献盃


29慟哭




私達が会うのはいつも金曜日の夜か休日。
まだ週の半ばの平日だと言うのに、サカズキさんから今晩仕事終わりに家に寄ってくれとLimeが来ていて吃驚する。大事な話か何かだろうか?それともただ会いたくなっただけ?
正直、どちらもあり得そうな気がして不思議ではあったが、取り敢えず仰る通り仕事帰りに彼の家に寄った。一応、夕食を取れるように準備だけしておいたら、程なくして彼が帰ってきた。

「あ、おかえりなさい。サカズキさん」

「すまんのう、急に呼び出してしもうて」

「いえ、構いませんよ。でも珍しいですね、平日に会おうだなんて……ご飯食べますよね?」

「いや。先に話があるけェ、茶だけ出してくれんか?」

「?……ええ、はい」

話?まさか、やっぱり別れるとか?
プロポーズまでして貰って、更に緊急な話といえばもはや別れる話しかなくないか。急に肝が冷えて、お茶を淹れる手が少し震える。ソファに座るサカズキさんに熱々のお茶を出すと、私もソファに座れと促される。

「順序よく話したい。まず、わしが20年前離婚した話じゃ」

「え?」


□□□□□


結婚前に一応話しておきたい、と前置きがあってつらつらと20年前の事を話してくれた。
元奥さんとは見合いで結婚した。お互いいい歳でもあったので見合い時点では共に子どもを望んでいたものの、結婚していざ作ろうとしたらキャリアを理由に拒まれた。それからすれ違っていく内に、浮気していた男がいた知り、束縛もしてしまった。弁護士を挟んで調停まで離婚の話が発展し、調停が終わる頃には正式にその二人は付き合っていた。
浮気してた男は元奥さんが言うには、サカズキさんとは正反対のタイプで女性のキャリアには理解があったらしい、と。

「20年前にそんな事が……。ありがとうございます、お話くださって」

「いや、生憎話はこれで終わらんでのう……」

サカズキさん、話しにくかっただろう。終始、俯いて視線を合わせようとしなかったから。
まさか元を辿れば子どもが原因だったなんて思わなかった。デリケートな話でもあるし、サカズキさん側の話しか知らないので何とも言えないが。だからといって結婚してるのなら浮気していいと言う免罪符はない。ヒナが懸念していた束縛の話も、今となっては合点がいって納得できた。
しかしこの内容だけでも、なかなかヘビーな話であるのに彼が話したい事が別にあるらしい。

「ベル」

「はい?」

「先週、父親に会ったじゃろ?」

「!……な、なんで」

父親の事を突かれてぎょっとしてしまう。それと同時に、まさかあの時横のベンチで仲裁に入ろうとしたおじさんがサカズキさんに話したのでは……と思い浮かぶと、案の定その通りだった。

「アイマスクしとった奴がおったじゃろう?あいつはわしと同じ局長なんじゃ、クザンという。あいつがお前の親父と、あの後少し話したそうじゃ」

「え……(やっぱり……)」

クザンーーー。
確か警察庁前で見かけた時も部下の人からそんな名前を呼ばれていた気がする。という事は、あの時の私と父親のやりとりも全部彼に筒抜けだったと。恥ずかしすぎて穴に入りたいが、もっと信じられない事実を聞いてそんな事はどうでもよくなる。

「じゃが、お前の父親を見たんはクザンだけじゃありゃせん。わしの親友であるボルサリーノも、2回見ちょる。昨年末の京都駅で、お前の父親が嫁と子ども連れちょったところ、数週間前にお前の親父が地検付近で人を探しちょったのものう……」

「?……ど、どういう事です?」

サカズキさんがスマホを差し出して見せる。そこに映っていたのはあの日比谷公園で遭った憎き父親だった。
彼がよく話す親友のボルサリーノさんが、京都駅で奥さんと子ども連れてた父親を見た?え、じゃあ父親は結婚してたってこと?というか、新しい家族がいるなら何で今更私に会いに来た?
もう何が何だか分からなくて頭が追いつかない。一から聞こうとしたら、彼がひとつため息を吐いて、言いにくそうに言った。

「結論から言やぁ、お前の親父は、わしの元嫁の旦那じゃったわ。この春に離婚したらしいが」

「え!?」

父親が結婚してたのは、サカズキさんの元奥さん!?
ちょっと待って、じゃあ20年前……。

「ちょ、ちょっと待って下さい!じゃあ、サカズキさんの元奥さんが浮気してた相手の男って……」

「お前の父親じゃ、時期も合う。元嫁が既婚者じゃったのを知ってか知らずかは知らんが、元嫁からお前の親父に言い寄って結婚したらしい」

「え!?……そんな……」



ーーー誰か、お願いだから嘘だと言って欲しい。



大好きな人が昔作った家庭を壊したのは、つまり私の父だった。私も、彼も、そんな事知らずに新幹線で出会ったのは偶然だとか、運命とばかり思っていたのに。

嘘だ、そんな偶然ある?
そんな偶然……あり得ないよ、普通。何で、何であのクソ野郎は私やお母さんの幸せばかり奪うの?これ以上何を奪えば気が済むの……!?

「一人息子もおる。お前とは腹違いの弟じゃ。この春から京都の大学に通っちょる……、?」

「……」

「ベル…!」

両肩を掴まれて暗にしっかりしろと名前を呼ばれるが、身体から力が抜けていって何も考えられない。彼は私を庇ってはいてくれたが、その優しい言葉すらも今の私には大きな棘でしかなかった。

「お前は何も悪うない…!驚くんは分かるが、話をしっかり」

「ごめんなさい、サカズキさん」
 
もう駄目だ。私はここには居られない。
こんな……、こんな私なんて……!絶対、結婚なんて到底無理だと思ってらっしゃるはずだ。
あんなに楽しい思い出があるのに、あんなに貴方を好きになったのに、今は何もかも黒で塗り潰されたように醜く見えてしまう。私がきっと、汚い人間の子どもだからだ。

「家に……帰ります」

「……」


泣いて帰った。
こんなに泣いたのは人生で初めてかもしれない。人目なんてどうでも良かった、子どものように泣きながら何とか家に帰った。


慟哭。
(どうか、悪い夢なら覚めて欲しい)

- 30 -

*前次#


ページ: