32霞が関恋物語(END)
翌日、午後の昼下がりの休憩所。
素っ頓狂な親父の声というのは、周りが聞いても決して耳障りが良いものでもない、珍しく裏返った声。普段冷静沈着なテンセイも流石に驚きを隠せなかったようだ。
「は?何ならそりゃ。昼ドラか」
「昼ドラ観た事あるのかァい?テンセイ」
「いんや、ない」
観た事もないくせ、昼ドラというドロドロした家族、夫婦間のドラマという認識だけはあるらしい。そういう自分も観た事はないが。
この間、クザンと飲み行ってからの新事実をどうしても聞きたいと言うから、渋々掻い摘んで大体の話を明かせば、冒頭に戻る。
「つまり?その親父は、お前のお古の嫁貰うて可愛い娘をお前に盗られたっちゅう事か?……なら、お前の一人勝ちじゃろ。サカズキ」
「そういう言い方はやめい…!」
事実はそうかもしれないが、安易に他人に形容されると腹が立つ。
向こうからしたら一度バツのついた女を貰って、可愛い娘をこんな歳も離れた親父に盗られてと言いたいのだろう。自分が一番得をしたな、と。
自分はそんなつもりでベルを選んだ訳では決してないし、偶然の出会いにケチをつけられた気がして不愉快だ。不機嫌が伝わったのか、奴も大笑いは避けて抑えた声色ではあったものの。
「まぁまぁ、その親父も自業自得言う事っちゃ。案外お前の元嫁も、娘に未練のあった親父に愛想尽かしれんぞ」
「……」
あり得そうでなくはない。キャリアで旦那に愛想尽かしたと言っていたが、真相は本人に聞いてみないと分からないもの。とはいえ、今更此方としては心底どうでも良い話ではある。
今夜、飲み行くぞとテンセイに誘われ、仕事の件で呼びに来た部下と共に奴は休憩所を去った。残ったボルサリーノにぽつりと愚痴を垂れれば苦笑しながら返される。
「じゃけェ、テンセイには言いとうなかったんじゃ」
「仕方ねェだろォ?この間わっしらがクザンと三局長で飲み行ったの、地味に拗ねてんだよォあいつ」
この間、珍しくクザンに飲みに誘われたのを気にするとは。たった一回だぞ?心底、呆れた。
「普段から一緒に飲んどるじゃろうが……」
明らかにクザンよりも交流が深いのだから嫉妬する事はないのに、あぁもう、小さい男だ。ボルサリーノとはまた違って、テンセイも拗ねると少し面倒な面がある。
買ったコーヒー缶をゴミ箱に入れ、煙草を買おうと財布を出す。ボルサリーノが吹かす煙草の臭いに釣られて。
「今頃、東京駅に行ってるかねェ〜……」
「さぁの」
今頃、ベルは見送りに行ってるだろうか。
昨日の反応見れば行くとも行かないとも言えないし、行ったとしても本当に新幹線“だけ”を見送るかもしれない。此方が渡した親父の連絡先も捨て去って、母親とも繋ごうともしないかもしれない。事が事だけに、気持ちを落ち着かせるのに時間が無さすぎたから彼女の反応はご尤もではあるのだが。
もし、あんな父親でも二度と会えないと思ったらーーー。
自分は両親を早くに亡くした。だからこそ、肉親には会える時に会っておくべきという考えだった。どんなにクズで役立たずであっても、親は親だ。彼女がそれを痛感するには、もう少し時間と経験が必要だったかもしれない。
だからどうか、少しでも後悔のない選択をしてほしい。
「でもまさか、式を太宰府天満宮でやる予定とは思わなかったよォ。てっきり最近の若ェ子は教会式かと」
「ベルたっての希望じゃ。正直わしも袴の方がええ」
「どこぞの襲名式になりそうだなァ……」
「……」
きっとベルは心のどこかで、親に愛されたかったのだろう。でなければ、両親の出会いの場所を式の場として選択するだろうか。かつて両親が叶わなかったその夢を、まさか30年後になって娘が受け継いでくれるとは、彼女の親父は夢にも思わんだろうが。
□□□□□
「お父さん……!」
本当は、新幹線“だけ”を見送るつもりだった。理由は、サカズキさんから親父とは会わなくてもいいから、行くだけ行けと言われたから。正直、恨み辛みがそうそう消える訳がない父親に会ったとしても、再び罵倒しそうで怖かった。込み上げる怒りと辛さをぶつけそうで、顔を見るのも辛かったが。
ーーーもう二度と、会えないと思えば。
急いで入場券を購入して、乗り場まで突っ走る。駅のホームまで無事上がって、看板に表示された号車乗り場を横目に、日頃の運動不足ゆえに疲れてきた足に鞭を打って走らせる。
多少、人にぶつかったが心の中で平謝りして。
「ベル……」
名刺の裏に書いててあった通り、14号車乗り場付近で父はスーツケースを片手に待っていた。新幹線が発車するまで、あと2分という処。私を見つけた途端少し驚いた顔をしていたが、構わず私は言いたい事を急いで伝える。
「私ね、今度結婚するの。お父さんとお母さんが出会った場所で!」
「!……」
「この写真返すよ。今度は…結婚式の写真送るから」
サカズキさんの気持ちも考えると、流石に結婚式に来てとは言えなかった。だから、これが精一杯の親孝行。父親がクザンさん経由で渡した、私と母が写った七五三の写真が入った封筒を渡す。父は、震えた手でそれを受け取ると、次第に涙をポロポロと流していた。
【◯◯番乗り場13時16分発、◯✕17号新函館北斗行、まもなく発車致します。ご乗車の際は……】
駅員のアナウンスと、ルルルルと忙しなく鳴る発車ベルが余韻に浸らせることも無く、時間を知らせる。父も涙しながら一言「すまん」と詫び、スーツケースを急いで転がして新幹線に乗車した。
まだ辛うじて閉まらない新幹線のドアを挟んで、父は振り返り心底嬉しそうに祝いの言葉を贈ってくれた。
「ベル、結婚おめでとう。幸せにな」
「うん。ありがとう……元気で!」
ガタ、ゴトと重厚な扉が閉まるとゆっくりと動き出す。瞬く間に父の姿は消え、その内遠く、小さくなって行く父を乗せた新幹線を見送って、何処かすっきりした気分だった。
新幹線は嫌な思い出だと思ってた。
でも、今は決してそうは思わない。
霞が関恋物語。
(新幹線で偶然出会い、霞が関で実らせた、とある恋の物語)
END
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