献盃


31約束※



無事和解したというのに彼は未だに何処か不満そうだ。抱き締める力は先程より幾分かは和らいではくれたが、なかなか離れてくれない。
もぞもぞ動いて何とか離れようとしても、離してくれない。私よりかはいくらか冷静なタイプなのに、まぁ何とも珍しい。

「ごめんなさい……お、怒ってます?」

「怒っちゃおらん。ただ、約束せえ」

一言で片付けられない事ばかりあって、何処から話せばいいだろう。先程、お互いの思いをぶつけ合って、やっと気持ちが通じてほっとひと息したい処ではあるが、サカズキさんからしたらまだ約束して欲しい事があるようだ。

「約束とは何でしょう」

「結構ある」

「?……」

約束事が複数。
何だろう、サカズキさんが仰る約束なんて到底破ってしまっては後でこの人に何をされるか……。しかし、一つ目の約束事を聞いてしまったら、大変失礼かもしれないが心中で小さく笑ってしまった。

「まず、“別れる”は禁句じゃ」

「は、はい……」

“別れる”が禁句って。彼の年齢で言ってるのが逆にちょっと可愛いかもしれない。さっき私が言おうとしたの、凄くトラウマだったりするのかな。

そう思うと何だか愛おしくなって触ると気持ちいい角刈り頭をじょりじょりと撫でる。抱き着いてるので顔は一切見えないが、拒まれてはいないので続けててもいいのであろう。じょりじょり。

「あと、心配事があるなら何でもええけェさっさと言え。お前は顔にすぐ出るけェ、此方が気になる」

「はい……」

それは真面目にご尤もな話で。福岡旅行した時も不服そうな顔してたし、あの時からずっと心配させていたんだろう。彼は私に何かあったのか、と聞いてくれていたが心配させまいと拒んでしまっていた。が、逆にそれが気になる要素なら素直に彼に従おうと思う。

「親の事も、話したい時に話せ。恨み辛みでも何でも、話せば少しは和らぐ心もあろう」

「はい……」

面目ない。
出会った当初、いや人生談義をしたあの頃から親の事で何度相談した事か。今回もそうだが、サカズキさんに親の事を話すと行き過ぎてしまいそうになる私を止めてくれる。自分の中で消化するよりは、彼に話す事でもう少し私は柔らかくなれるだろうか。

「あと」

「?……」

じょりじょりが気に食わなかったのかとパッと両手を離すと、やっとサカズキさんも私から離れてくれた。お互いの温かい体温が消えて、新しい空気がその間を通り抜ける。解放されたと思ったら、何のその。彼の家に比べればとても狭いソファに押し倒される。

「抱きとうて堪らん」

「は……い」

そんな真っ直ぐな目で言われたら、はいどうぞとしか言えなくないか……?これを拒める人いるんだろうか、いやいないだろう。

ただね、サカズキさん。ウチの部屋は貴方の部屋に比べたらベッドもソファもお風呂も何もかも小さいんですよ。
と伝えようとしたが、有無を言わせず真剣に今から抱きますという顔されてしまったら何にも言えなくなってしまい、せめてベッドに移動しましょうと案内する事になった。


□□□□□


抱かれる時いつも思う。
この人は、凄く……愛情がーーー。
過激的というか、行き過ぎてるというか。何というか、普段の冷静さからギャップが大きくて戸惑ってしまう。こういう愛情を何と表現するだろうか、頭の中で考える間もなく皮膚を吸われる痛さで顔が歪む。

「サ、サカズキさん。そんなっ……ぁ!」

「今日だけは許せ」

早速着ていたパジャマの上下を取っ払われたかと思ったら、キスマークをいっぱいつけられたり、時には甘噛みされてうっ血させられたり。最初は首元や胸だけかと思っていたら、その内お腹や内股まで増やされてしまってそれだけで愛撫の代わりになってしまい、不覚にも感じてしまう。下着が少し濡れてる気がする、恥ずかしい。
前世はお犬様だったのだろうか、と疑うくらい。いや、犬でもここまでしないのでは……。薄暗い部屋の中でも、いくつか見えるあたり多分数えられないくらいあるのだろう。

