20古傷
「え!箱根ですか?」
「あぁ、大型連休入る前に一泊行ってみらんか?」
「ぜひ!行きたいです」
満開だった春の桜が散ってきたこの頃。
時と場所は決めた。少し急な旅行の誘いにはなったが、快く受けてくれて安堵する。
「旅館はもう予約したけ、観光で回りたい場所探しちょれ」
「え、そこまでして頂いたなんて恐縮です。サカズキさんは何処か回りたい場所あります?」
お前が居れば何処でも。と言いそうになってやめた。
箱根は一度ボルサリーノやテンセイとも行った事があり、大抵の観光場所は回った事はあるが……そう言えばあの黒卵が美味かった覚えがある。
「大涌谷に黒卵があるじゃろう?あれをまた喰うてみたい」
「いいですねえ黒卵!ロープウェイで行くんでしたっけ?」
ベルも高校の修学旅行で一度箱根には行った事はあるらしい。ただ10年以上も前の話でうろ覚えな部分も多いので楽しみだと言い、早速本屋でムック本を買いに行こうと誘われる。此方の気も知らんで呑気なものだが、まあそっちの方がサプライズにもなるかと思い、何気ないこの会話を愉しむ事にした。
□□□□□
久方振りに見た旧友の顔に頭突きでもしたい気分だった。いつもの御用達居酒屋で待ち合わせをして、ニヤついたグラサンが自分の顔を見て一言。
「絶好調じゃありゃせんかサカズキ」
「バカタレ。お前の差し金じゃったらしいのう、余計な事しやがって」
「ありゃ、バレてもうたか」
「テンセイ、ヒナの動向調査してた記録わっしが揉み消したんだからねェ〜?感謝しないさいよォ、ったく〜」
以前ベルに問い質してテンセイとの関わりを白状させると、どうもテンセイがヒナと彼女がよく飲みにいく居酒屋に先回りして待ち伏せていたらしい。自分がその当時飲みの付き合いが悪いからって、ならばベルの本心を擽って進展させようと茶々を入れていた、と。結果、個人的には有り難い話で彼女とは順調にいったが、国家権力を私用に使うなとあれほど忠告しておいたというのに。ボルサリーノのお陰でセンゴクさんまで報告が上がらんで済んだが、全くヒヤヒヤさせやがる。
「そりゃああのお嬢さんがお前の事好いとう好いとう言うちょるけェ、ケツ叩いただけじゃ。お前は何か知らんが連絡もせんで日和っとるし、むしろ感謝状贈られたいわい」
「………」
ぐうの音も出ん。
コイツのお節介焼きのお陰でベルからのバレンタインチョコの贈り物があり、結ばれたのは事実。もしあれがなければ今頃勝手に失恋してあーだこーだと愚痴を溢していただろう。
「どうせ歳が、バツイチがとか下らん事考えとったんじゃろ?な?大当たりじゃろ?」
「ハァ……こいつは本当にいけ好かん。ボルサリーノ、しごうたれ(ボコボコにしろ)」
洞察力は恐らく自分よりは上。犯罪捜査局の局長ともあればその道のスペシャリスト。何より同郷の旧友じゃ自分が何を思いどのような行動に移すかは手に取るように分かったのだろう。テンセイの随分手際の良いアシストに感謝と嫌味を持ちつつ、ボルサリーノに助けを求めるとやれやれと呆れた顔して答えられた。
「まぁまぁ、付き合って早々じゃお楽しみだろうから、わっしもテンセイもここ最近気を利かせてたんだよォ?たまにはいい話聞かせてくれよォ〜、その子の話」
「別にありゃせん。普通じゃ、普通」
「普通ねェ……」
50も超えたおっさんの惚気話程聞き苦しい物はないし、彼女の沽券が下がる様な事も言いたくはなかった。実際、恋人同士としては至って普通に過ごしているので、言われるまでもないのだが。
「アッチも普通か?」
「………」
やっぱり自分がコイツを一発しごいて(ボコボコにして)やろうと横にいたテンセイの胸倉を軽く片手で掴むと、ガシッと仲裁役としてボルサリーノの腕が自分を掴む。
「おっと、やめなさいよォ?喧嘩は自宅でしなァ?帰るかァ?お前ら」
