11手がかり
「ククク………」
「嗤うなテンセイ」
月曜の昼休み。
あらかじめこの一件について土曜日に確認の電話を入れておいた。初めは「お前がストーカーされとんのか?」と勘違いされたが、事の次第を一から話す嵌めになりベルが自分の家に居候している事がバレると、案の定の反応だった。
「何じゃ、1ヶ月も経たんで同棲したんか。案外やるのう、サカズキ」
「此方は真面目に言うとるんじゃ。揶揄うんはよせ」
実際に被害に遭っている女がいるんだ。不謹慎な事は言いたくなく、少し睨むと流石のテンセイも空気を読んだようで揶揄いは止み、一枚の書類を手渡される。そこにはベルが持っていた怪文書と同じような手紙の証拠写真と、新しい情報が記載されていた。
「冗談はさておき。確かに、隣の市でストーカー被害が遭った件で同じような事例が一つあってのう」
「ほう?」
「お前が言うとったように漢字とカタカナの手紙に続いて、体液が付着した物やら被害者の隠し撮り写真やら送って嫌がらせした変態じゃ。一応被害届が出されとったが、被害者本人も全くストーカーされる心当たりないらしゅうて被疑者に警告も出来んかったようでのう……結局捕まっとらんのよ」
隣の市の20代女性もストーカーしていたとは。
だが文書を目に通しても、情報はそれぐらいで何処に現れやすいかもわからない。身長と体型は書いてあるが、髪型や身に付けるモノは変えている可能性はある。それにベルが最後にそいつを目撃したのは大学時代だし、実際にまだ目の前に現れた訳ではなく確証も乏しい。
「相手はお前が姪御の近くにおる事知っとるんなら、お前もターゲットにされとるぞ恐らく」
「わぁっとる。……こがぁな外道にやられてたまるかィ」
犯人は隣の市か、自分達の住んでいる市が行動範囲であり、たまたまベルを見つけたのだろうか。駅前で俺と一緒にいた彼女を目撃しわざわざ家までストーキングするあたり、執念深さはあろうが姑息な手で昔フラレた女に迫るとは男の風上にもおけん。
何とか現行犯逮捕して彼女を安心させてやりたいが、雲を掴むような情報だけでは何とも。ストーカー行為を記録するにせよ、現行犯で逮捕するにせよ、またコイツが出現しない限りは叶わぬ話ではある。
「まぁの。しっかし、一番危険なんは同居しとる野良犬のはずじゃがのう……ハハ」
「余計なお世話じゃ。ま、資料集めは礼を言うとくわい。今度奢るけェ」
「取っ捕まえるんなら協力はするけェの。遠慮せんで言え」
協力するという有り難い言葉を受け取ってその場から離れる。
ーーーさて、これからどうするか。
頭を悩ませるも、取り敢えずはこの事を彼女に伝えるしかなく書類も持ち帰る事にした。
□□□□□
「あ、サカズキさん。お疲れ様です」
「すまんな。待たせてしもうて」
お互いの職場から自分の家の最寄り駅でベルと合流し、毎日その駅から自分と家に帰る事になった。大概自分の方が退庁時間が遅いので待たせて申し訳ないが、安全を考えれば致し方あるまい。
「いえ。夜ご飯何にしようか迷ってて」
「あんたも仕事があるけェ。毎日せんでもええぞ」
「ううん。これぐらいしないと、居候させて貰ってるし」
ベルからは食費や光熱費を先に渡しておきたいと言われたが、被害に遭ってる者から現金を貰うのは気が引けた。彼女が好き好んでこんな状況に陥った訳ではないからである。
だがそれだと良心が傷むと言うので、その代わりと言っては何だが、夜は手料理が食いてェと言うと快く承諾してくれて今に至る。
「(……同棲みてェだな)」
同棲の経験はないが、まだ若い頃(20代)は適当に遊んだ女が甲斐甲斐しく手料理を振る舞ってくれた事は何度かあった。そんなに女に思い入れがなくとも、手料理というのは文字通りいつも胃袋を掴まれるもの。
「料理は得意なんか?」
「そりゃあ……繁忙期にはRed Shoesで厨房に入る事もありますし」
確かに、あの店でも彼女が幼い頃から手伝いはしてるとマスターから聞いていた。酒場とはいえなかなか手の込んだメニューがあったので、得意なものなんだろう。
「なるほど。じゃが、店には少し行き辛くなったのう」
「うん。叔父さん、勘の良い人だから余計に心配させちゃうし。ほとぼりが冷めてからまた行こうかなって」
マスターにむやみに今のベルの状況を伝えても心配させるだけかもしれん。それに自分の家に転がりこんでいる事を知れば、あまりよくは思わないだろう。あの見透かした視線で見下されそうで自分も居心地はまぁ悪い。
ふと、彼女の足が止まった。キョロキョロと辺りを見回す。
「?……どうした」
「いや。何となく視線を感じて」
「……」
駅から徒歩3分。商店街の中を彼女と歩いていたがまだ人通りの多いところ。自分も辺りを見回すが、此方を監視しているような怪しげな奴は特段見かけはしない。あの怪文書が来てから、視線に過敏になっているのであろうか。
