21新たな家族
旅行当日。
幸運にも快晴に恵まれて新宿から電車に乗り箱根湯本駅で降りる。登山列車に乗り換えるとちらほらまだ散り終わっていない桜が残っていて綺麗だった。
サカズキさんからは車を出そうかと仰って頂いたけれど、箱根は渋滞も多いし一泊二日なら電車で十分だと思ってお断りさせて貰った。途中、何だか不倫旅行みたいですねと冗談ぽく言うと、ドラマの観過ぎだと彼に少し怒られる。まぁ、周りの観光客も意外と若い人ばかりと言うよりは、外国人観光客やご年配の方も多いように見られた。
「わ、富士山ちょっと見えましたよサカズキさん」
「運が良かったのう」
大涌谷にまで登るロープウェイの中で富士山の山頂部分が覗く事が出来て車内が少しどよめく。箱根の天気は変わりやすいらしいので、今日はラッキーだった。他の乗客もスマホ片手に写真を撮り、車内からでも大勢の視線を奪う程の斜面の白煙の迫力が窺える絶景だったが、大涌谷駅に到着すると雪化粧をした富士山に圧倒されて感動した。観光地らしく、人々で賑わう様子は何処も同じで、景色を背景に写真を撮ったり有名を黒卵を食べている人もちらほら。
大涌谷駅付近でサカズキさんお目当ての黒卵も購入し、お互い1つずつ頬張る。普通のゆで卵とは味もそこまで変わらないはずなのに、何故かこういう観光地で食べるものは美味しく感じるものなのか。彼もご満足のようで機嫌が良さそう。
「ほう、やっぱり旨い」
「お土産に買います?消費期限も月曜にお渡しするならギリ間に合うでしょうし。ほら、ご友人のボルサリーノさんとか」
「おん。ボルサリーノは5個入で、テンセイは3個入でええじゃろ」
「何ですか、その微妙な差」
地味にテンセイさんには辛辣なのがまた。お会いした事はないが、ボルサリーノさんというご友人は幼馴染でご兄弟がおられないお二人にとっては本当の兄弟のようなお付き合いだったとか。一方、テンセイさんとは中学校時代からの同級生だったらしい。多分、そういうお付き合いの長さの差というより、性格的な処もあるんだろう。話だけ聞いていても、彼が悪態ついてるのはテンセイさんの方が多いし。
……中学校時代のサカズキさんかぁ。
「若い頃のサカズキさんの写真、見てみたいなぁ。ないんですか?卒業アルバムとか」
「あるが、断る」
「なんで」
即お断りされたので食いつく。彼がちゃんと卒業アルバムを遺してあるのは意外だったが、快く見せてくれないらしい。理由は単に恥ずかしいから、と。そんなに恥ずかしがらなくても、こんなに格好いいんだからモテてたと思うんだけどなぁ。クラスの一番可愛い子から好かれてそうなのに。
「だって、絶対イケメンだと思うんですよね。今もイケオジなんだから若い頃はもっと……」
サカズキさんには呆れた顔で見られるけれど、私は本気でそう思ってるのだから仕方ない。今だから正直に思うけれど、50代とは思えないポテンシャルをお持ちでよく再婚されてなかったなぁって。言い寄ってくる女性の一人や二人いてもおかしくないとは思うけれど、勿論彼はそういう浮いた話は一つもしてくれないので想像するしかないのだが。
「ほんと、物好きじゃのう。お前……」
「ちぇ。勝手に探しちゃおうかな、今度サカズキさん家に行ったら」
あの広いお部屋の中を探すのはなかなか骨が折れそうだが、何処かにお宝が眠っているのかもしれない。実際に他人様の家でそんな失礼な事はしないが、冗談で言ってみると彼も本気で探されると思って反論される。
「ほんなら、お前も卒アル持ってくりゃ交換してやるわい」
「え。やだ、恥ずかしい」
「ほら、そういう事っちゃ」
自分はダメだが相手には見せろとは罷り通らんぞ、と諭される。仰る通りではあるのだが、冴えない私の学生時代よりサカズキさんの勇ましそうな学生時代を一目見たかったなぁ。
食べた黒卵の袋を鞄に入れてると、隣にいた外国人女性に写真を撮ってくれと頼まれて引き受ける。ならば此方もサカズキさんと記念に1枚撮って貰おうとすると、少し恥ずかしがる彼であったが何とか絶景の富士山を背景に一緒に写ってくれた。
□□□□□