「何処にも……行かないから」

「どうだかのう」

ぎゅっと抱き締め直しても以前よりも更に不信そうな声色で答えられる。多分、先程“別れたい”と口から出そうになったのを不満に思われてらっしゃるのだろう。
サカズキさんはどうしたら愛情に満足してくれるのだろう。そうだ、不安な気持ちを言葉にしてみれば彼はどんな反応をするだろうと思って試してみる。

「どっか行っちゃいそうで……寂しいの?」

「……」

黒いスーツの彼は、私の目には保養すぎて直視できないくらい格好良すぎる。既にジャケットは脱がれていてネクタイを徐ろに緩めていらっしゃったが、私の発言を聞いた途端、どうやら地雷を踏んだらしい。凄い勢いでネクタイどころかYシャツまで脱ぎ、急に口の中にサカズキさんの人差し指が入ってきて口内を漁られる。歯列をなぞられるけど、私の方が状況的に有利で噛みつこうと思えばできるのに、彼の何処か挑戦的な目がちょっと怖くて出来なかった。

「るあっ…、まっれ………」

「のう、今日はよう……突っかかるのう?ベル」

「くぁっ…わっ」

加えて中指まで挿れられて若干苦しい。いつも咥えるサカズキさんのモノとは違って自由自在に口内を暴れられるので少し怖い。
口内ばかりに気取られてしまい、いつの間にか胸が下着の締め付けから解放された事に気付かなかった。彼は器用に、私の口内に片手指淹れながらも、もう一方の手で乳首を捉える。不覚にも気持ち良くてまた下腹部がきゅんとしてしまう。

「きかぁ……はぁ……ん!」

「寂しいか。人に言われるまで気付かんかったわい……じゃがのう」

彼の性分を考えれば決してそんな想い、口にするのさえ恥じるタイプだと思うが。案の定、誰かに言われるまで気付かなかったというなら、悪戯心にもたまに聞いてみようか?と目論む。私だってサカズキさんを揶揄ってみたい気持ちはあるのである。普段、「好き」だの「愛してる」をなかなか口に出さない貴方なら尚更。

やっと口の中から彼の案外太い指が出て行ったと思えば、先程から自分でも濡れていて恥ずかしいと思ってた下着の上から、その私の唾液で濡れた指で擦られる。既に湿ってる事に気付きませんようにと願うが。

「あ……、ふっ……ひゃっ」

「寂しがっとんのはお前のここじゃろう?違うか?」

濡らす前から濡れやがって。
と耳元で囁かれる。勿論バレてて、耳は弱いしぞくぞくするからやめてと以前伝えたのにそれすらも守ってくれない。

「ひゃっ…あっ、あっ……だめっ!」

「こら、逃げるな」

「〜〜っ、だめっ…ん、んんっ」

反射的に防衛本能が働いたようでサカズキさんの腕の中から出ようとすると改めて捉えられた上に、後頭部を掴まれて深くキスをされる。舌が触れるたび、離さないとでも言うように後頭部を抑える手が強くなっていくと何も出来なくて、気持ちよさに呆気なく絆される。

一方で、とうとう下着の中に潜り込まれた指が濡れた膣の中に入ってきて遠慮なく掻き回される。

「ふっ……んん、ん!あっ、あぁっん……」

最近、良いところをわざと責めてくれない。もどかしい処でずっと遊んでる指。それが焦れったくて彼の指を何とか誘導しようとするとパッと手を払われる。何回試みても許してくれない。今回もそう、いじわるなサカズキさん。

あぁ、違う。そこじゃない。
もっと浅いとこがいいのに……!

もどかしくてもどかしくて、勢いつけて彼の腕から今度こそ脱走を図る。流石に急すぎたので相手も私を止めることは出来ず、難なく解放される。こんな狭いベッドの上で狼から逃げられる訳もないが、じり、じりと詰められるのが少し怖い。別に、逃げたい訳でもないけれど。
大変恥ずかしいが、仰向けになって自らの両脚をおずおずと開く。あんな指遊びばかりされちゃ、此方が保たない。だったら、来て。と手を伸ばすと素直に彼はその手を取り、上から押し倒す形となった。

「“何が”欲しい?」

「っ………」

そう仰りながらぐり、ぐりとそそり立ったモノを膣口に押さえつけられたり、勿体ぶって引かれたり。最近、サカズキさんは私が恥ずかしがる処を見たがる。特に言葉。自分では絶対言わないくせに、卑猥な言葉を暗に言わせようとしてくる。

「うう」

「……」 

羞恥心で慌てる私を見て、興奮するなんて。ちょっと親父臭いですよと言ってしまいたい、が。早く、それが欲しいのは事実。亀頭が膣口に触れるたび、小さな水音が鳴るのがもう恥ずかしい。

「サカズキさんの……」

「おん……」

「ちょうだい?」

上目遣いでお願いすれば中途半端でも許してくれるのでは、安易な考えが伝わったのか案の定、少し物足りなさそうな顔して腰を沈めてきた。

「“何が”とは言えとらんが。まぁ、“今日は”ええじゃろ」

「ぅあ"あぁっ」

もう、セクハラ。セクハラですよ!いつか言わせる気ですか。
と抗議する間もなく、膣口に圧がかかって呆気なく彼を呑み込んでしまう身体。毎回、押し拡がる容量が奥まで行き着くたびご丁寧に快感までついてくる。挿入する最初は痛いってよく聞くけど、私が彼に抱かれるに限っては全くセオリー通りではなく。

「あっ、あん……はぁっ…」

「っ………」

気持ちいい。
押すたび引くたび揺れるこの景色。サカズキさんが若干顔を歪めて切なげな表情をしているのが好き。目が合うと彼は妙に恥ずかしかったのか、ちょっと不機嫌そうに尋ねてくるのがまたいいの。

「……っ、なんじゃ?」

「んぁっ……あっ、かっこ、い……あぁ……はぁっ!」

素直に感想を言った。だってこんなに男前な人そうそういない。痴漢事件の時も助けてくれた感謝の心は勿論あったけど、自然と一目見て話してみたい、触れてみたいと内心思っていたのは事実で。あの時、ゴリ押しで連絡先を渡して良かった。なんて今更ながら思っちゃう。
でも、サカズキさんは私を変わり者だと捉えてる。彼だって、随分変わり者だと思うけど。

「物好きめ……!」

「あぁっ!まっ……、んぁ…はげしっ……!」

少し角度を変えてもっと奥に届くようにねじ込まれた気がする。彼でいっぱいいっぱいになってる感覚が凄く幸せ。得も言われぬ高揚感に包まれて抱き締めてキスをねだると、勿体ぶらずにそれはくれる。それを何往復した時か。

「好、き……っ、好き!…」

好き、もっと来て。あなたに出会えて私は本当に。

「ベル……!」

「サ……っカズ、キ……さんっ……んんっ!」

最終的に強めに腰を振られた途端、白濁が中に入っていった感覚を憶える。どろり、とした感じ。私も、同時にイッてしまったらしい。暫く足がガクガクしてしまってた。

箱根旅行以来……。あの時サカズキさんが頑なに避けなかった理由が、離婚原因を詳しく聞いた今は何となく分かった気がする。そう思うといじらしくなって、離さないで、の意味も込めて震える両脚を腰に絡める。彼も力を抜けて私に覆い被さった。お互い、全力疾走をした時のような荒い息遣いのまま、鼓動を落ち着かせた。心も身体もしっかりと繋がった今、これ以上ない至福の時間とはこの事だろうと余韻を噛み締めていた。




□□□□□



「北海道地検……」

「あぁ、明日新幹線で帰るそうじゃ。それをどうしても伝えたくての」

1枚の名刺を渡される。父の職場先と名前と連絡先、裏には東京駅から乗る新幹線の時刻と号車まで書かれていた。なるほど、今夜どうしても彼がウチに上がりたかったのはこの件があったからか。勿論、和解が主な目的で、ついでがこれだったかもしれないが。
彼はその名刺を見て少しフフ、と笑っていた。

