献盃


24真実




定番のサボり場所である公園で一眠りしてたら、横のベンチに座ってた姉ちゃんがおっさんと何やら騒ぎ出したんで面倒だが仲裁に入れば見た事ある顔で驚く。

確か以前、サカズキと一緒にいた可愛い娘だった。あの時はしつこくヤツに関係性を追及したがついに白状もせず、てっきりサカズキの娘かと勝手に思っていたがどうやら違ったようだ。その娘に逃げられた本物の親父が目の前にいる。
落ち込んだ顔したおっさんをベンチに促し、まぁ世間勉強でもするかといった軽いノリでどうしたのかと聞いてみた。つらつらと昔話をするおっさんの横顔を伺っていると、如何にも最近の女受けのよさそうな優男でほんの少しだけ娘の面影と似ている気がした。

「ほーん……で、大学生時代に出来ちゃった娘があのベルちゃんって訳?」

「ええ、お恥ずかしながら。30年ぐらい前の話です」

大学卒業間近に付き合ってた女が身籠った。司法試験には受かってはおり、卒業後から司法修習生として就職先は決まってはいたが、とてもじゃないが十分に妻子を養える給料ではない。将来結婚も考えていたが、すぐに決断できる程腹が決まっていなかった。とにかく、身籠った子は堕ろして欲しいと懇願したがその女は必ず産むと言って拒んだ。お腹に出来た小さな命を堕ろすぐらいなら、結婚も諦めると言われて別れた、と。
女の方も同い年で、就職先も決まっていたらしいが勿論取り消され、頼りになりそうな祖父母からも勘当され貧困ながらも何とか出産したらしい。

世間のあるあるの話だとは思う。実際大学生で一夜の過ちで一回堕ろして泣きを見る話なんていくらでもあるし、このおっさんもその女も自業自得と言えばそう。
だが、その後の覚悟の決めようはやはり母親だと思った。その女は男も就職先も実家も無くしても、娘の命を最優先させたと。母は強し、とよく言うがそれに比べてこのおっさんは。

「随分勝手な親父だな、あんた」

「ええ。仰る通りです……父親を名乗る資格もありません。娘に嫌われて当然です」

……自覚しているだけまだマシか。
先程娘と口論してる時は頑固そうな気はしたが、案外話せばそうでもない。娘からどう思われてるか容易に想像つくのなら、何故今更会いにきたのか。単純に疑問だった。

「じゃあ何で会いに来た?嫌われてるって分かってんでしょ?」

「……この春、離婚しまして」

「は?」

また意味不明な情報が出てきたので、詳細を尋ねる。

その後、司法修習を終えて無事に検察官になった後は全国転勤を余儀なくされて独身のまま10年程経った。京都地検に配属された時に出会った女にアプローチされ、20年前に結婚に至ったと。いつまでも過去を引き摺っていても致し方ない。今度こそ幸せにしようと妻のキャリアを優先して、家庭第一で息子にも恵まれたものの、なかなか出世の覚えが良くないこのおっさんに愛想尽かした妻からこの春離婚を切り出されたらしい。
何というか、うだつの上がらねぇ典型的な親父だ。ここまで典型的なダメ人生歩んでるのも珍しい。呆れて閉口していると、おっさんはその自覚もあったのか俯いて拳を震わせていた。

「学生だったとはいえ、あれだけ人を傷つけた人間が誰かを幸せにできる訳がなかった。20年前、今は元妻ですが結婚して息子も産まれて、とにかく過去の事は忘れて新しい人生を歩んだはずが……結局はその家庭も壊れてしまって、やっと気づいたんです」

「……」

「一番幸せにすべきだったのは、ベルとベルの母親だったと。本当に、この歳で気づくとは不甲斐ない、大馬鹿者でした」

殴っていいか?このおっさん。気づくの遅すぎだろ。

此方は子どもどころか嫁もいねェのに。いや、それはいい。
何にせよだ。一番振り回されて可哀想なのは子どもだ。ベルというあの娘は生まれた時から母子家庭で貧困ながら苦労しただろうし、息子の方だっていくら成人になったとはいえ、親が離婚したという傷を残していったのは違いない。

「ほんとに勝手過ぎてぶん殴りたくなったぜクラァ!このおっさんが!」

「な、何も言えません……」

まぁ、相手は一応同業種とはいえ一般人だ。流石にぶん殴りはしねェが、いきなり大声を出すと吃驚していた。ガープさんにでも修行つけて貰って喝を入れて貰ったらどうだろうか。いや、あの人はこういう優男タイプは嫌いか。

「で、息子さんの方は?今どうしてんの」

「この春大学生になりまして。親権を争う事はありませんでしたが、自立までは基本、元妻が面倒を見ることになりました」
 
つまりは自分にはもう帰るべき家庭も家族もいなくなってしまって、元の鞘に収まろうとした、と。本当に勝手過ぎる親父で同情する気も失せてるが、失ったモンの大切さを今更ながら気づいただけでもマシなんだろうか。神も仏も俺は信仰心はないので知らんが。
所帯も持ってない俺が上から目線で言える事は何一つないかもしれないが、まず娘からは嫌悪されて当然だろうとは思う。だが、母親は別だ。娘が自立した今、母親だけでも関係を直したいのかもしれない。

「ま、過去は変えられねェ。これからどうする気だ?そのベルちゃんの母親に会うのか?」

「いえ。電話番号もメールも、住所すらも教えてくれないんです。ベルの成長した写真が、年に何回か封書で送られてくるだけで」

「!……」

その親父は鞄からA4版のアルバムらしき物を出した。随分古いもので、ペラペラと捲ると小さい女の子の写真が丁寧に貼られ、ひとつひとつにこのおっさんのものか、コメントが書かれている。捲れば捲るほど少女は、小学生、中学生、高校生、大学生へと成長し一番最後は母親とだろうか。阿蘇のカルデラ、大観峰の石碑前で母親と一緒に写っている。
ベルの母親はこのおっさんを、30年間完全には拒絶はしていなかったって事か。でなけりゃ、彼女が働いてる場所も知らないはずだし、この東京で偶然出くわす事なんてそうそうない。

母親は娘の事だけは父親に伝えていたという、決定的な証拠だ。

「娘が東京地検で働いている事だけは母親から知らされていたので、本当に最終手段でしたが待ち伏せしてたんです。私も先月から北海道に転勤になって、今は一時的な出向で東京にいるんですが。せめて母親の連絡先だけでも教えて貰おうと……まぁクザンさんが見ての通り、このザマですが」

「………」

「でも今日、やっと娘に会えた。私はそれだけでもう、十分です」
「クザンさん。お話、聞いて頂きありがとうございました。つまらない話でしたでしょう」

……はぁ、面倒くせぇなぁ。
サカズキが全く関わってなけりゃ「おう、じゃあなおっさん」で済ませられる案件だったのに。
ここで俺が何のアクションも起こさなければ、このおっさんは一生ベルちゃんやその母親にも会えるどころか連絡も出来ず終い。最悪のケースは再びベルちゃんを待ち伏せして不審者扱いされ、戸籍上は父親じゃないなら尚更、ストーカー規制法が適用されればまずは警察の注意喚起、更には禁止命令なんて出されりゃ職務にも支障を来すだろう。何で俺がここまで心配せにゃならんのか。
だがこんな仕事柄、たとえ堅い職業でも社会的地位があっても、女絡みで狂った男の執念ってのはいくらでも見てきた。特にこういうモテそうな優男程やばかったりする。

「待ちな、おっさん」

「はい?」

一人の社会的地位のある男を救う為とはあまり気が向かないが。
せめておっさんの連絡先でもベルちゃんの母親に届くようにすれば少しは気も紛れるだろう。普段使わない頭をフル回転させ、最善の策を考える。

「あーーー……なんだ、取り敢えずあんた名刺かなんかねェの?」

「え?いや持ってはいますが……あなた本当に?」

「警察庁のクザンだ。ネットで調べて貰えりゃ名前ぐらい出てくる」

個人情報には煩い時代だ。名刺の遣り取りは極力人を選ぶようにはしているが、同業種なら間違いはないだろう。しっかり言われた通りスマホを取り出して調べるおっさんが、自分の名前や姿を見つけたらしくて安堵している。自分も、念の為に密かにスマホでおっさんの姿を撮っておいた。
そして何より、おっさんが大事そうに持ってるそのアルバムが鍵になるだろう。


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「帰りはいつ帰るんだ?北海道なら勿論、羽田から乗るよな?」

「いえ。私、恥ずかしながら閉所恐怖症で飛行機には乗れなくて。1週間後、東京駅から新幹線で札幌まで帰る事にします」

飛行機すら乗れねぇのもダセェな。何だかこのおっさん、絶妙にダサい。

「そりゃ面倒なこったな。まぁ、いいや。名刺の裏に東京から乗る新幹線の時刻と日付書いといて」

「あの……もしかして娘とお知り合いだったりします?」

「いやぁ?全然。あぁ……別にこれ、俺の人生勉強の記念だから。あんたみてェにはならねェようにって教訓だな、こりゃ」

実際に娘とは知り合いではない。知り合ってそうな奴を知ってるだけ。だが、変におっさんに期待させるような事は言わなかった。たとえ、サカズキを通してあの娘に父親の事を伝えても、あの子が連絡先すらも拒む可能性は高い。勿論、母親の連絡先だって教えないかもしれない。

皮肉も交えつつ、おっさんから裏に新幹線の時刻を書かれた名刺を受け取る。不可解そうな顔をしていたが、何かを悟ったのかそれ以上は何も追及して来なかった。そのフ、と笑った顔に堕ちる女は多いのだろう。行動や性格はダセェが、俺も妬く程のイケオジだなこのおっさん。


「……。ええ、是非そうしてください。それじゃ」


真実。
(俺って優しいわぁ……ほんと)

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