自分らの立場考えなさいよォ、とボルサリーノがグラサンの奥でガチギレしそうな目になって、渋々ではあるがやっと矛先を収めた。テンセイも珍しく吸っていた煙草を落として冷や汗を搔いている。昔からコイツがキレるのが実は一番、面倒だからだ。
□□□□□
気を取り直して酒もそこそこ掻っ払った処で、ふと、彼女の事で気になった面を話した。下品な話は断るが、この話なら構わないだろう。
「地方の異動がもしあったらよ、ついて来るか?と聞きゃあ上手い具合にはぐらかされたわい」
「そりゃそうじゃろ。女もキャリアがあるんで?東京の事務官じゃったら700以上は堅い」
年収700万。いくら物価高といっても東京で女一人、独り身で暮らすなら十分な収入だろう。同年代の男より幾分か稼ぎの良い身分で、職が安定している公務員ならば、そりゃ安易について行きますとは言えないか。そこだけが少し懸念すべき処というか、いずれぶち当たる壁である。20年前の昔も、確かこんな話をしていた気がする。
「キャリアか……」
「ま、どの道お前と一緒になるなら転勤は避けては通れん話じゃ。必ずしも東京に戻れる保証もあるまい」
生憎自分も上の命令があれば地方でも何処でも転勤を受け入れざるを得ない。今年は運良く東京に残留できたが、彼女と話していた通り、ボルサリーノのように年度途中でも急な出向さえ余儀なくされる事もある。
「あぁ……わかっちょるわ」
「そういう踏み込んだ話はしねェのかい?君もまさかこのままのつもりはねェんだろォ?」
勿論このままのつもりはない。
だからこそ、ダイヤだけ先に購入して今度の箱根旅行で渡そうと思っている。ベルとなら、人生の伴侶として歩んでいきたいと思ったからこそ。一度は失敗して諦めて腐っていたが、彼女に出逢ったお陰で自分も新しい道を進もうとやっと腰を上げる事ができた。
「そのうちするつもりじゃ。ずるずる引っ張ってもどうしようもないけェのう」
「おぉ、それがええ。あのお嬢さんじゃったら断らんじゃろ。ええ話期待しとるぞ」
「しかし、どんな子か会ってみたいねェ〜。テンセイだけ先に会ってたなんて聞いてねェよォわっし」
「いかにも、っちゅう娘じゃ。色が白うて、可愛いらしい。案外胸もあったのう、ハハ」
「……お前のすけべ根性はどうにかならんのか」
ぶん殴るとボルサリーノがキレるので思いっきりテンセイの右頬を抓ってやる。おっさんがおっさんの頬を抓るなんぞ気色悪い事この上ないが、それでも制裁は少しでも加えたいので手段を選ばず。痛がるテンセイの顔を拝めただけでもまぁよしとしよう。
「ぐぉ……なんひゃい、格好ふけほって。ぬぅ、今頃おまへの唾だらへにひちょる癖に」
「羨ましいならそう言え」
「やめなさいよォ、二人共」
はたまたボルサリーノの地雷を踏みそうになったのでぶち切れる前に抓っていた手を離す。やれやれとまた呆れた声で仕方ない奴らだねェと溢される。文句ならテンセイのみに言って欲しいもんだ。煽ってくるのはいつもコイツなのに。
「そういやァ、サカズキ〜。これは全然どうでもいい話なんだけどもォ〜……」
「どうした、ボルサリーノ」
グラスに入っていたビールがなくなり、店員にテンセイの分も含めてもう二杯頼もうとした処だった。ボルサリーノから唐突に話題を振られ、注文用タブレットに触る手を止める。
「ほらぁ、年末に京都で君の元奥さん見たって言っただろォ〜?」
「おい、ボルサリーノ。せっかくの話に水を差すな、バカタレめが」
こういう時だけは気を利かせるテンセイ。良い奴なのか悪い奴なのか数十年の付き合いだが未だによく分からん。とは言ってもだ、ボルサリーノもあからさまに水を差す話をわざわざ持って来る事はあまりない。何事かと静かに聞くと、意外な事実を聞いて閉口する。
「そうじゃなくってェ二人共、聞いてよォ。わっしが言いたいのは横にいた旦那さんの事でねェ。昨日見たんだよねェ……東京地検の付近で」
元嫁の今の旦那がわざわざ東京地検の付近にいた?一体何のために?
