自分達が出逢ったあの日の事。
「そういやぁ、お前が被害遭うたあの日」
「はい?」
「博多から乗って来ちょったんじゃろ?東京までなら飛行機の方が断然速い、福岡は空港も近いはずじゃろうが」
博多駅から福岡空港までは地下鉄で数分と聞いた事がある。全国的にも空港までのアクセスが良く、利便性も高いと評判は聞いたが。東京までならわざわざ新幹線に乗るよりも飛行機の方がひとっ飛びで行けるだろうに、彼女はなぜ新幹線に乗っていたんだろうか。
おずおずとまた、言いにくそうに彼女は言う。顔にすぐ出るタイプなので此方としては分かり易いし扱いもしやすい。
「お恥ずかしい話なんですが私、閉所恐怖症で飛行機にだけは乗れなくて。新幹線しか……」
「なるほど」
以前はベルを恐怖に陥らせたあの痴漢が馴れ初めのきっかけだと腹立たしく思ってはいたが、普通は飛行機で行く距離をわざわざ新幹線に乗っていたお陰で運命は変わっていた、と。フン、まぁ気分はいい。
「そもそもお前の閉所恐怖症がなけりゃあ、出逢えんかったっちゅう訳か」
「おまけに痴漢にも遭いましたが、喜んでいいんでしょうか……?何か、複雑です」
本人からしたら泣きっ面に蜂と言う事であろう。新幹線の方が運賃は高いだろうし、時間もかかる上あの時は帰省ラッシュ時の混雑だった。挙句の果てに横に座った輩に正月早々痴漢されるとは。だがその不幸の連続でこうして縁が繋がったとは本当に皮肉そのもの。これをたとえるなら。
「禍福は糾える縄の如し」
「マイナス✕マイナスはプラスって事ですね!」
彼女と同時に発した言葉が重なり、お互い笑ってしまった。正確な意味は若干違うだろうが、まぁ悪くはない。
「今風じゃな」
「閉所恐怖症が-10、痴漢が-1000なのでかけて+10000になったのがサカズキさんって事です」
「……」
愛い。
酔うにはまだ早い段階で、彼女は大真面目に計算式はこうなったと伝える処がまた……。だらしない顔を見せたくなくて眉間に寄った皺を伸ばすフリをしていたら、空になっていた猪口にどうぞと酒を注がれた。
□□□□□
風情ある個室の居酒屋から出ると、今シーズン最大寒波と天気予報でも報じていた通り、強めの風が肌身を引き締めさせる。一方のベルは少しむくれているが。
「あの、いつになったら奢らせてくれるんですか」
「お前が五十路になりゃ奢らせちゃる」
「もう」
じと、とした目で見られるが可愛いだけなので敢えて無視した。もう腹一杯だった。久し振りにあの広島の旧友以外の人間と楽しく盃を交わせたのは。できる事なら数限りなくしたいと思うは強欲か?
時計は20時半を回り、もう一軒行くかそれとも帰路に立つかのどちらかだが。酒は好きだと言ったベルもほんのり顔は紅く、呂律はしっかり回っているが二軒目に行ってしまうと酔いつぶれる可能性もあるかもしれない。流石にそれは避けたい。
「サカズキさん、どうします?」
「おん……」
本当は“どうしたいか”を聞きたいが、女に言わせるような野暮な男とも思われたくない。
途中居酒屋から降りていくエレベーターの中で、目の前で騒ぎ立てながらいちゃつくカップルがいて、節操がないと内心文句言いつつも羨ましい気持ちがないとも言えなかった。この歳ともなれば、大人の余裕というものを見せた方が格好はつくのだろうが、そろそろ自分も“我”というものが出る。人前であまりベタベタするのは苦手で、だからといって全くそういう欲がないかと言えばむしろ逆で。誰も見ていない処であるなら、何時間でも彼女を抱き締めて触れ合っておける自信はある。
要は自分も彼女に触れたい。感じたい。
その先の行為をしたいという本能よりは。
自覚した“我”に気付いてからは、口に出すのが早かった。酔いもあるだろうが、たぶん彼女なら拒まないのではないかと都合の良い事を思い、勢いに任せる。
「ウチ、来んか」
「!……は、はい」
心なしか、さっきより顔が紅くなっていた気がした。
マイナス✕マイナス。
(彼女に出逢えた方式)
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