献盃


28正直者は馬鹿を見ない




結局のところ、ベルの父親はつまり、31年前に捨てた母娘と関係を再構築させたかったと。
あれだけキャリアを重視していた嫁を尊重していたが歳を重ねると嫁の方が出世して愛想尽かされ、やっと本当に大事にすべき家族とは誰かを気づいたらしい。
離婚の件もあり北海道に転勤にもなってしまったので、住所が変わってしまい一方的にベルの近況を伝える写真も届きにくいだろうと最後の手段に出たと。

何とまあ、身勝手すぎる親だと心底呆れた。そしてそれは、何もベルの父親だけではない。

「ベルちゃんの父親はまぁ、お世辞にも褒められたもんじゃねェが、31年前に彼女や彼女の母親を捨てた事を心底悔いてたよ」

「……」

「人を傷つけておいて、新しい家庭持ったって、本当に幸せなままではねェんだと」

「皮肉だねェ〜、サカズキ。お前ェさんの元嫁にも言えるこった……」

結局、アイツも新しい旦那とも別れる事になり、バツが二つもつく事になろうとは。

クザンの話によれば、ベルの父親が自分の元嫁に出会った時は、独り身で元嫁の方からアプローチがあって結婚したらしい。それを聞いて幾分か安心してしまった。確定した訳ではないが、恐らくベル父親は元嫁が浮気していた事すら知らなかったかもしれない。
元嫁がたとえ既婚者だと知っていて浮気したとしても、もう既に罰は受けている。息子も元嫁に取られ、娘であるベルに詰られ、強く拒まれた事実は父親には酷な話だろう。まぁ、至極当然の話ではあるのだが。

「その親父は本当にベルの父親なんか」

この話をベルにするにはもう少し確証的なものが欲しかった。何にせよ、ベルはクザンやボルサリーノの事を知らないからこそ、信憑性をもう少し持たせたい。

「と思ってね。何か証拠になるもんくれって言ったのよ、ほら」

流石そこは職業柄とも言おうか。
クザンがテーブルに出したのは1枚の名刺と、ベルの七五三時の写真であろう。今よりももっとあどけない少女が鮮やかな赤色の着物を着て笑顔で写っている。

「北海道の検事やったんか」

「連絡先と、その親父が持ってた彼女の成長記録の1枚のくれっつったのよ」

「ほぅ、可愛いらしいねェ〜。やっぱり女の子だなァ」

「……」

若かりし頃の母親も隣に写っている。確かに先日、自分が挨拶した彼女のつ母親だった。
この写真をベルの父親が持っていたという事は、十中八九母親が渡していた証拠。ベルは……先日母親に会っていた時、複雑な胸中であったろう。挨拶が無事終わって、余計に事を荒立てたくはなかったんだろうと察する。

「いつ北海道に帰るのかァい?この親父さんは」

「3日後だ。新幹線で帰るってよ、乗る新幹線の時刻も名刺の裏に書かせた」

「新千歳なら飛行機の方が早ェんじゃねェか?」

「閉所恐怖症だってよ。顔に似合わずだっせぇ親父だったぜ」

「!……」

何の偶然かは知らんが、やはり父娘と言うべきか。
揃って飛行機に乗れないというのも、偶然ではないのだろう。
ベルは父親に遭った時、凄い剣幕で父親を拒み、それでも話を聞いて欲しいと頭を下げた父親に対しても態度を崩さなかったと聞く。彼女の反応はご尤もではあるし、あの母親が苦労しながら子育てしてきたのを一番近くで感じたのだ。父親に対する怒りや恨み、無責任な父親を恥じるベルの想いを汲めば、これ以上関わらせるのも酷な話とは思う。

だが、それで本当にいいのだろうか?