そもそもボルサリーノが年末に京都駅で見かけたと言うのならてっきり京都を拠点にしているはずだと思っていたが、たまたま東京地検に用があったという事であろうか。いまいち釈然としない内容で自分もテンセイも首を傾げる。
「あぁ?何でじゃ。検察官か何かか?」
「と思ったんだけどもォ、あの様子じゃ人探ししてるみたいでねェ……」
どうやら、何かメモらしき見つめながら東京地検の入り口近くをウロウロしていたらしい。迷子にしては今時スマホがあれば検索できるだろうし、道が分からないのであれば地検から出てくる人間に一声かければよいものを。話を聞く限りただの変質者のような振る舞いだが、元嫁が選びそうな男がそんな人間とは到底思えないが。
「なんじゃそいつ、サカズキに今更カチコミかける気なんか?」
あれから20年経ったのにか?馬鹿馬鹿しい。
「じゃったら地検じゃのうて警察庁の方に来るじゃろ。わしぁ何のお呼びもありゃせんぞ」
そもそもあの離婚の件では向こうではなくて、此方がむしろカチコミかけたいぐらいの話だと言うのに。あぁ、折角良い気分で酔っていたのに、ボルサリーノのせいで台無しだ。やっぱり水差しだ、立派なこれは。
「だとしても最後の方に元嫁掻っ攫ったのは向こうの方だろォ?今更君に何の用かと思ってねェ〜」
「あーやめじゃやめじゃ。そがいな話やめえ」
その親父が何故話に出てきたかは知らんが、必然的にあの不細工な元嫁を思い出してきて至極不愉快だ。不可解な行動しやがって、文句があるのは此方もそう。ぶん殴りたいのなら堂々と来い、20年振りに此方だってやり返しちゃるわい。
「便所行ってくるわい」
自分が用足ししてる間には、話題をさっさと変えておけと暗に二人に空気を読ませる。ボルサリーノには一部始終を話してはいたが、テンセイは揶揄ってきそうで言わなかったツケが今来てるだけだ。どうせ今頃酒の肴にして二人して嗤っているんだろう。あぁ、こんな時にこそベルの笑顔に癒されたい。
サカズキが席を外した後、案の定テンセイはボルサリーノから当時の話を詳しく聞いていた。
「掻っ攫ったって……何じゃ、あの元嫁浮気しちょったんか?」
「おぉ?テンセイは知らなかったかァ?調停まで行ったんだよォ?サカズキ」
「えらい拗れとったんか。そりゃ知らんかったわい」
通常、夫婦同士の話し合いだけで決める協議離婚がほとんどなのだが、離婚条件で話がまとまらない場合は弁護士に依頼するとかなりの割合で調停離婚となる。調停は大体半年〜1年近くかかるので、逆算するとサカズキは結婚して数ヶ月で元嫁と揉めたという事になる。
「元嫁さんも、ご法度なんだけど調停の最後の方には今の旦那と付き合ってたらしい。出会いはもっとその前だろうからねェ〜……まぁ当時、サカズキの束縛がエスカレートしてたのもそれが原因なんだけどもォ」
「ほう」
「キャリアに理解ある旦那さんだったと。サカズキとはよくも悪くも正反対。だからこそ、許せないのさ」
「ばったり遭ったらぶん殴らんとええがのう、あいつ」
「だからわっし、一応前もって警告しといたんだよォ?傷口に塩を塗るけども」
「ハハ、わしらええダチじゃのう。ほんと感謝して欲しいわい」
「お前はちょっと口を慎みなァ、テンセイ」
古傷。
(束縛の理由)
- 21 -
*前次#
ページ: