献盃


18束縛




「土日はだいたいサカズキさん家にいるけど」

「外には行かないの?」

「行くよ?土日のどっちかは東京観光したり、買い物行ったりとか。あとは家だねぇ、だいたい」

久し振りにヒナといつもの居酒屋に飲みに行く金曜日。あからさまに付き合い始めたあの時から誘いが減ったから気を遣ってくれたのだろう。最初の一杯、冷たいビールで喉を潤わせたところで、ヒナから休日はどう過ごしているかを聞かれる。別に隠す必要もないので、正直に答えると煙草を吹かし始めたヒナから一言。

「ふぅん……?」

「え、何?」

何かおかしいだろうか。
意味深な顔で視線だけを向けるヒナが怖い。え、普通の恋人同士の送る休日でないとか?それともヒナとの時間を増やして欲しいとか?後者はヒナらしくもないので可能性は無いとは思うが、前者は意外とあり得そう。しかし、私が想像とは全く違う答えが返ってきた。

「この間、休憩所で偶然聞いたのよ。赤犬の離婚原因」

「え?でもそれって些細な喧嘩が募ったってテンセイさんが」

……離婚の事か。
バレンタイン前に、私達の飲み会に割り込んできたあのテンセイさんに粗方離婚原因は聞いたはず。確か20年前に結婚されたけど1年ももたず、段々とすれ違っていったらしい。直接的な原因は分からないけど、何となく性格の不一致かなぁとはぼんやり思っていた。奥さんがエリート警官とは仰っていたけど、どんな性格かも想像の範疇しかないし聞き流す程度でしか聞いてなかったが。

だって、本人さえ語りたがらない過去を聞いていい事なんてきっとないとその時は思ったから。

「あの時、黒馬は詳しい離婚原因を知っててわざと言わなかったかは知らないけど、黄猿は知ってたわ」

「黄猿?あ、もしかしてボルサリーノさんとかいう?」

時折サカズキさんからボルサリーノさんの話を聞いていたのですぐ分かった。黄猿さん……今度はお猿さん呼びかぁ。

「そう。赤犬と同僚で、幼馴染らしいの。此方のほうが付き合いの長い男らしいわ」

同じ広島の故郷出身の同僚があと一人いると以前仰ってたので、多分その黄猿さんの事なんだろう。そちらの方のほうが長い付き合いとは初めて知ったが、あの自分の事をあまり語りたがらないサカズキさんの離婚原因を知ってる程だ。たぶん、凄く仲の良いご友人なのだろう。

「……」

知らない方がいいかもしれないと思いながら、矛盾してるが聞きたい気持ちもないとも言えない。かつてサカズキさんが人生を共に歩みたいと思った程の女性と、どうして別れてしまったのか。意思の弱い私はヒナに話を止めて欲しいと頼む事も出来ず、ただヒナの次の一言を待ってしまっていたのだった。

「束縛」

「え」

束縛……?
予想外な回答が来て面食らってしまった。

「元奥さん、エリート警官って言ってたでしょ?家庭よりもキャリアや昇進を優先してて、仕事上の男との付き合いまでも逐一口出されてたみたいなのよ」

「そうだったんだ……」

意外すぎる。むしろ束縛というより若干放任主義なタイプとすら思っていた。だが、これはもう20年も前の話であり、20年もあれば人は変わる。凄く美人な奥さんだとテンセイさんが仰ってたから、モテすぎて浮気しないか気が気でなかった…とか?
考えれば考える程、お付き合いしている現在のサカズキさんとは程遠い人物像で想像つかなくて押し黙る。その一方で、ヒナはかなりご不満のようだ。

「今時、亭主関白なんて死語の時代よ?仕事上の男との付き合い方まで口出されちゃ、女はまともに仕事なんか出来ないわよ」

確かにヒナの言う通りではある。とは言っても、20年前もそこまで女性の社会進出に男性の理解が確実に追いついていたかと言うと……正直微妙なところ。共働きが主流の時代と言っても、家庭の在り方は皆事情があって何が正解、不正解もないと私は思う。夫が亭主関白でもいいから専業主婦をしたい女性もいれば、働き続けたいから家事育児は折半が当たり前でありたい女性もいるだろう。最近は後者が多いのだろうけど。

ただ、キャリアを優先したかった元奥さんとサカズキさんは考えが合わなかった……。それだけは確かなんだろう。

「でもまぁ、今のところ私は何も言われてないし。ほら、スマホとかも勝手に見られた事もないし」

実際にそろそろ1ヶ月半ぐらいになるが、お付き合いしていて違和感を感じたり嫌だと思うような事は一度もない。勿論、持ち物を勝手に触るような事もないし、逐一誰と何処で会ったのか詳しく聞いてくる事もない。至って普通なはずなのに、妙な先入観が来てしまって彼に罪悪感すらも感じてしまう。やっぱり、離婚原因なんて聞かなきゃ良かったんだろうか。

「“付き合ってる時”はそうでしょう。結婚したら豹変したりしてね。ヒナ、想定内」

「ヒナぁ〜……」

冷静に分析してくる彼女に「いじわる」と一言溢しそうになる。だが客観的に見れば彼女の見解は至って当然かもしれない。サカズキさんもそうだろうけど、奥さんも離婚したくなる程の原因があった訳だ。いつでも赤の他人になれる今の私達の“お付き合い”の関係性では、彼の本心や本性はまだ隠れ蓑に隠されていてもおかしくないのだろう。

ーーーでも、でも。
それでも彼を信じていたい、愛していたいと思うのは私の我儘なんだろうか。20年も前の話だ、元奥さんと私はまた違うって思うのは都合のいい事?そもそも、私は現在の彼を好きになって付き合ったのだ。私にだって過去の恋愛の一つや二つあるし、それはお互い様ではないか。

「いい?ベル。何か困ったり、DV紛いな事されたらすぐ言うのよ?あなたを泣かせたら絶対承知しないんだから」

「DVって……。サカズキさんはそんな事しないもん」

「どおりでバツがついてた訳だわ。ヒナ、納得」

「……」

皆、過去のお付き合い遍歴は大して気にも留めないのに、戸籍にバツがついただけで散々な言い様だ。色んな事情があるのに何か欠陥があるのではと探られる。ヒナが友人として曲がりなりにも私を心配してくれてるのは助かるが、未だにサカズキさんの事を余りよく
思ってないのが辛くて話題を変えてしまった。


□□□□□


ーーー次の日の土曜。

最近は東京観光にハマって土曜の午後から出かけた後、帰ってきてから彼の家でお互い自由に過ごしている。テレビを観たり彼は趣味だと言っていた盆栽の手入れをしていたのでそっとしておいたのだが、夕飯の材料を揃えに外出するため、リビングからそっと畳間の方に話しかける。

「サカズキさん、お買い物行ってきてもいいですか?」

「……わしも行くが」

「いえ、続きしてていいですよ。買う物も少ないですし」

せっかくご趣味の剪定を始められたのに多少の買い物如きで止めるのも申し訳ない。外用のカーディガンを着つつバックの中を整理をして、スマホの画面の買う物リストをもう一度チェックする。今夜の夕飯の材料とキッチンペーパー。マイバッグも持参したし、いざ参ろうと玄関先に向かう前にもう一度。

「早く戻ってきますから」

「気ィつけえよ」

座られていたはずなのにいつの間にか畳間の襖近くまで来られている。玄関先までは来られないので見送りというには大袈裟なんだけど、私が1人で外出する時は必ず作業の手を止められて面と向かう。最初は律儀な人だと思っていたけど、昨晩のヒナとの話が脳裏を過って、

「(どんな格好で外に出ているのか、チェックしてるのかな…)」

何て事のない日常に、被害妄想的な思考が渦巻いてきたので考えるのをやめたいのに、エントランスから出てとぼとぼとスーパーに向かって歩きながら、今までのサカズキさんとの土日の過ごし方を振り返る。

亭主関白と言われて何が当てはまりそうかと言えば、例えば料理はあまりご自分から作るタイプではないかな。外食が多いと仰ってたので手料理の方が新鮮かと思い、私が勝手に振る舞っていると言えばそうだが。私が作ったご飯に関しては一言旨い、と毎回仰って綺麗に残さず食べてくれてる。それが嬉しくてまた作ってしまう。
食事をする時、ご飯のおかわりは私がよそうし、食べ終わっても片付けるのは私だったり。茶ぁ淹れてくれ、とよく言われるので仰る通りに出すし、食事をする時も彼が食べ出してから食べる。別にそうしろと言われた訳でもないので、私が勝手にやっている事を受け入れてらっしゃるだけと言えばそう。うーん、九州の実家で母と暮らしてる時と何ら変わりがなくて違和感がそこまでない。

「(あれ?亭主関白ってなんだっけ?)」

スマホを取り出して調べれば、態度が大きい、家事育児は奥さん任せ、いつも自分が正しいと思っているなどなど。
サカズキさんは態度は大きくも小さくないし、家事は私任せではあるが(特に料理)、いつも自分が正しいと思ってる……いやぁ、そこまで考えが凝り固まってるとも言えない。
束縛は未だ未知数ではあるけど、亭主関白度は受け入れられない程ではない。結婚したら豹変するのではとヒナに言われたが、だったらその片鱗がそろそろ見え隠れしててもおかしくないはずだ。

やっぱり私には、サカズキさんが元奥さんを束縛してたという事自体信じられないし、たとえそうだったとしても何か明確な“理由”がなければこの人はしないのではと擁護する側に回ってしまう。
本当ならサカズキさんに離婚原因を直接聞いてみればいいのに、話したいと思えない自分がいる。正直な話、元奥さんに対する嫉妬もある、ただそれ以上に。私の知らないサカズキさんを知るのが少し、怖い。

「あ」

ぼーっとスーパーで少ない買い物をしていたら、いつの間にかサカズキさんのマンションの目の前の信号までたどり着いてしまった。
いつまでもうだうだと考える自分が嫌になって、とにかく考えるのをやめた。私にも過去があるように、彼にも過去があったってだけ。もうやめよう。むやみやたらに詮索してしまうのは。


束縛。
(過去の愛を掘り返すべからず)

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