「……大丈夫じゃ。襲って来よったら俺がぶちのめしたるけェ」
「はい。本当にお強そうですよね、サカズキさん。頼りにしてます」
腕っ節ならそんじょそこらの奴には負けんと自負はしているが、テンセイに自分も犯人のターゲットの対象だと言われたのを思い出し、今一度周囲への警戒を怠らぬよう気を引き締めた。
□□□□□
随分上手いメシを作って貰って食べ、先に自分が風呂に入り、その後ベルが風呂に入った。
「ふぅ。お風呂頂きました」
「おん……」
すん、と鼻にいい香りが纏わりつく。彼女自体はしっかりとパジャマを着て隙もないのに、どうにもその動作や仕草だとか、女らしいシャンプーの香りなんて嗅いじまうと意識してしまう。自分の理性を抑えるので必死とは、警察官が聞いて呆れるだろう。
取り敢えず不埒な煩悩を振り払ってベルの隣に座り、今日、テンセイから教えて貰った情報をそのまま彼女に伝える。
「え。隣の市で?」
「あぁ。恐らくお前だけじゃのうて、他にも被害者がおる。心当たりは?」
「いえ……全く。大学時代も数年前の話ですし、その後何処に就職したとか全く知りませんし」
二通の手紙がポストに投函されていたのは、土日。もしかしたら向こうも仕事があって、ストーキング行為をしているのは土日だけなのか?と思う。ここ数日彼女は自宅にいないので、投函していないだけかもしれんが。
「顔や姿形は憶えとるんじゃろ?」
「ええ。変わってなければ……」
「犯人はあんたが一人になる時を待っとるはずじゃ。一番は尾行しとるのを記録するか、襲ってきたんを傷害で現行犯逮捕するか……自宅付近で待ち伏せるんが現実的じゃが」
「……」
「怖いか?」
「い、いえ……」
手っ取り早く言えば“囮”になって貰うのが確実ではあるのだが、刃物を持っていたり暴行の可能性もあるので得策ではない。自分は顔が割れているので、相手も周囲を注意して近づかない可能性が高いのだが。
肩を竦めて不安そうなベルを見て、それ以上続けるのはやめる。取っ捕まえるのが彼女にとって一番の平穏であるが、そもそも目の前に現れぬままの事だって多い。これから先、ずっとストーカーされているという不安や恐怖に苛まれる事を思うと、不憫になって少し励ます。
「ま。此方はいくらおってもらっても構わんが。あんたも早う自分の家に帰りてェじゃろ」
「いえ。もう今の自宅には……。早々に引越しようと思います」
「ほうか」
現実問題、住所が割れてる時点でそれが一番の安全ではあろう。
彼女は何も悪くないのに、そんな外道のお陰で引越も検討に入れねばならぬとは、理不尽なもの。
「でも、今はサカズキさんといて凄く安心しています。本当に」
出会った初期の彼女からは考えられない程の近さで、少し微笑んではにかむ様子で言ってくれる。あんなに視線が合わなかったはずなのに、今はやっと普通に目を合わせてくれるようになった。
「……ほうかィ」
「安心する」と言われて嬉しいのか哀しいのか。
此方はある意味複雑ではあるが、ベルにとって良かったのならそれでいいのではないか。
とはいえ、この一件が一段落したら、正直に“友達”はもう辞めると伝えようとは思う。やはり一緒に暮らしても、彼女の事を女として見ている。ストーカーに遭って恐怖で脅える彼女を見たら、尚更守ってやりたくてこの有様だ。
今のこの状況でさえ、もっと彼女と近づきたいという気持ちを抑えるのでいっぱいだと言うのに。
「!……ベル」
「駄目ですか?手を繋いだら……」
どうして今日はそんなに積極的なのか。
おずおずと自分の手だけに擦り寄るような体勢で、触れられているのもお互いの手だけなのに。妙に近いこの距離感と、繋ぐ手がアンバランスで。もっと触れてみたい、顔や腕や首元、そして唇や胸や腹や尻。彼女を丸ごと包み込んでやりたい欲が咄嗟に出そうで、寸前の処でなけなしの理性を効かせる。
いつになく、ベルの視線が俺と合い誘われているようなそんな錯覚もただの気の所為だと押しやって。
ーーー意を決してその手を振り払った。
「すまんが、構わんでくれ」
「え…」
その場から立ち上がり、煙草とライターを持ってベランダに向かった。後ろから「嫌い……?」と微かに溢れた言葉。むしろその逆だ。好きすぎてもう今すぐにでも押し倒してしまいそうだと言えたらどれだけ楽だろう。
頼むから、ここにいる間は言う事を聞いてくれ。
「ええから言う通りにしてくれ。俺は…ストーカー犯と同じ穴のムジナになりとうないんじゃ」
「……」
少々乱暴な言い方だったが、心の底はそれだった。自分までも彼女にとっての恐怖の対象には死んでもされたくはなかったのだ。
手がかり。
(あなただけは違うから近づいたのに)
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