「お前と同じく、閉所恐怖症らしい。飛行機が乗れんと」

「!……もう、笑わないで下さいよ。結構深刻な悩みなんですから…」

まさか父も飛行機に乗れない閉所恐怖症とは。

好きで恐怖症になった訳ではないし、東京に住んでいる以上、年に1回帰省する時は新幹線に乗らなければならない不自由がある。今のところ対象は飛行機だけだが、たまには真夏のエレベーターが停止して発症したら……と不安になる事もあって悩みは尽きない。
少しじと、と睨むとハッとした顔で謝られた。

「…すまん」

まぁ、恐怖症とは無縁そうだもんね。サカズキさん。

クザンさんの話によれば、父は北海道地検に今年転勤になったらしいので、あと数年はいる可能性が高い。元々会う事もなかったが、この名刺に書いてある連絡先をどうするかは私次第で決めればいいんじゃないかと彼に言われた。
母親に渡すもよし、破って捨て去るもよし。そう言われてしまうと、正直どうするか迷う。未だに父に対する軋轢は消えない。それに、母にも八つ当たりしてしまった。

「父にもそうだけど、昨日電話で母にも責める言葉言っちゃったんです」

「……。出した言葉は戻らん。じゃが、次のお前の言葉次第でまた変わる」

何て言えばいいのか、正直まだわからない。
サカズキさんからは親を責めすぎるなとは言われたけど、私の中ではまだ消化不良な複雑な気持ちが引き摺っているのは確か。すぐに気持ちを切り替えてとはなかなかいかないもの。時間が解決してくれるのかもしれないが、きっと結構かかると思う。

そんな私を見てか、彼はこう提案した。

「明日の見送りは取り敢えず行ったらええ」

「見送り……」

「会って話せとまでは言わん。たまには新幹線眺めるつもりで行きゃあええじゃろ。もう二度と会わんと思えば、のう……」

元々、産まれた時から父親には会えないと思ってはいた。ウチには親は母だけしかいないと思っていたし、今の今まで一度も父は姿を見せなかったから。

しかし今度こそ、実の父親に二度と会えなくなるーーー。
次会う事もなく、いつか月日が経って父が死んでも連絡が来る訳もないのでこれが最後かもしれない。一生に一度しかない機会……。
そう思うと、やっぱり明日東京駅まで行くべきだろうか。どうしたらいいか分からなくて未だに頭の整理がすっきり出来た訳では無いが、取り敢えず沢山お世話になった彼にはお礼を言った。

「うん、ありがとう。サカズキさん」

「あぁ」

「それに、クザンさんて方にも……大変ご迷惑をおかけましたね」

忘れかけていたが、この名刺も七五三の写真もクザンさんがわざわざ父に掛け合って貰ったもの。元々私とは知り合いでも何でもないのにそこまでして貰ってたなんて、お人好しがすぎる人だと思う。
お会いして何かプレゼントでも……と伝えると横に手を振ってサカズキさんにそこまでせんでええわいと一蹴される。

「あいつにはわしがメシ奢ったけェ、気にせんでええ。それより、ボルサリーノがお前に会いたい言うちょった」

「え、そうなんですか?」

よくお名前が出るボルサリーノさんが会いたがってくれてるそう。サカズキさんの一番の親友とは聞いていたので、私も一度お会いしてみたいとは思っていた。
今回の父の件でもボルサリーノさんが一枚噛んでいたと思うと大変お恥ずかしい限りではあるが。

「あぁ。ボルサリーノの奥さんも一目見たい言うちょったらしい。その内あいつん家に行ってみんか?」

「はい……ぜひ」

何だかそれ。ちょっと夫婦みたいと言ったら当たり前だと言われて、照れる。これから本物の夫婦になれるんだと思うと、どうしようもなく擽ったい気持ちが隠せなかった。


約束。
(私が貴方の帰る場所でありますように)

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