26神様の木
昨日の挨拶は滞りなく、ベルの母親にも結婚を認められて内心は安堵していた。たとえ反対されたからと言って彼女を易々と諦めるつもりはなかったが、できるだけ賛成して欲しいという気持ちは当然の心理であろう。
無事挨拶も終わったが、何処か浮かぬ顔を続けていたベルに何があったかと暗に追及しても、彼女はなかなか腹を割ってくれない。話し始めればいつも通りだが、ふと話が途切れるとまたぼやっとしている。やはり結婚は考えられない等と言われたら……と最悪なケースを考え始めるが、流石にここまで来てそれはなかろうと杞憂である事を願った。
今日は、太宰府天満宮に参拝した後、新幹線で東京に帰宅するつもりだ。菅原道真公を祭神とするこの地は学問の神様として全国的にも有名だが、時平の策謀により閑職に就かされた後は、俸給も従者もなく衣食住もままならぬ最期であった事は知る人ぞ知る。ベルも地元人だからか勿論詳しく、更に御神牛や太鼓橋の話を教えてくれた。
「ここは昔から変わらなくて好きなんですよね。本殿は今、改築工事に入ってますけど」
「えろう今風の仮殿があったのう、斬新な設計じゃ」
一通り参拝して、おみくじを引くとお互い大吉を当てて喜ぶ。みくじ如きで一喜一憂する程若くもないが、誰かといればやはり気になるもの。彼女はえらく喜んでいて、自分はその様子を見るだけで十分だった。
本殿の区画から抜けて、横に長い建物である社務所がある所に行くと、社務所前に梅の木が何本か植えられている。初夏の季節では流石に蕾も花もなく、葉が生い茂っているが、ぼうっとベルは立ち止まって視線をやっていた。
「母は幼い頃から、よくこの天満宮に連れてきてくれたんです。何でかは分からないけれど……」
「……」
「事あるごとに、この社務所横の梅の木を見ては、ため息をついてました」
ベルの母親も昨日、自分に是非ともこの天満宮に行ってくれと薦めたぐらいだ。何か思い入れがあるかもしれない。あるとすれば…。
「もしかすりゃ、お前の父親との思い出の場所じゃありゃせんか?」
「!……」
境内の心字池や大樟は立派なもので、華美ではないものの数百年の年季が入っていていい意味で圧倒される。
東京や京都にある有名どころの神社、天満宮も粗方行った事はあるが、ここはまた違う雰囲気がいい。趣深く、この地だけ時間が止まったかのような、妙に落ち着くのは自分だけだろうか。参拝客も全国津々浦々から集まってある程度喧騒があるはずなのに、周囲の楠木や梅の木がそれを掻き消してくれている気がする。
「子どもの頃はあんまり話してはくれんかったのじゃろう?今なら、話してくれる事もあるかもしれんぞ」
子どもの頃に親が口を紡ぐ事なんていくらでもあるだろう。だが、結婚が決まった娘だからこそ話せる事だってあるかもしれない。昨日、母娘でいる時のベルを見ては思ったが、彼女がぽろっと溢す博多弁も母親だからこそ。一緒に過ごした年月が違うのだから当然なのだが、もう少し話せば彼女も母親に対する対応もまた変わるだろう。自分と出会った当初は若干、母親に対してよく思っていなかったからこそ尚更。
大樟を仰ぎ見ていると、不意にベルから呼び止められる。
「ねぇ、サカズキさん」
「ん?」
振り返れば両手を合わせて、頬を染めて上目遣いで此方を見る彼女。何事かと思いきや。
「お願いがあるんだけど、聞いてくれますか?」
駄目だ、とは言えないだろう。
彼女は分かって言ってるのだろうか。だとしたらなかなかの策士だとは思う。
□□□□□
週明けの月曜日の食堂。
土日はどっぷりベルと福岡入りして、観光も程々にしておいたが少し疲れは残る。
案の定、広島出身の二人からはベルの母親への挨拶は滞りなく済んだか、入籍はいつにするんだと根掘り葉掘り聞かれる始末。お前らはわしの親か何かかと突っ込みたくなるが、まぁ、この中では直系の家族が一人もいない天涯孤独の身なので今時、有り難い心配だとは思うものの。
少々うんざりしながら食堂のカレーを頬張ると、久し振りに見かけるアイマスクがドカッと自分の向かい側の席に座った。
「よぉ」
「………」
「おう、何じゃクザン。珍しいのう、此方に来るなんぞ」
テンセイが気を利かせてクザンに話を振れば、少しあぐらを掻いて背伸びをする。返答は「あぁ、たまにはね」と軽いノリ。飯を喰うでもなく、何しにここに来たのかさっぱりだ。
「広島弁が移るっつって滅多に来ねェ癖に〜」
「俺ァ道民なんでな。あんたらといると加齢臭とヤクザ臭がきつくて敵わねェんだわ。此方はまだピチピチの40代だしよ」
「喧嘩売ってるぅ〜?」
元々スモーカーやらガープやらと年齢差構わず交流するタイプではあるが、わしら広島組とはそもそも思想や考え方が違うもので自然と輪にはならなかった。これだけ歳を取れば、付き合う人間は自然と偏るのも無理はない。ただ一時期だけ、ボルサリーノを含めて共に三局長と呼ばれる立場になった事はあるが、それ以降は特段交流もなかったものの。たいてい、クザンのサボりで迷惑かけられる事ばかりでしか話した事はない。
だが、わざわざ輪の中に入ってくるという事は用件があるのだろう。仕事の話か、それとも。
「で?何じゃお前」
「あらら。えーっと……何だっけ?」
「……」
何となくジト、と見られた気がして見返す。何か自分に用か?
実力を認めない訳ではないが、自分はコイツに劣るとは思わん。仕事の面でも出世の面でも、プライベートでも。しかしカレーの辛さを冷たい水で喉を潤わせていると、意外な答えが返ってきて思わずむせてしまった。
「サカズキ、お前今夜空いてる?」
「ぶっ……な、何じゃいきなり」
「いや、別に変な意味じゃねェよ?ちぃとばかし話しておきてェ事があって」
個人的に誘われるのも初めてな気がする。一体何なんだ、男で好意持たれるなんてアラマキで十分だ。不可思議すぎで返答に困ったが、そう言えば今夜はボルサリーノと飲む予定だったはずだ。先約があるので一応断る。
「生憎じゃが今夜はボルサリーノと飲もうと思っとったが」
「わっしもいてもいいのかァ?それ」
「あー……まぁ、いいでしょあんたなら」
どうやら、ボルサリーノはいても構わない案件らしい。いったい、どういう話なんだか全く見当もつかない。
三人で集まるならかつて行きつけだった居酒屋に行こうとボルサリーノに提案され、おとなしく従う。クザンも本当にそれだけが用事だったようで、「ほんじゃ後で」と一言遺してさっさと去っていった。
テンセイは何処か不服そうな顔をしている。
「何じゃい、わしは仲間外れかい。久し振りに三局長で集まりおって」
「テンセイは今日、日直だろォ?職務を全うしてからだよォ、おじさん達の会合は」
「むさ苦しい会合じゃのう、遠慮しとくわい」
神様の木。
(あいつ、サカズキに何の用なんだろうねェ〜)
(ついには男にもモテてきたか、この色男)
(やめろ、アホ)
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