献盃


8恋人繋ぎするお“友達”




ーー触れる。
ーー触れられる。

その迫る手が怖くて、あの件からトラウマになってた。だから、最初サカズキさんが助けてくれたあの時も、たとえ悪意はなくても肩に触れてきたのが怖くて拒んだ。
今なら、彼とは喋る事が普通に出来るのなら手に触れる事も大丈夫ではないかと思って試してみる。大きな、ごつごつとした手で日に焼けて少し浅黒い。

「(大丈夫かも……)」

嫌悪感だとか、身に迫る恐怖は感じない。むしろ少し高い体温が心地よくて。いきなり彼にぎゅっと握られた時は想像以上に温かくて吃驚したけれど。

「(嫌ではない、んだよなぁ……)」

そのうち、サカズキさんから外に出てみないかと誘われてついていく。最初は店の中でしか会わないと約束してたはずだが…若干酔いあってか今はもう、彼なら大丈夫な気がすると根拠のない安心感の方が勝っていた。

土曜の夜の9時。
一応何処に行くんですか、と聞いてみると沈黙が流れる。あんまり行き先については考えていなかったみたい。

「……駅でも歩くか」

「あ、はい」

Red Shoesの最寄りにある駅は、地方都市の玄関口である。テナントはコンビニから百貨店まで揃えられている、比較的大きな駅。21時という事もあって閉まっている店舗は多いが、それでも玄関口というだけあってこの時間でも人通りが少ない事はない。
更には12月というのもあるのか、駅前の広場でイルミネーションが輝く。小さな電球で飾られたオブジェに囲まれる風景はこの時期ならでは。

「イルミネーションって、見てると逆に寂しくなりません?」

「そうか?」

「だって、イルミネーションから離れてしまったら……いつもと変わらない景色だから」

綺麗だな、素敵だなって浸った後の暗い虚しさ。いつかは普段と変わらぬ情景が戻ると思うと、一時の光輝く世界って切なげで儚い。勿論美しさを感じる心はあるけれど、限られた時間と空間を楽しむ気持ちといつまでもなくなってほしくない傲慢な気持ちがせめぎ合う。
近くの空いてるベンチに共に座りながら言うと、彼は少し可笑しそうに笑った。

「物書きの先生が言いそうな事じゃの」

「先生だなんて、そんな」

「ところでどんなジャンルを書いとるんじゃ」

………。
それは言えない。まさかばりばりの恋愛モノ書いてるとは。普通に男女の恋愛を妄想でなら全然アリではあるが、こと現実になると臆してしまう小心者。今更彼に恥ずかしがる事はないだろうが、作品を見せて欲しいと言われても困るので解答は控える事にした。

「執筆については秘密主義でいきたいので……」

「ほうかィ」

サカズキさんの良いところは必要以上にしつこくなく、淡々としているけれど冷たく感じる事はない。未だに真正面から目を合わせるのは恥ずかしいが、横顔ならちらりと見る時間が増えた気がする。
ふと気づく。ベンチに一緒に座った時に、私のロングスカートの裾が彼の膝の下にはみ出したらしい。気づいた時には少し立ち上がろうとする素振りを見せると、状況を悟った彼も太腿を浮かしてくれたのだが。

「あ、ごめんなさい……」

「……」

不意に私の左手が彼の太腿に当たってしまった。咄嗟に謝罪を述べるも、サカズキさんは反応してくれない。
その代わりと言ってなんだが、その大きな右手の平がにゅっと出てきて、私の左手はあっという間に包まれてしまった。

「っ……ぁっ」

店でぎゅ、と軽く握られたのとは違い、今度は少し強めに握られる。店とは違ってここは人通りが多く、周りはカップルが多いとはいえ、男の人にぎゅっと手を握られる事慣れてない私は何とも言えぬ羞恥心を覚える。

「は、恥ずかしいです……サカズキさん」

「嫌か?」

そんな。目は合わせないが横からじっと見つめられているのを感じる。私が咄嗟に嫌といって振り解かないのをわかってるくせに。

「い、嫌じゃ………ない、です……がっ」


沸騰しそうです。

と伝えると、サカズキさんに少し鼻で苦笑いされた。一瞬だけ力弱く握られたが、彼は指を動かしていわゆる恋人繋ぎにすると満足したのか目を瞑る。此方は必要以上にドキドキしてるのに、向こうは瞼を綴じて余裕そうにしているなんて。
手汗掻いてしまったらどうしよう。寒いとはいえ、緊張で全身の血流がそっちにいってるかのような熱さに、別の意味でもまたドキドキしてしまう。

