16幸せな夢
幸せな家族の夢を見た。
私と、お母さん、そしてお父さんがいた三人で幸せに暮らす夢。私とお母さんの顔ははっきりしているのに、お父さんの顔だけぼやけてはっきりしない。私のお父さんはどんな人だったんだろう?
「ん……?」
「……」
呑気だな、と思って目を開けると見慣れない天井に高級そうなシーツ、そして50代にしては逞しすぎる筋肉と大好きな人の寝顔が視界に入って、昨晩の事を思い出してしまう。あの後更に2回程求められて最後はもう気を喪って寝てしまっていたのだった。どおりで体中のあちこちがだるい。
「(サカズキさん……本当に50代かしら)」
お顔の皺や肌の質はその年代らしくあるけど、筋肉然り色んな意味でのスタミナはとてもじゃないが20代としか思えないのだが。この筋肉のつき方なら黒スーツやコートが様になっているのも分かる気がする。
彼を起こさぬよう、そこら中に散らばった自分の衣服を纏めて身につけ始める。起きたら裸同士ってちょっと恥ずかしい。いやもう、今更だろうと言われればそうですが。
「起きたか」
「あ。すみません……」
ブラしか身に着けられてない……。顔を向けるのが気恥ずかしくてサカズキさんに背を向けまた布団に潜ると、後ろから抱き締められる。昨日までは家に連れ込むことさえ節操がないと硬かったのに(ご自分から誘って来られたのにね)、一度許すと際限なくサカズキさんから触ってくれる。好きな人と付き合えて、沢山喋ったり触ったりする事がこんなにも嬉しいなんて。
「いや構わん。今日は用事あるか?」
「いえ。特には」
「なら、ゆっくりしていきゃあええ」
今日は三連休の最終日、サカズキさんも私も休みは基本暦通りなので合わせやすい。お言葉に甘えてゆっくりしていってもいいかなぁ、流石に身体を少し休めてから帰りたい。一頻り彼が抱き締めたのち、首後ろにキスを落とされふわりと布団が浮いた。
「風呂入れて来ちゃる」
「ありがとうございます」
有り難い。
下着だけ履いたサカズキさんが部屋から出ていったのを確認して、おずおずと再び散らばっていた衣服を拾って身に着ける。昨晩と違って寝室に朝の陽の光が入ってくるから、部屋の雰囲気も違うし不自然に乱れたシーツや布団が鮮明に目に入ってきてまた顔も耳も紅くなる。私、ここでしちゃったんだ……すごく、気持ち良かったのは憶えてる。未だ頭がぼーっとしてて、下腹部の違和感に勝手に恥ずかしがってしまう。
「何じゃ、風呂入るのにまた服を着るんか?」
「え、ええ……」
戻ってきて少し残念そうに言われて、冷蔵庫に入っていたらしい未開封のペットボトルのお茶をくれた。全身を見られたであろう、まだサカズキさんの顔を直視できない。誤魔化すように貰ったペットボトルの蓋を開け、渇き過ぎてた喉に潤いを施すと不意に名前を呼ばれる。
「そういやぁ、ベル」
「ん…はい?」
サカズキさんが私の名前を呼ぶようになったのは付き合った後。それまでは“お前”ってよく呼ばれていたが、昨日は名前を沢山呼んでくれていた。その事実だけでもほわぁって心が温かくなるのだが、次の言葉でお茶を噎せてしまう事になる。
「黒馬もしくはテンセイ、知っとるか?」
「げほっ」
まさかその名をここで聞くとは。
だがテンセイさんには確か、この間ヒナとの飲み会の去り際に私達に関与した事については伏せておいてくれと言われていたはず。どうしよう、テンセイさんからの頼みもあるけど、相手がサカズキさんとはいえ……。
「いえ、存じ上げておりませんが……!」
「本当は?」
やっぱりテンセイさんの頼みを聞いておこう。と思って断固否定するも、サカズキさんがベッドの淵から私の側まで来て顔を近づけてくる。お、お顔がいい……。ではない、必然的に合わせられる視線ではとうに私が大嘘をついてる事はバレてるらしい。怒ってる感じではなかったが、有無を言わせぬ迫力だ。
「………ほ、本当……じゃ……ないです………」
「フッ。お前はすぐ顔に出るけェ助かる」
あっさり根負けして正直に伝えると、軽くキスをくれたと思ったら後ろから頭を抱えられて深めにキスを求められる。昨晩散々交わした口付けだが、不思議と飽きる事無く気持ちよさに溺れてしまう。しかし気持ちよさに溺れるも束の間、ついでについでに、いつの間にか胸を揉まれて臀部にも擦る手がやってきて、内心冷や汗が垂れる。え?この人、まだやる気なのか……?
