7母の鎖
進展はあった。
テンセイがベルに男はおらんと言っていたが、あの人生談義によれば案の定御名答だったとは。会ってもいないはずなのにアイツの洞察力は流石すぎるだろうと感心する。加えて彼女にまた連絡すると念も押せたし、幾分か満足して自分も帰路に立った。暫くしたところで背後から聞き慣れた声に呼び止められるまでは。
「あらら。誰、あの可愛い子」
「………」
何でまだ帰ってないんじゃ、この氷野郎は。
別に後ろめたい事など何一つしてないはずなのに、見られたら困る罪悪感は何処から来るのか。何にせよ自分と彼女は“今は”何の関係でもない、後ろ指刺される覚えもないのだ。
「もしかして娘?あれ、お前娘なんかいたっけ?」
「早よう帰れ、貴様は」
詳しく伝える義理もないのでシカトして歩いていくと、それでも後ろからついてくる。一体いつからいたのか。本屋に行くと伝えた時からか?だがベルに会った時も特段視線は感じなかったはず。これでも警察庁の幹部まで登り詰めた人間だ、いかなる時も誰かに見られてる視線には敏感な方ではあるはずだが。
「え?まさかパパ活とかじゃねェよな?」
「あ"?」
証拠もないのに不名誉な煽り方をされたので流石にキレた。自分はもとい、真面目な彼女まで立ちんぼしてるような売女風情とは一緒にされたくない。此方の怒りが伝わったのか、珍しく冷や汗を垂れたクソガキが両手を挙げて降参のポーズを取っていた。
「あー…わかった、わかった。だから誰なの、あれ」
「伝える義理はありゃせんわ」
そう言えば元々コイツが書類提出に遅れたおかげで残業し、偶然書店でベルと出くわした事実がある。人生が計画通りいかないとは彼女に説いたが、いかない事で棚からぼた餅があったとは死んでもコイツには言わないでおこう。余計にこれからの書類提出が遅れるだけだろうからな。
□□□□□
「はぁー……」
家に帰り着くとコートも脱がず化粧も落とさず、ソファにごろんと寝っ転がった。自分で言うのも何だが割と几帳面なタイプなんだけど、今日だけはもう許してくれてもいいだろう。ぼんやりと部屋の灯りを見つめては、つい先程まで会っていた人の事を思い出す。
『“終活”は早すぎる。お前あと半世紀以上も終活する気なんか』
『恥晒しっちゅうんは、親御さんに対して一番言いたいんじゃろう?』
『計画的に人生行きゃあ皆苦労せんわい。まだまだ若い、そう可能性をしらみ潰していかんでもええじゃろうが』
ーーーサカズキさんの言葉が今もなお、頭にのしかかっている。
書店で偶然声をかけてくれた事に凄く嬉しくて、Limeでなかなか連絡取りづらかった私にとってはサカズキさんにまた会えただけで幸せだった。そのうち、サカズキさんから私の趣味について聞かれる。人に堂々と言える趣味もなかったので正直に話すと、趣味関連の話はそれで終わるかと思っていたのだが。
書店で買っていた本の事を聞かれた時は冷や汗が出た。サカズキさんがいつのタイミングで私を見かけたかは知らないが、書籍を購入する時は極力タイトルを隠していたはずなのに。まさか30代で“終活”が趣味なんです!なんて恥ずかしくて言えなかったから。
しかし母親に購入した書籍は渡すつもりだと誤魔化したものの、サカズキさんの釈然としなさそうな反応が辛くて、もういっそ喋ってしまえと自棄糞になって人生談義に発展する。何で趣味の話から人生の話してんだろうとも思ったが、案外サカズキさんは真剣に聞いてくれた。というか、今までで一番しっかり聞いてくれた人だと思う。
「……」
私の計画的な人生を話した人は、母親やヒナぐらいだった。どちらも否定も肯定もしなかったし、母親は私が結婚するつもりがないことには少し抵抗があったようだが、それでも自分が失敗してるからこそ全面的に反対する事もなかったんだろう。だがサカズキさんに真っ向から否定された時は、どこか冷静になれなかった。大人であるならば意見が食い違ったって、あぁこの人はそういう考え方なのねと受け流す力が全くない訳でもないのに、何故かずっとカチンときていた。私の事知らないくせにだとか、貴方は私と違って遥かに裕福なご家庭で育ったんでしょうとか、言いたい事がいっぱいあるのに。
まだ「女は早く結婚した方がいい」とか、「早く子どもを産むべきだ」とか言われた方が言い返しやすかった。だがサカズキさんの言葉からはそういう“女”としての話は一切出てこない。
視野が狭いこと、恥晒しだと言いたいのは親へだということ、可能性をしらみ潰すべきではない。
どれも当てはまる事ばかり言われて、言い返そうと思ってもぐうの音も出なくて口が開かない。そんなの私の勝手でしょう?と言えばそれで丸く収まるのだが、どこか負けた気がして最後はムキになってサカズキさんのプライベートまで先に口に出してしまった。一度離婚されていた事、勝手にヒナから聞いていたけど本当だったんだ……。
「重たい、言葉だったなぁ……」
これが年の功というものか。妙に説得力がある気がしたので、恐らくはサカズキさんの人生にも色々あったんだろう。離婚も経験されている事だし。
…でも、何だろう。
サカズキさんに真っ向から否定されたのに、不思議と悪い気はしなかった。いやむしろ、言ってくれて嬉しかった気がするまである。多分私はどこか、先に人生で諦めていた事が多かったからかもしれない。
『父親なんかおらんでも、結婚なんかせんでも、子どもは育つんよ。ベル、自分で生きていけるぐらいの食い扶持は稼ぎなさい。助けてくれるのは結局、お金だけなんやけん』
母の言葉は小さい頃は全てその通りなんだと思い、思春期の頃は母親だけで子育ては十分なんて自己満足だと反抗して、社会人になってからは後半のお金だけが自分を助けてくれる事を痛感する。家族は母だけしかいなかった私にとって、母の言葉はもはや呪いみたいに足枷になっている。だから1年に一回だけの帰省が億劫で嫌だったし、信じたくはないと思いながら母の言葉通りの事が起きると安心する自分がいた。そうすると仮説がひとつ浮かび上がる。
私、未だに親の言う事に影響されてる?
「やめよ……」
考えすぎると私はよく悪い癖が出る。考えない方がいい。疲れてるんだきっと。
とにかく、サカズキさんに狭いと言われた視野を拡げるところから始めるべきか。取り敢えずは趣味から手掛けるか、趣味と言われてもあまりお金はかけたくないなぁ。何かないかと検索のためにスマホを手に取ると、ヒナからLimeが来ていた。
「ん……?」
【明日18時〜、新宿で何人かで飲むわよ】
いつもなら飲み会代が勿体無いと言って断ってる飲み会だが、この日は誰かと喋って同世代の人達の趣味はどんなものをしているか聞いてみたいと思ったので【OK】と返信しておいた。
母の鎖。
(小さい頃は母の言う事は全てだと思ってた)
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