「って事で、この話はお前が彼女に伝えてやれよ。何なら俺でもいいけど」

「いや、流石にお前には世話んなった。今日はわしが奢るわい」

普段書類提出が遅れて此方が迷惑を被ってはいるが、この件に関しては素直にクザンに感謝した。見ず知らずの親父の昔話を聞き、更には名刺や写真まで気を利かせて証拠として集めてくれた。そのおかげで分かった事実がどれほど重たかったか。

「しっかしまぁ、どうやって出会ったの?あの子と」

「さぁの」

「どっちから?」

やっと重い話も終わってひと息つき、ビールで喉を潤わせると根掘り葉掘りと聞かれる。此方もそこまで答える義理はないのでのらりくらりと躱していると、何もこんな時まで自分の代わりに返答しなくてもいいものを。

「新幹線で痴漢に遭ってたあの子を助けたんだと。彼女からメシに誘われたんだよねェ〜」

「黙っちょれ、ボルサリーノ」

「サカズキを逆ナンかァ。男の趣味悪そうだなぁ、可愛いのに」


□□□□□



クザンとは帰路の途中で別れ、ボルサリーノと地下鉄までの道のりを共に歩いているとぽつりぽつりと溢す。

「にしても、偶然てのは必然すぎるねェ〜。あんなの、小説やドラマだけの言葉だと思ってたが」

「……あぁ」

田舎の小さな村ならあり得ない話でもないだろうが、県を跨ぎ、北は北海道から南は福岡までの遠い距離で親と子と夫婦が、中心の東京で巡り合うとは。
きっとベルに巡り合わなければ、自分は再婚をしようとも思わなかったし20年前の過去と向き合う事もなかった。元嫁のその後も知らなかっただろうし、間男の素性も知らずに済んだだろう。

「複雑すぎて混乱してるかァい?」

クザンの前では見せなかったが、未だ動揺を隠せてない自分を兄弟が気遣う。確かに動揺はする、だがそれは案外前向きな気持ちにも変わっていった。

「いや、逆にすっきりしたわい。わしは気にせんが、ベルに真実を話すんは酷じゃろうのォ……」

自分はいい。ただ、ベルにとってはこれは衝撃的な事実でとてもじゃないがショックで受け入れにくいだろう。真面目な彼女の事だ、別れるだの身を引くだの言わなければ良いが。

「別に彼女に元嫁と親父さんが結婚していた事実だけは言わなくても。お前ェさんが何も問題なければ、余計な波風立てる必要はねェんじゃねェか?」

ボルサリーノの言う通り、その事実だけ隠しても特段問題ないだろう。万が一ベルと父親が連絡を取り合って、父親が過去に結婚していた事実を知ったとしてもその元嫁と自分の元嫁が一発で繋がるとは思えない。彼女には、自分の離婚の事さえ詳しく話してもいないからだ。
だからこそだ。結婚前に喉元に突っかえる小骨は綺麗さっぱり取り除いておきたい。

「いや、言う。いずれ分かる事じゃ」

「君らしいねェ……正直者ォ」

ベルの前で後ろめたい事を隠していたくもなかった。彼女の反応だけが気掛かりではあるが、そこは宥めるしかなかろう。自分に申し訳ないから結婚はしないとは、決して言われたくないものだが。

東京の汚い夜空を見上げれば、あいも変わらずギラギラとした光ばかりでとても星なんて見えない。こんな日本の中心地で、親子の絆が偶然にも交錯して出会うとは。未だに信じられない気持ちが拭えないが、これが現実で、真実で、全てなのだ。

「わっしも、どこかスーッとしたよォ」

「おん?」

何故お前がすっきりするんだと問えば、からからと笑うボルサリーノ。その返事は何処か激な言葉だったが、天涯孤独の自分を曲がりなりにも励まそうとしてくれていた。

「お前ェさんを20年前泣かした奴らに、それなりの天罰が下ってさ。これでも所帯持ったって、兄弟と呼べるは君しかいねェんだからァ」

「フ。敵わんのォ、お前にゃ」


正直者は馬鹿を見ない。
(彼女に伝える時は慎重に言葉選べよォ、サカズキ)
(わかっちょるわい)

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