「思ったんじゃが」

「?」

ふと、尋ねられる。
綴じてた瞼をうっすらと開け、ぼんやりと彼は光輝くオブジェを見ながら言った。

「男がどうと言うより……あんたを脅えさせる原因を作った奴が一番怖いんと違うか?」

「……」

一瞬息が詰まった。
ふわふわとした雰囲気から一転、急に思考が引き締められる。まさか、サカズキさんの方からその事について言及してくるなんて。
どうしよう、問い詰められたら。何て、何て答えれば……怖い、やだ。

ーーー嫌われたりしたら。

「……そ……れは」

「詳しくは聞かんがよ、現にこうやって俺とは手を繋げとるじゃないの」

なかなか言葉を発しなかった私を思ってか、心做しか優しく言ってくれる。詳細を聞かないと言ってくれた事に安堵しつつ、繋いだ手を少し上に挙げて此方を向いた彼と久しぶりに視線が合う。一瞬、あんなに心がざわついていたのに、この人に優しくしてくれるだけであっという間に恐怖感から解放されて心底安心してしまう。

この人も、男性だっていうのに。
しかも私に明確に好意を伝えてきた、多分下心だって隠してすらいない。でも不思議なもので。

「だってサカズキさんだから……」

「俺も男だが?」

「わかってる……でも、嫌がる事はしないでしょう?それに」

彼の見せる下心は嫌じゃない。ううん、女性として見られていると分かっても、むしろ触れられたい気持ちが自然と湧き出てくるのがあって。自分でも戸惑うくらい、彼なら大丈夫だって謎の信頼があるのだ。

ーーー決して、“あいつ”なんかとは違う。


「男の人だけど。ちょっと変わった人だな、って」

「俺が?……そりゃお互いにな」
 
「ふふ。私も?」


こんな面倒臭い症状を抱える私を、友達になってまでどうして好きになってくれたのか。変わった人だと正直に伝えると、私も変わってると言われてしまう。
繋いだその手はずっと、握ったまま。彼と語らいながら見るイルミネーションの光景は不思議と寂しくなかった。


□□□□□


取り敢えずお互いの連絡先を教えあって、今度は街中で会おうと約束した。彼とは終着する駅の方向も本線も違い、異なる乗り場でもあったので駅の改札口で別れる。

「気ィつけて帰れよ」

「はい。サカズキさんも」

名残惜しく繋いだ手を離して、少し手を振って、私も自分が乗るべき方の階段に足を向けた。未だにほわほわとした感覚が抜けきれなくて、頬も少し熱い。

手を繋ぐ。

私達はこれで友達と言えるんだろうか。何か普通にサカズキさんと手を繋ぐの、当たり前に受け入れてしまったけれど。女友達とでも手を繋ぐって普通、しないよね。

「………(こ、恋人かな……)」

端から見れば全くその通り。だが、だからと言ってサカズキさんから“友達”を止めようとは言われないし、では早速“恋人”になろうと言われても正直まだ戸惑う。

『男がどうと言うより……あんたを脅えさせる原因を作った奴が一番怖いんと違うか?』

ただ。そう言われて、何処かストンと心の中に落ち着くものがあった。そして、彼に出会った事で漸く気づいた事実がひとつ。

仲良くなったサカズキさんに触れられるのは大丈夫。でも、自分を脅えさせる存在は無理。それは、私だけでなくどんな女性でもそうなのでは……。
今までは男の人に好意を向けられると問答無用にだめだと思っていた。とにかく怖い、豹変して襲ってくるかもしれないという懸念がずっと拭いきれなかった。

「(はぁ……帰ろう)」

サカズキさんに出会った事で、その仮説は覆されてしまう。本人が言う通り、私がこんな風になってしまった原因である“あいつ”が、もしくは“あいつに似てる男”が、怖くて怖くて堪らなかったのかもしれない。

そしてまさか。
恐怖の原因となった当事者が私やサカズキさんの事を一部始終覗いていたとはこの時は知る由もなかった。

「ベル……」

「見つけた」


恋人繋ぎするお“友達”
(天国から地獄へ)

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