途端、お風呂が沸いたでおなじみの音楽が聴こえて助かったと思うものの。一度は離れてくれたが、私の思惑通りにはとてもいかないようだ。
「話は風呂ん中で聞く、来(き)いや」
「え!一緒に…!?」
「もう一回脱がせいう事っちゃろ?わざわざ着たんは」
スタスタと風呂場に向かう彼が、此方を見ながら少し悪戯っ子ぽく軽く笑ったのが印象的で、サカズキさんってこんな表情もあったのかと少し驚く。勿論、脱がして欲しいが為に着た訳ではないが、どちらにせよお風呂には入りたい。恥ずかしいけれど、ご一緒させて貰うはめになるのだろう。
昨晩の、節操ないと言ってたあの控えめなサカズキさんは何処に行ったんだろう。テンセイさんには押せよ押せよと言われたが、ここまで大きく押し返されるとは思わなかった。
□□□□□
思いが繋がるとあれよこれよと雪崩込むように近くなる。お互いに気持ちがあると分かればこれ程やりやすい事はない。相手を慈しむ時間は勿論、一緒にいる時間が長くなればなるほど必然的に生活の色も変わってくる。
「これ持っちょれ」
「え!合鍵のカードキーじゃないですか」
「あったほうがええじゃろ、何かと」
ーーーあれから1ヶ月近く。
ベルとは金曜日の仕事帰りか土曜日の午前中に大体会う。東京観光の続きに行ったり景色を観に行ったり食事に行ったり。帰りは自分の家に戻り、彼女の作った夕食を食べて一緒に寝る。日曜日の夜に自宅に帰ってしまうのが残念ではあるが、それまで過ごせる時間は自分にとっては至福の一時であった。長らく忘れていた愛する者との時間は、いくつになっても渇いた心が満たされる。同僚や旧友達と過ごすものとは違い、ベルとの時間は経つのが早い。もっと一緒にいたい、もっと深く繋がりを感じたいと思うのに然程時間はかからなかった。
だからこそ、鍵を渡した。建前上はベルが夕食の材料や生活用品を細々買い足しに行ったりもする為。実際に、鍵があればいちいちインターホンを押さなくてもいいだろうと言って渡したのだが。
「い、いいんですか?知りませんよ?何か盗られたりしたら絶対私が犯人ですよ?」
「警官の自宅で空き巣か…ええ度胸じゃ」
一応、人を見る目はあるほうだ。彼女がどんな人間でどんな性格かは1ヶ月あれば大体わかってくる。取り敢えず嘘だけはつけないタイプで例えついたとしても顔にすぐに出るので、窃盗をしたとしても即お縄ゆきだろう。そもそも、公安系公務員が犯罪に手を染めては世も末なのだが。
鍵もそうだが、ついでに空き部屋を渡す事にした。
「それと、この部屋は好きに使ォて構わん」
「え!いえいえそんな……!」
「ええから使え。お前の荷物置いたらええ」
自分の筋トレルームに使っていたが機材やら何やらを全部自分の部屋に持っていき、部屋を空にした。自分の部屋程の広さはないが、8畳あれば十分だろう。クローゼットはあるが、ベッドもテーブルも椅子も何もない部屋である。
流石に遠慮を知るベルから部屋は貰えないと頑なに拒まれてしまい、挙句に核心を突く事を指摘されてしまう。
「もしかして、住まわせようとしてます?」
「もう住みゃええじゃろ」
正直、それはある。
平日は互いに仕事があるから会わないだけ。もし仕事がなければ会っているだろう。此方としては構わないのだが、彼女の性格からしてそこまで無遠慮とは思えない。
案の定、少し困った顔をして、人差し指でバツを作ってそれすらも拒まれる。
「ど、同棲はダメですよ?」
「………」
ーー同棲がダメなら結婚はいいのか?
思わず口に出しそうになってやめた。一度失敗した身分が軽々しく言える言葉ではない。自重しなければ。
彼女や彼女の人生と共にありたいと思う一方で、自分を卑屈に思う懸念が拭えない。バツがついているのもあるし、ベルにはもう気にしないで欲しいと言われた年齢差もある。
ただ、いつまでもこのままの関係が良いとも思わないのは確かで、自分は元より、彼女もいい歳であるのは事実だからで……。
取り敢えず空いた部屋はドア付近にだけ彼女が自分のバックを置かせて貰うと言って話は終わった。そのままどんどん物が増えて居着けばいいのに。
「ふふ。土日に会えるって思ったら平日の仕事やる気出ますよね。以前は日曜日の夜はブルーでしたけど、最近はまた仕事頑張ろうと思えますもん」
「あぁ」
にこにこと笑って話す様子を見るだけで癒される。付き合う前はベルの為、一度身を引こうともしたがやっぱりその選択をしなくて良かったと心から思える。この時間を独り占めできるは、自分だけでいい。
まぁ、今はまだこの微睡みのような楽しみに浸かっていてもいいだろうか。
幸せな夢。
(愛し合う時間)
- 17 -
*前次#
ページ: