23サボり場所
昼休憩の午後、日比谷公園。
最近の東京の四月はもう既に、暑い。どうして5月初旬なのに28℃もあるのか。
昨日の晩から母に電話していたがなかなか出てくれず、どうしたものかと思いきや午前の就業中に3件も着信があっていそいそと東京地検から出る。いつもはお昼を職場で食べて済ませているけれど、今日はのんびり公園で済ませてもいいだろう。母への折り返しの電話もしなければなるまい。
あまり人気のない処で電話は済ませたい。ゆっくり座れそうなベンチを探して腰を落ち着かせて、スマホを取り出す。
1mは離れた横隣の大きなベンチでは、なかなかガタイのいいアイマスクをしたおじさんが若干いびきを掻いて、横たわって眠っていた。ホームレスか?と突っ込みたくなったのだが、着ている服を見る限り高級感があるスーツなのでそうでは無さそう。まぁ何にせよ、寝ているなら此方の話も聴こえないはずだ。
電話をかけてみるとやっと母に繋がり、会ってほしい人がいると伝える。
「は?」
「いや。だけん、その……警察庁の局長さんでお母さんと同じ53歳なんよ。サカズキさんて言うの」
早速母に、公園とは言え誰に聞かれてるかも分からないので小さな声でサカズキさんの事を伝えると、案の定聞き返される程驚いた様子だった。いや、確かに親になった事のない私でも気持ちはわかるが、肝心はここでへこたれない事だ。
「あんた。えらいの捕まえてきたね」
「確かに年齢差はあるよ?でも、痴漢事件で助けてくれて……人柄に惹かれたの!」
痴漢事件に遭った事も当初、母には心配かけたくなくてあまり伝えたくはなかったが、事件後に一応事の詳細は伝えておいた。隙があるだの何だの何故か被害者の私が怒られたが、助けてくれた人(サカズキさん)にはきちんとお礼はしときなさいとも言われていた。まさかその繋がりでプロポーズまで進展するとは思わなかっただろう。
正直、年齢差やバツイチが理由で会う事すら猛反対するのでは、とびくびくしていたが案外母は電話では寛容だった。
「まぁいいわ。何にせよ、会ってみらんと分からんけん、連れて来んしゃい。次の土曜でも、福岡の観光も兼ねておいで」
「う、うん。ごめん、びっくりさせて」
「いいよ、いつか来ると思っとったし。それよりあんた、仕事中やったんやろ?そろそろ切るばい?」
無事に電話は済んだ。自分の親だと言うのにこんなに電話だけで緊張したのは初めてかもしれない。母は未婚のまま私を産んだ人だ。勿論、結婚の挨拶もした事はないだろうしされた事もないだろう。大変失礼かもしれないが、初めて娘が連れてやってくる男性がサカズキさんなんて、きっと吃驚するだろうし激昂してもおかしくはない。電話では落ち着いてたけど、内心ではどう思っているのか気が気でなかった。
たとえ母が反対しても、私はサカズキさんと一緒になりたい。
この事だけは譲れない想いだ。母には是非とも、この結婚を認めて欲しい。
この間、富士山を背景に撮ったサカズキさんとの写真を眺める。箱根旅行楽しかったなぁ、プロポーズされるなんて思いもしなかったけれど。思いを馳せるとどうしてもあの夜の事を思い出してしまい、何だか恥ずかしくて居た堪れなくなる。だってあの人、ひとつひとつ関係性の枠を超えた途端、えらく情熱的過ぎるんだもの。びっくりする。普段のあの冷静さは何処にいったんだと突っ込みたいぐらい。
「……(でも、死ぬほど気持ちよかったんだよなぁ)」
あぁ、だめだだめだ!自然とにやけてしまう。まだ仕事は終わってないんだ、気を引き締めなければ。
家から持ってきたお弁当をさっさと食べて、職場に戻るかとバックの中からお弁当を出そうとしている最中だった。
目の前を通りすがっていたとあるスーツの男性が、一度此方を見てじっとされていたので、何か私おかしいかしらと思って身なりを整える。え、そんなに気持ち悪くにやにやしてたかな。不審者扱いされる?数秒経ってもその男性はその場から動かないので、痺れを切らしてまた視線をやった。
かちっとした黒いスーツに、スマートな見た目で清潔感がある。髪は少し白髪交じりであるが、短髪で綺麗に整えられており、如何にも今風のイケオジ。芸能人のほら、名前誰だっけ、あの人に似てる。年齢も背丈も、サカズキさんと同じ位だろうか。
「ベル……?か?」
「え?……」
いきなり名前で呼ばれて驚く。
白昼堂々ナンパか?と思って身構えていたが、ナンパならば私の名前を知らないはずだ。誰だろう。ヒナのお父さんとか?いや、会った事もない。親戚のおじさんなんてもう70歳は超えてるし、そもそも東京にいるはずないのに。
「あの。失礼ですが、ど、どちらさまですか?」
「………」
□□□□□
嘘だ。
「ち、ち……おや?」
「あぁ」
頭がうまく追いつかない。
父親?父親って、私のもう一人の親。名前を聞けば確かに、母が昔言っていた父親の名前に該当してた。つまりこの人は。
ーーー31年前に私と、母を捨てた人。
「少し、話したい事があるんだ。座ってくれないか」
「話す事なんてありません」
「!?待ってくれ……!」
沸々と湧き上がる怒りを抑えられなかった。急な事で頭は追いつかないけれど、とにかくこの人は私にとって“敵”である事だけは明確だった。その昔、私を身籠った母に中絶を迫り、養育費も払わない、顔も見たことも無いクソみたいな生物学上だけの“父親”ーーー。
この人が母を捨てなかったら……!私を捨てなかったら……!今まで遭ってきた理不尽な恨み辛みが湧いてきて、とにかくその場を離れようとしたが腕を掴まれて阻まれる。勿論振り払って少し大袈裟かもしれないが、大声を出した。ここから早く、消えてほしい……!
「気安く触らんでください…!私に父親はいません、戸籍にも載っていません!」
「言いたい事はわかる。だが」
「警察呼びますよ?もっと大声出してもいいですが」
「話を聞いてくれ、頼む……!」
「あらら……ちょっと待った」
最後は頭を下げだした“父親”。死んでも話なんて聞くものかと憤慨していると、隣のベンチで眠っていたはずのアイマスクおじさんから制止の声が横切る。気だるそうに身体を起こして、アイマスクを取った顔を拝んで初めて気づく。この人、何処かで見た気がする。
「警察なら俺がそうだが。まぁまぁ、ちょっと落ち着いておっさんの話聞いてみなさいや、お姉さ……んぁ?」
「あなたが警察?」
確かこの人、いつか私が警察庁周りをウロウロしていた時に、警察庁の入り口付近で部下に“局長”と呼ばれてたやる気のない人だった。名前が……全く思い出せないけれど。
「おっさん、このお姉さんの父親ってマジ?」
「っ……!」
ーーーやめて。
“父親”なんかじゃない。この人はただの他人。
どうしてか、無性に恥ずかしさと苛立ちが込み上げてくる。ここに大人しくいる必要もない。私はバックを持ってそこから公園の外へ向かって走って逃げ出した。私には関係ない、ただ知らないおっさんから話しかけられただけ。全力疾走したのなんて何年ぶりだろうか。
「ベル!」
「あらら、行っちゃった……」
引き止める声がしたが振り切った。
どうして今更、何をしに今更会いにきたのか。不可解な事だらけではあったがもう二度と会いたくない。頭が未だに混乱していて地検の建物の中に入っても動悸が収まらず、手が少し震える。
「(お母さん……)」
幼い頃、子どもながらに父の事を尋ねた時の母の顔を思い出す。何処か遠くを見つめて、母はとにかく悪態をついて父の悪口ばかり言っていた。確かに会った事もないし、私の存在がいらなかったからこそ中絶を迫ったぐらいだ。母の気持ちはわかる、でも。
この広い世界で、しかも人口が1400万人もいる東京の街中で偶然出会う事って普通なくない?あれから30年も経ったのに、成長した娘の顔をピンポイントに当て出会う確率っていくつなんだろう。どうして私が分かった?どうして私の名前さえも。
そう考えると行き着く先は、母が父と未だ繋がっていたのではないかと言う疑問だった。でなければ、こんな偶然普通ある訳ない。私の働いてる場所をあの人は知っていたとしか思えなかった。
「………」
次の土曜、サカズキさんを実家に連れて行く予定なのに。
結婚の挨拶すらも気が気でないのに、初めて出会った父親の事も脳裏に過る。母に聞きたい事がある。だが、すぐに電話で確認すれば良かったものの、結婚の挨拶の前に母と余計に拗れたくなくて、私は黙っておく事しか出来なかった。
「あーー……えっと、あれだ。とにかくおっさん、あんた何者?」
「あなたこそ、本当に警察関係者なのか?」
サボり場所。
(あの子、前にサカズキといた子だったよなぁ?)
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