献盃


9怯える原因



普通の友達というのは手を繋ぐだろうか?小学生ぐらいのガキの頃はそんな時期もあったかもしれない。だが今は既に三十路のおっさんだ。

自分が知る限りでは女の友人同士でさえ手を繋いで遊んでる処をあまり見たことはない。だから、少し強引だったかもしれんが彼女と手を繋ぐ。もはや、友達の域を超えてると暗に伝えたく、自分は“男”であると意識させたつもりであったがベルは分かっていたのだろうか。

とはいえ、短気は損気。これ以上身体的に近づくのは嫌がるだろう。この間は逸る心を抑えられらずマイペースに…と思ったが、あくまで自分を受け入れるか決めるのは彼女自身だ。受け入れてくれてたは言え、本当は嫌がってた可能性もあるかもしれない。
あまりに焦れったく複雑な関係性に、彼女を脅えさせた原因を一発殴ってやりたい気持ちにもなる。理由を聞き出そうと思ったが、ベルにあんな暗い顔をされてしまえばそれ以上は追及出来なかった。そんな折。


【ごめんなさい、色々あって暫く連絡できないです。落ち着き次第、必ず連絡します】


週半ば頃に今度の週末は街中の何処そこに行くか、とLimeで連絡してみたところ、ベルからは色好い返事が聞けなかった。
やはり、少し強引に手を繋いでしまった事に怒っているのか?と肝を冷やし、少々落ち込んでいた矢先マスターから声をかけられる。

「……」

「ベルちゃん、今日は来ないって?サカさん」

勿論、華金のRed Shoesにも彼女は顔を出していなかった。色々あっての“色々”とは一体何の事だか、全く見当もつかず、一応マスターにも尋ねてみる。

「色々あって暫く連絡出来ん言われた。落ち着いたら必ず連絡するて……何か知らんか?マスター」

「いいや?というか、連絡先交換したんだね。進展してるみたいで、いい事だ」

にこりと笑顔で祝福してくれているが、幸先は順調ではない。マスターは本当にベルの“色々”を知らないようである。

「まぁ早速、嫌われたみてェだがな……」

「だったらまた“必ず”連絡するとは言わないと思うけどね。……俺から聞いてみようか?」

確かにそれはそう。嫌いだと思った人間に“必ず”連絡するとは書かんだろう。何かどうしようもない事情に追われているような気がするのも確かだが。
マスターの好意にいつも甘えてばかりも申し訳ない。

「いや。もう少し突っ込んで聞いてみる」


いったい、どうしたんだろうか。


□□□□□


思い切って、電話してみた。
すると彼女は今週の日曜日から家に帰っておらず、ホテルに連泊して出勤していたと聞き驚いてしまった。理由は電話では伝えにくいので、直接ホテルに来て欲しいと言われて素直に従う。
ただならぬ様子ではあったのでやはりLimeの文面から読み取れた緊迫感は当たっていたのだろう。

「サカズキさん……」

「ベル、どうした!?」

部屋で迎えてくれたベルは酷く顔色が悪かった。寝不足なのか目の下の隈は濃く、疲れて今にも眠たそうな顔つき。少し痩せた気がする。
一体何があったのか。

「家には帰っとらんのか?」

彼女はこく、こくと頷きベッドに座り小さく蹲り震えている。そして、隣のベッドの上に置かれた二つの奇妙な手紙に指を差した。

「こ、怖くて………この1週間、ホテルに泊まってたの……これが、自宅の郵便受けに……連日入ってて」

1通目。
【見ツケタゾ】

2通目。
【男トイタナ、コロス】

なるほど。原因はこれだったのか。
何とも典型的なストーカーなのか。警察官ゆえ、この手の怪文書などいくらでも見てきたので慣れてるが、彼女にとっては尋常ではない恐怖でしかないだろう。お世辞にも達筆とは言えぬ汚い字で、今時鉛筆で書かれている。

「なるほど。男……?」

「うん。たぶん……サカズキさんとこの間駅でいたの、見られてたんだと思う。それ以外で私、男の人といた事ないから」

この間駅で一緒にイルミネーションを見たのは土曜日。
ベルが言うには、土曜日の夜の帰りに既に手紙がポストされており、次の日の日曜日の正午過ぎにまた投函されていた、と。余りの恐怖で、すぐさま自宅前にタクシーを呼びこのホテルに連泊していたらしい。
彼女が誰といたかも、既に住所も特定しているあたりストーカーと見て間違いはないだろう。恐らく彼女の職場や行きつけのRed Shoesも把握されてる可能性が高い。

ーーーさぞかし怖かったであろう。
だが、この1週間誰にも相談出来ずにいたのか。両親や叔父に助けを縋っていた感じもなく、ならば警察に相談ぐらいはしたのか一応聞いてみる。

「……警察には行ったんか?」

警察官である自分がいうのも何だが、望みは薄いかもしれん。被害届を出されても実際にすぐに捜査が開始される訳でもない。ストーカー行為を裏付ける証拠や犯人の身元も特定出来ていなければ、対応できる職員が少なく腰が重いのも現実だ。

彼女の顔がまた余計に曇る。

「ううん……だって!…これだけじゃ、警察は……動いてくれないもん……」

震えながら、少し涙目で訴える様子からして勘ぐってしまった。恐らく被害に遭ったのは一度や二度ではないのか?まさか、彼女の男性恐怖症とやらは此処から来ているのかもしれない。
徐ろにベルに近づき、ベッドの淵に座ると少しびくりと彼女の肩が跳ねる。

「ベル。何度か遭ったんじゃな?」

「っ………」

「話してくれんか。力になるけェ」

彼女が縛られているものは一体何なのか。まさかこんな形で紐解くとは思わなかったが。今はとにかく、その下劣なクソ野郎に一発かましてやりたいぐらい憤慨していた。



□□□□□



ベルが大学に入りたての頃、2〜3回話しただけのサークルの先輩から告白されたのだが、別にタイプでも何でもなく丁重にお断りしたのが運の尽きだった。
何の恨みなのか男好きだの誰にでも股を開くだの勝手に噂を吹聴されて、男女関係なく好奇な目で見られてそれから大学卒業まで酷い目に遭った、と。一人暮らしをしていたのでたまに後ろからついて来られた気がすると、次の日には郵便受けに「彼氏になってやってもいい」なんて気持ちの悪い手紙がひとつ。ふたつ。
学生課やカウンセラーにも繋いで話したが、警察でもないし厳重注意という形でしか対処できないらしく、警察にもストーカーされた件を一応話してみたが付き合った彼氏でもなく、また証拠も不十分なため大した対応もできない、と。 

そこから特に自分を好きだと言い寄ってくる男が怖くなったらしい。普通に接している男でも、告白されて断ると、豹変してくる様子がトラウマである、と。ならば元から関わらなければいいと就職も女性だらけの職場を選び、極力男と関わらないように取捨選択していた。

怪文書の筆跡からしてその時の輩の筆跡と同じらしく、手口も似ており、大学時代に投函された怪文書を一応自宅に保管していると伝えられる。

「なるほど。つまり、犯人は大学時代のそいつの可能性が高いっちゅうことか」

「うん……」

同情心と同時に再度怒りがこみ上げる。こんな卑怯な真似で女を貶め、長年に渡り深く傷つけてトラウマを残しやがって。しかも性懲りもなく再び現れるとは。

そして。内心、彼女に言い寄った男の一人である自分も、ベルに大層恐怖感を与えてしまっていたのかもしれんと思うと、今更ながら申し訳なかった。恐怖症というのを甘く見過ぎた。たとえこんな経緯など知らなかったにせよ、自分との短い付き合いも彼女には負担ではなかったのだろうか。

ベルの言う通り、二通の手紙だけでは証拠は不十分。ストーカー行為を裏付けるには犯人が郵便受けに投函している場面か、ベルを尾行している場面を記録する必要がある。現実的には探偵などの第三者を介する方がベターではあるが……。
今の消耗している彼女の様子からして、ストーカー行為の解決策を提示するのはまず後だ。

「取り敢えず、このホテルにずっとおるんも困るじゃろ。実家には帰れんのか?」

帰れるのなら親のいる実家に帰ったほうがより安全だろうが、確か彼女の出身はどこだったか。ホテル代も馬鹿にならないだろうに。

「実家は東京なんです。飛行機で行く距離だから、それだと私が会社に通勤できないし。叔父さんは奥さんとお子さんもいらっしゃるから……迷惑だけはかけれなくて」

「……」

「あ、いや。ホテルは明日か明後日にはもっと格安のとこに行こうかなって。だから宿は大丈夫です、ご心配なく」

心配なく、は無理な話だろう。エレベーターに乗る時カードキーを必要とするような設備の整ったこのホテルならまだしも、ここより格安なホテルがそこまで設備が整っているとは思えない。客のフリをされれば手紙に書いてある通り刺して来る可能性だってある。
第一、彼女は恐らくこの1週間眠れていない。仕事もしながら、安眠出来るはずの自宅にも帰れないのならこんな酷な話はないだろう。

「ウチ、来るか?」

「えっ……」

気づいたら口に出してしまっていた。下心なんて一切もなく、ただ早く眠れるよう最善策を提案したのだが。言葉にしてすぐ、安直な考えを呪う。傷心している女に更に追い打ちをかけるような事を言ってしまった。

「いや、すまん。嫌ならええが」

「あ……あのっ……えっと……凄く、申し訳ないですし」

「……」

歯切れが悪く、口先では拒む彼女だったがとても本心とは思えなかった。それぐらい、肉体的にも精神的にも相当参っている様子。とにかく、眠たくて仕方がないのが見てとれる。

「いいですよ、そんな……」

普段なら細心の注意を慮ってゆっくり尋ねるところだが、時と場合を考えれば、選択肢を考えられる程悠長にしてられる余裕はないと思う。犯人がこのホテルを尾行していない可能性もないとは言いにくい。とにかくそんな女を一人にさせるほうが此方が心配で気掛かりすぎる。

だから、せめて。
嫌なら嫌だと、はっきり拒んで欲しい。

「はっきり嫌と言うてくれた方が、此方も諦めやすいんじゃが。俺ん家が嫌なら嫌とそう言ってくれ」

「嫌………」

 
怯える原因。
(じゃないです……私、眠たくて眠たくて……もう)
(……じゃろうのう)

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