6人生談義
「とまぁ、私の生い立ちはこんな感じでして」
「で、行き着いた答えが“終活”と“貯金”か……」
ベルは母子家庭で育ち、母親の実家の援助も父親の養育費もなくとにかく貧しかったと。高校生からアルバイトは勿論、大学の費用は奨学金と自分のアルバイト代で全て賄い、社会人になってからもなお、毎月九州の実家に仕送りしているらしい。
女手ひとつで育てる母親を見て“家族”というものに憧れを抱かなかった。むしろ何故そんな貧しさの中で自分を産み落としたのか、憎たらしくも思う事もあるという。そして辿り着いた答えが“終活”と“貯金”。男に頼らずとも一人で生きていくこと。計画的に貯金をして、50代で自分の終の住処を一括で購入し、80代までに老人ホームに入るための資金を用意しておく。大雑把な彼女の言う人生計画は確かに理に適っているものであった。ゆえに、休日はもっぱら家計管理と終活の為に情報収集に勤しんでいるらしい。
「はい、お金は私を裏切りませんし自由へのチケットみたいなものですから」
ふふん、とどこか満足気に話す彼女は多分今まで見た中で一番生き生きとしている。
確かに立派なお嬢さんだと思う。
世の中自分の家庭環境が貧しいからと言って不法な売春で生計を立てる女、中にはホスト遊びに狂って多額の借金を背負いツケすら払わない女、女である事を武器に安売りして賤しささえも恥とも思わない厚顔無恥な女もいる中、彼女は堅い職業に就きなおも堅実な生き方をしている。
彼女は立派だ。自分の力で人生を行きていこうとしている。甘ったれた女よりは随分強くて頼もしい。素敵な女性だ。それは間違いない。
ーーーだからこそ。
「狭いのォ」
「何がです?」
「視野が」
指摘された彼女からは笑顔が消え若干むっとしている。だが、おべんちゃら使ってここでベルを無条件に称える事は自分の役割ではないと思う。好意を感じているからこそ、彼女のおよそ倍は人生を歩んだこの頑固な親父がその視野の狭さを指摘するべきだと思った。余計なお節介は承知の上でだ。
「生い立ちは分かった。並々ならぬ苦労をして学校に行った事も、今もなお母親に仕送りしちょる事も感心する。じゃがのう」
「?……」
「“終活”は早すぎる。あんたあと半世紀以上も終活する気なんか」
人生100年時代と言われたのはいつだったか。彼女の年齢からすればあと50年以上は寿命はあるだろう。それだけの長い期間、毎週休日になったら家計簿と睨めっこしてそれが楽しい趣味ですと?どんな寂れた人生だそれは。
「別に私、結婚の予定もありませんし子どもも作るつもりもないですし」
「………」
「何事も計画的に、ですよ。無計画はただの恥晒しです」
自分の家庭が貧乏だった。彼女には恐らく無計画だという離婚した両親に対しての怒りが垣間見える。比較的穏やかそうな彼女が使う激な言葉が、どこか彼女の本心や葛藤が見えてきた気がして自分に重ねてしまう。子どもは親や家庭環境を選べない。普通の人間なら遭わないであろう理不尽な目にだって遭ってきた、自分はこんな無計画な人間になりたくないと。
「恥晒しっちゅうんは、親御さんに対して一番言いたいんじゃろう?」
「っ………」
図星だったのか、明らかに少し目に力が入った気がする。
こりゃあ、またフラレるか……?
でもまぁ、一人の若い女が終活だの貯金だの腐った価値観に50年以上も塗れたまま一生を終えるよりは幾分かマシだろう。損な役回りだが、一生懸命に今を生きる彼女の何かの転換点になればいい。
「計画的に人生行きゃあ皆苦労せんわい。まだまだ若い、そう可能性をしらみ潰していかんでもええじゃろうが」
別に結婚はした方がいいだの、子どもを早く産めだの、軒並みの説教がしたい訳じゃない。
だが人生はとてつもなく長いのだ。55歳の自分ですら死ぬにはまだ若いと言われる長寿が当たり前の時代に、次世代の彼女が先に物憂いて老後の支度をしてる事自体が異常だと思う。貧しい家庭環境もあろう、疲れた恋愛もあろう。だがそれが全てではないのだ。
「じゃあサカズキさんは再婚されないのですか?」
「……」
なぜそうくる。
というか、バツイチだった事を何故。あぁそうか、ヒナなら知っていてもおかしくはない。真面目そうな彼女がお構いなく此方のプライベートに踏み込んで来るのが意外で、思わず閉口してしまう。まぁ、此方も彼女のプライベートに踏み込んで偉そうに説教紛いの事はしているのだが。
「可能性をしらみ潰すなと言うなら、サカズキさんだって今後再婚されたり、お子さんだって可能性はありますよね?何か行動されてますか?」
「お前のォ……」
あぁ言えばこう言う。
テレビで観た最近流行りなあれか?論破してくる奴か?
彼女にとって母親の事で図星を言われたのがカチンと来たのであろう。ずいっと若干顔を近づけてムキになっているところが、まだまだ若いなと可愛らしく思う。彼女からプライベートについて話してくれたとはいえ、此方もぐいぐい踏み込んでしまったのだ。挑発に乗るほど自分も若くはないし、受け流すが吉だろう。
「まぁ確かに、一度バツがついとるけェ、もはや結婚が億劫になっちょるわ」
「50代で結婚して子どももいる芸能人、たまに見ますよ?」
芸能人はまた別の話だとは思うが。
そう言うと確かに、そうかもしれないですねと笑って返された。以前の食事の時と打って変わって、彼女の喜怒哀楽がだいぶ出るようになった気がするのは、彼女の真髄である家族の事を聞き出せたからかもしれない。とにかく感情が素直に表に出るのだが、コロコロと変わる表情の変化は見ていて飽きない。とても検察の事務官をしているようには思えないと言ったら失礼だろうが。
話が夢中になってきたところで、隣の席に座っていた夫婦らしき二人が席を立って店の入り口に向かっていくと、彼女が腕時計を見出して21時を回ったと言う。確かに、そろそろ時間も遅くなってきたか。
「ごめんなさい、話し込んじゃって。サカズキさん、お腹空いてますよね?」
「いや、いい。取り敢えず一旦店を出るぞ」
飯は彼女を送った後にしよう。店外に出ると、東京の1月らしく寒気が冷たく頬を撫でる。
ベルからは重たい話をしすぎて申し訳ないと謝られるが、むしろ上辺だけの趣味の話なんかより充実した話だったと言うと何処か戸惑った反応が返ってきた。何も楽しい話だけが心地良いものではない。
駅まで送ると言ったものの、そもそも霞が関付近だったので気を遣わないでくれと断られる。すぐそこに地下鉄構内への入り口も見え、金曜の残業を終えたであろうサラリーマンやOLの姿もちらほらあるので素直に従った。ただ別れる時に一言だけ、勇気を振り絞って伝える事にする。今度はもう、痴漢事件の被害者と目撃者という関係は一切なしで。
「また連絡するが構わんか」
「あ、はい!サカズキさんならいつでもお待ちしてます」
戸惑われるかと思いきや、逆に嬉しそうにはにかむ様子で返事をしてくれた事で調子に乗ってしまう。とうの昔に忘れていた華やぐ心は頬を撫でていた寒ささえも温めてくれたように感じた。
人生談義。
(人生とは、計画通りに行かない事でもある)
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