献盃


13進展




「ここ最近しんどそうじゃのォ……サカズキ」

「何がじゃ」

同じ部署ではないというのに、わざわざ昼休みの休憩中に現れた旧友。流石は付き合いが古いゆえか、自分がどんな顔色かはすぐさま判断できるらしい。イライラして貧乏揺すりが止まらないこの有様を見れば、一目瞭然かもしれんが。ケラケラと嗤いつつ、コーヒー缶を片手に横に座ってきた。

「つまり?姪御を連れ込んだはええが、手ェ出されんで藻掻いとるっちゅう事か。アホじゃのう……」

「相手は被害者言うとるじゃろ」

何故そこまで的確に自分の悩みを指摘できるのか。そう問えばお前は顔に出やすいと揶揄われる。警察官にとってはあるまじき癖だ、まだまだ自分は青臭い。奴に指摘されて嫌でも分かるのがまた憎い。

「クク。構うもんかィ、あっちも満更じゃありゃせんと違うか?」

「……」

それに関しては否定はできない。現に彼女も、以前よりか心開いてくれてるとは思うが……。

これは自惚れかもしれんが、きっと此方からベルに“友達”を辞めて“恋人”になりたいと言えば彼女は怖がりはするだろうが、拒みはしないだろうと思う。

たまに同棲していて感じる視線がそう。恋愛経験が然程多いわけじゃないが、いつからか自分に好意を持って向ける視線に変わっていた事に気づく。
大層嬉しい事だが、俺は今の関係を有耶無耶にはしたくはなかった。ベルが自分の家にいるのはあくまで身の安全の確保だ。好き合って同棲しているのとは訳が違う。

だからこそ、ストーカー犯をその檻にぶち込むまで、自分からは“友達”解消を言えずにいた。これは自分なりのけじめだった。

「で?能書きはいらん。何の用じゃ」

テンセイがなかなか腹を割らないもんだから此方から尋ねると、ククと奴は笑う。グラサンの下の目つきはいつになく真剣だった。

「朗報よ。あの一件でよう、進展があったんじゃ」

あの一件と聞いて、すぐさまベルのストーカー犯だと分かった。コーヒー缶を手元に置いたテンセイから数枚の書類を手渡され、字面を追っていくと有力な情報が手に入る。

「あの姪御をストーカーしとる犯人の職場が分かったみたいでのう。隣の市で被害を受けた女の同僚が見つけたんじゃ」

「なに」

職場は隣の市に本社があるIT企業に勤める20代後半の男。ベルの大学時代の先輩と言っていたので、年齢差も合う。名前は……ほう。確かに彼女が言っていた名前だった。男の職場は、隣の市で被害を受けた女性が働く会社の取引先であったらしい。接触は仕事内容を数回話したのみ、と。かつてのベルも初めて会って2〜3回話した程度で告白をされたらしいので、惚れやすい、思い込みの激しい男なのやもしれん。

被害を受けた女性によると、取引先との打ち合わせの後に食事に誘われたが断るとストーカー行為をされたと。恐らくその時に尾行されていたんじゃないかと推測する。
女から断られると、逆上して行為に及ぶのか。タチの悪いやつめ。

「あとは筆跡鑑定と、犯人が女をストーカーしとる処を押さえりゃ此方のもんじゃ。上に相談したらのう、このストーカーの件に関しては業務中に動いてもええと許可がおりた。勿論お前もじゃ」

「本当か!?」

テンセイがセンゴクさんに掛け合ってくれたらしく、二つの案件の証拠から再犯の可能性も高いと見て捜査の許可がおりた。これでやっと、事件解決の道に進める。
ただあくまで捜査については守秘義務とし、当事者のベルにも伝えられないとした。此方の動きがバレてしまうと犯人が気づく可能性があると。その部分には彼女の安全も考えて反対ではあったが、致し方あるまい。

「必ず、捕まえちゃるけェ」

彼女を脅かす悪魔を取り除く。
警察官である自分の役目はとかくこれだ。ベルを自分の家に迎え入れたのも本来はこの為。彼女の身の安全を守り、安心させること。

そして何より。
女一人守れもせんで“恋人”になってくれ、とは口が裂けても言えなかったからだった。



□□□□□



一方でベルが自分の家に転がりこんでから2週間。私生活は至って順調ではあったが、ひとつひとつ綻びというか、彼女との話が上手く噛み合わない時がある。別になんて事はない。喧嘩した訳でもなく、気まずいという事もなく。

今日もいつも通り、お互い待ち合わせしていた駅から一緒に帰って夕飯を食べ、だらだらとテレビでも観ながら喋っていた時の事だった。

「一緒にいらっしゃったテンセイさんって方は、ご友人ですよね?他にもいらっしゃいますか?」

「あぁ、そうだが。何故そんな事を聞く?」

「え、あ……いや。他にどんなご友人がいらっしゃるのかなって、ただの興味本位です。ご気分悪くされました?」

「いや……」

そうではない。ただ、“友達”云々の話をされると必然的に自分達のこのちぐはぐな“友達”関係を指摘されそうな気がして、早めに話を逸らしたかった。
もし、“友達”を辞めたいなんて言われてみろ。答えなんて見つからない。自分のプライドのせいで彼女からの歩み寄りを無駄にはしたくなかった。


案の定、あまり話に乗り気でないと思われたのかベルはいそいそと洗面台に赴き歯を磨いて、寝る準備をしていた。丁寧に今日使ったタオルを畳んだり、明日仕事で持っていくバッグの中身を整えたり。
それをぼーっと眺めていると、脱衣所でパジャマに着替えたらしい彼女がスマホを持ってリビングから去ろうとしていた。

「今日はもう、寝ますね。おやすみなさい、サカズキさん」

「?……もう寝るんか」

まだ夜の10時だ。一旦俺の寝室に籠もられてしまうと彼女は寝付く0時までトイレ以外で出てくる事はない。朝方は俺の方が随分早いので、ベルと面と向かって会う事はなく。

理性を留めるにはできるだけ会わない方が好都合のはずなのに、ことリビングから早々と消えそうになると情けなくも惜しくて堪らない。
此方の気も知らず、きょとんとした顔で彼女からは不思議がられてしまった。

「え。昨日はサカズキさん、これぐらいの時間に寝てましたよ?」

「……。あぁ……ほうかィ」

自分がそうしていたのなら致し方ないのか。致し方ないものなのか……?
かと言って、それ以上喋る理由も見つからず、引き留める事も出来ず。

「それじゃ」

「あぁ」

もっと一緒にいたい気持ちと、理性が崩れない安心感をどちらを取るべきか。単純明快な疑問さえ、自分にとっては悩ましい問題であった。

ーーーあぁ、もどかしい。
“恋人”にさえなれば一緒にいたい理由なんて特段いらず、思うがまま彼女を独り占めしたいと伝える事ができるのに。


進展。
(自分なりのけじめがあるんだ)

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