大涌谷、芦ノ湖の海賊船に乗って一通り観光地を回った後、サカズキさんにあらかじめ取って頂いた旅館に向かった。時間も押していたので、部屋にはすぐに行かずに先に夕食を頂く事に。旅館に到着すると、如何にも品の良さそうな女将さんが出迎えてくれてルームドリンクを頂いて、食事処も上品な個室を設定してくれていた。懐石料理は箱根の山菜のもの、相模湾から採れるお刺身など普段は味わえない美味しいものばかり頂いた。美味しいものって何でこんなに幸せになれるのだろう。
ーーーしかしまぁ、何というか。
「サカズキさん、凄く素敵な宿を取られてて大変恐縮なのですが」
「ん?普通じゃろ」
五つ星ホテルを普通と言ったら何が普通で、どれが普通じゃなくなるのだろう。女将さんに部屋まで案内して頂く間に話しかけると、本人は仰る通り至って普通の反応。館の廊下も畳仕様だし景観だって落ち着いたインテリア家具で敷き詰められていて、食事も本当に美味しかったし、かなり贅沢な仕様。宿泊費をせめて半分負担させて下さいと気軽に言える関係性ならいいんだけど、これだけ歳が離れるとどうもそれも言いにくい。今回はとにかくお言葉に甘えて、別の場面で何かお返ししなければ。
女将さんに案内された部屋に入ると、まずは部屋の奥に一面に拡がる山間と箱根の街の景色に圧倒される。
「わぁ……」
日が暮れて既に暗くなってきたが、チラホラと見える街の灯りと周りを囲む山々が綺麗で、きっと日が差してからも見物ではあるのだろう。東京ではなかなかお目にかかれない景色、箱根の醍醐味と言ってもよいだろう。
「絶景ですね!」
「あぁ」
荷解きも程々に、もっと近くに行って窓から景色を眺める。富士山の絶景も見れて、今日は本当にラッキーだった。何はともあれ、愛しい人と過ごせた時間が楽しくて幸せなものだと知れたから。つい数ヶ月前は、土日はあれほど家計簿とにらめっこするのが楽しくて仕方ない、って思ってたのになぁ。人って変わるものだ。これもきっと、この人に出逢えたからこそ。
「ふふ。こんな素敵な景色見ながらサカズキさんと一緒にいれて……幸せです」
「……」
「サカズキさん?」
後ろで旅行バックをゴソゴソと漁ってた彼が、何か取り出して此方へ向かってきた。黒い正方形の箱だった、それも立派な。
「ベル」
「はい?」
「結婚してくれんか」
ーーー聞き間違いですか。
と言いそうになったのを咄嗟に止めて正解だった。いつになく真剣な表情で、差し出されたその箱を開けるとプロポーズそのものの綺麗なダイヤだったの思わずで閉口してしまう。衝撃過ぎて、頭に一番浮かんでしまった言葉が素っ頓狂だったかもしれない。
「え。い、いいんですか?私で……」
「いや、それはむしろ此方の台詞じゃが」
若干苦い顔をされる。確かに私が良いからプロポーズしてるのであって、此方としてはYESかNOか言わなきゃいけないのに聞き返すなんて……あぁ、もう!プロポーズなんて初めてだから頭の中が混乱してしまう。私の慌てた様子を見て、落ち着けと少し頭を撫でてくださった。お恥ずかしい。
「歳の差も気になる事はあるかもしれんが……わしが徹底的に守るけェ。必ず幸せにする」
「……はい、よろしくお願いします」
ダイヤの入った箱を頂いて、思わず涙が溢れてしまった。嘘じゃないんだよね、私サカズキさんにプロポーズされたんだ。心の奥底ではどこか諦めてた幸せだったので、実感が湧かないが徐々に込み上げる嬉しさを隠せなかった。
「あ。いえ、嬉しくて」
「………」
決して哀しみからの涙ではない事はわかっていらっしゃるとは思うが、一応弁明する。手を引かれて、近くのソファに座るように促されて従うと、ぎゅっと抱き締められた。あぁ、やっぱり彼の腕の中は凄く落ち着く。
「サカズキさんはもう、結婚なんて二度としないって思ってたから」
「……すまん。気ィ遣わせた」
直接、結婚なんて考えられないと言われた訳でもない。だけど一度離婚した事実が彼を苦しめるものだったなら、一緒にいれるだけでも十分だと思っていた。期待しすぎても上手くいくでもないし、私は元々一人で生きていくと決めていたから、サカズキさんが横にいてくれるだけで贅沢な幸せを味わっていこうと思ってた。ヒナが言ってた離婚事由も脳裏に過ったが、今日まで彼の行動や言動で嫌だと思った事なんて一度もない。
それに何より、サカズキさんに束縛されるなら本望かもしれない。豹変したって構わない。全部この人を受け入れたい。
「綺麗なダイヤ……」
「指輪のサイズも好きそうな柄もよう分からんけェ。今度買いに行かんか」
「ええ。ぜひ」
ダイヤの大きさについてはよく知らないが、何だか大きい気がする。婚約指輪にこのダイヤを着けるらしい。確かに、人によってはサイズも変わるし好きな柄も違うので先にダイヤだけをプロポーズでプレゼントする人も多いそう。光り輝くダイヤを見つめていると、一度離れたサカズキさんが少し言いにくそうに口を開いた。
「一応聞くが」
「はい?」
「お前も知っての通り、わしぁ遠方へ転勤の可能性があるけェ……今はお互い本庁勤務じゃけェ都合がええが」
「あ、確かにそうでしたよね」
それ気にされてたんだ。でも仰る通り、私が都内でしか異動はないしサカズキさんも必ずしも東京にいる保証もないなら、運が悪ければすれ違ってずっと別居婚という形を取らざるを得ないかもしれない。思い描いていた結婚とは遠のいてしまうので、かなり重要な話にはなってくる。突然の出向も余儀なくされる事もあるって仰っていたし。
どうしよう。何て言えば。サカズキさんは私にどうして欲しいんだろう。
「金の面で不自由はさせん。できるならついて来て欲しい思うとるが……不満か?」
それを聞いて正直、安堵してしまった。今まで積み上げてきたキャリアを失くすのは確かに辛いけれど、それ以上にサカズキさんとは離れたくない。彼の転勤先で私が仕事を探そうと思っても、資格なし免許なしの公務員上がりじゃ碌な仕事が見つかるかどうかも怪しいし、せいぜいパートで雇ってくれたら御の字だろう。
経済的に甘えてしまう事は大変心苦しいが、できるだけ負担をかけないように節約しなければ。
「いえ……大変、勿体無いお言葉です。是非、ついていきたいです。あなたが良ければ」
「ほうか」
「サカズキさんが本当に転勤されるまでは、今のまま働いてても良いですか?」
「勿論。それは構わん」
取り敢えず向こう1年はお互い本庁勤務だろうから、今の生活のままが暫く続くだろう。心配事がひとつ減ったからか、また彼の胸の中に飛び込むと快く受け入れてくれる。どうしてか分からないけれど、サカズキさんの匂い落ち着くのよね。
「ふふ、幸せだなぁ……」
「あぁ」
ぽんぽんと背中を優しく叩かれて、彼もひとつ軽い溜め息。旅館を予約して頂いたり、プロポーズの言葉考えたりで疲れたかな。有り難く感じるその苦労に感謝していると、ぽつりと彼の口から出てきた言葉に良い意味で現実に戻される。
「お前の母親にも挨拶せにゃならんの」
「あ……大丈夫かなぁ、ウチの母」
彼の詳細を伝えたら多分驚く……いや、絶対驚く。母の反応が容易に想像出来て少しげんなりしてしまったが、サカズキさんとなら乗り越えられるのではと淡い期待を抱いてしまう。ふと、自分の母の話を振られて今なら聞いてみようと思う、彼のご家族の話。
「そういえばサカズキさんのご両親は?」
「もう既にこの世にはおらん。血の繋がった兄弟もおらんけェ、取り敢えずはお前の母親じゃな」
ご両親、既に亡くなられてたんだ。彼の年齢的にもいらっしゃらなくても不思議ではないが、ご兄弟もいなく天涯孤独の身だとは知らなかった。だから専らご友人の話が多くて、ご家族の話も余りされなかったと思うと、妙に納得してしまう。
あぁ、何だかもういじらしくてキスしたくなる。
「式や入籍も、ええ日をぼちぼち考えとれ」
「はい。周囲に伝える時はお互い揃えたほうがいいですよね」
「ほうじゃの。まぁ、まずは挨拶が済んでからじゃ」
幸せすぎてキスが止まない。彼の頬に啄むようなキスを楽しんでると、向きを変えて舌が割って入ってきた。歯列を丁寧になぞられて、何か、いつもよりちょっと激しい。もぞもぞと胸元やお尻あたりを触る手が厭らしくもあり嬉しくもあり……。風呂入るか、と一言呟かれてかぁぁっと背筋から頭の方まで一気に血が昇った気がした。
部屋に入った時、右手の方にチラリと見えた豪華な客室露天風呂。気恥ずかしくて敢えて突っ込まなかったけれど、そういう事よね。旅行に来てる時点でまぁ、そういう事なんでしょうけど。
「ね、サカズキさん」
「ん?」
今まさに私を食べるようなキスをしてくる彼に、ちょっと意地悪な事を言ってみると即答されてしまった。
「露天風呂は明るいから一緒は嫌って言ったら……怒る?」
「怒る」
新たな家族。
(タオル巻くもん)
(無駄な足掻きじゃ、諦めろ)
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