献盃


14残像




※注意書き※
警察官が現行犯逮捕している場面がありますが、犯罪名や警察署に連絡する文言など、二次創作のため全て妄想で描いております。
実際とは異なる点も多々あると思いますので、温かい目で見て頂くと有り難いです。


□□□□□


彼が“友達”云々の話をしなくなった事には気づいてはいた。最初同棲し初めの頃は私を女性として意識してる事を仄めかされたけれど、最近はそれどころか“友達”でいる事すら触れられたくないような雰囲気で。せっかく合った視線すら逸らされる。

「……」

“友達”を辞めて“恋人”になりませんか?

と一言言えればいいのに。何だか、肝心の事を言葉にしちゃうとこの関係が壊れちゃうような気がして結局一歩も踏み出せずにいる。仕事から帰って、私の料理を美味しそうに食べる処や寝るまでの短い談笑は楽しいはずなのに、サカズキさんという人がよく分からなくなってきた。

だったらさっさと彼の寝室に籠もってスマホでもいじっていよう、とリビングから早々に去ろうとすると引き留められたり。焦れったい気持ちを余計に引っ張られてる気がして、もどかしさを隠せない。
だからといって、サカズキさんの家から出るのも流石に防犯面で怖い。そんな折だった。

仕事の帰り際、珍しくサカズキさんからLimeが来ていた。

【すまんが、宿直を急遽変わることになった。帰りは気ィつけて帰ってくれ】

「あ、サカズキさん。今日は帰らないんだ……」

珍しく帰ってこないとは。彼によれば所属する部署によって勤務形態も変わるらしく、今のところお役所と同じく平日勤務土日祝日休みだったが、犯罪捜査や事件事故、災害などによっては急な対応に追われる事もあるという。
警察官も大変だなぁ、とぼんやり思いつつ家から持ってきた傘をさす。今日は一日中大雨。足元がびしょびしょになるほどで、あまり長居はしたくない。
いつも待ち合わせしてる駅から、サカズキさんのお宅まで徒歩で12〜13分程。少し足早に歩を進め、商店街のアーケードに入った時だった。珍しくスマホのバイブが鳴った。見ると、それこそ今思いを馳せていた相手の名前が表示されている。

「ベル」

「…もしもし?サカズキさん?」

毎日顔を合わせているのに、電話だと少しドキドキする。彼はあまりスマホを使わない。そんな彼が電話してまで私に何の用事だろう。
しかしほっこりとする間もなく、サカズキさんから衝撃的な事実を伝えられる。

「詳しい話は後じゃ。落ち着いて、キョロキョロせんで聞け。今のう、20m程後ろに犯人がお前を尾けちょる」

「!?……」

その単語を聞いた途端、血の気が引いた。キョロキョロするなと事前に釘を刺されたお陰で、後ろを見たくなったが辛うじて我慢する。お腹の底がキュッと締まって、呼吸が少し荒くなる。止まりそうになった足取りを何とか止めずに歩き続けた。

商店街のアーケード街ではまだ19時だからかいつも通り人通りはあって、仕事帰りや買い物に赴く主婦で賑わっていた。人通り少ない場所と違って、後ろからついて来られる気配もわからない。
そして生憎の大雨。アーケード外に出ても大雨のお陰で後ろから近づいてくる音も掻き消されてしまう。

20mってどれくらい?怖い、怖いよサカズキさん。

「ええか、犯人の後ろから俺が見張っとる。もう一人同僚が先回りして俺のマンションのエントランスにおるけェ。いつも通り俺の家に向かってくれ」

「サカズキさん……私……!」

こんな処からもう一刻早く離れたい。
お願いだから安全な処に誘導して欲しいと言おうとしたが、次に紡がれた言葉にそんな弱音は飲み込んでしまう。

「大丈夫じゃ、電話は繋いだまんましとってくれ。必ず守っちゃる」

好きな人にそう言われればどれだけ安心できるだろう。普段ならその言葉にじんと惚れて、勇気づけられるかもしれない。

それでもだ、怖いものは怖い。長年、私はこれが原因で酷い目に遭ってきたのだ。一人暮らしの帰りに尾行されて投函された怪文書、大学のサークルや学年の皆から好奇な目で見られ嘲笑の的にされたあの時。社会人になって就職しても、言い寄られて断れば逆ギレされたあの男。

【今日の2限、303教室にいなかったな】

【バイト帰り、一緒に帰ってた奴は誰だ?】

【ベルはヤリマン。サークル入った後ヤッた男は軽く10人越え】

【頼めば誰とでもヤってくれるらしいよ】

【男性恐怖症なら先に言えって。何なん、俺の時間無駄にしやがって】

大学時代のあの悪夢などが全部フラッシュバックして、気持ち悪い。むかむかして、唾が必要以上に出てきて飲み込むのも嫌だ。

「怖い……怖いです……!」

「あぁ、わぁっとる。じゃが……普段通りにしておけ。警察は証拠がないと捕まえられんのんじゃ。ちィと辛抱してくれ」

「……うぅ」

証拠。
確かに、あの手紙だけでは犯人の特定は難しいだろうし、検挙も出来まい。要は今が取っ捕まえるチャンスと彼は言いたいのだろうが、相手が何もしない保証なんてどこにもない。いきなり殴ってかかれたら?凶器でも持っていたら?私はどうなるの?

頭では理性的な考えが出来ても、心は理解が追いつかない。そんなものどうでもいい、身の安全を第一に考えさせてと飲み込まれそうになる思考を何とか思い留まらせる。

だって、今後ろを振り向いてサカズキさんに助けを求めたら折角の作戦も水の泡。結局“アイツ”に逃げられでもしたら、またストーカーに脅える毎日。私の平穏は遠退くしかない。

なんで、何で私ばっかりこんな目に……!

「っ……(気持ち悪い……)」

フラッシュバックも相まって、今にもその場でしゃがみ込んで吐きたいのを一心で堪えて、無理矢理歩を進める。まるで一世一代の大仕事にでも挑むような緊張感と恐怖感に苛まれて、気が狂いそうだった。

彼の質問にもまともに答えられない。

「ええか?ベル。同僚は赤茶髪のグラサンの男じゃ、そいつがお前を見たらマンションのエントランスから出て来る」

「……っ……は」

「大丈夫か?聞いとるか!?ベル」

サカズキさんのマンションはアーケード街から抜けて3分ぐらいの処。相変わらずの大雨の中、何とか傘を差して行く。心なしか、雨足が強くなってる気がするが、気持ち悪くて濡れる事はどうでもよかった。

マンションに着くまであと50mぐらいの処だった。マンションのエントランスは窓張りで、外からでも誰がいるか判別しやすい。そこに、サカズキさんが仰ってたように赤茶髪の男はいた。あの人か。確かに私と目が合った瞬間、エントランスから出てくるのが見えた。もう大丈夫、もう。

そう思い込んだと、途端。
電話口から聞いたこともないほどの大声で叫ばれて、びっくりして吐き気すらすっこんでしまう。

「ベル!!犯人が走った!走れ!!」

「ひ…いぃっ!!」

無我夢中とはこの事を言うのだろう。縺れそうになる足を必死に走らせた。

「まてごらぁ!」

「きゃあああっ!」

後ろから唸るような男の叫びだけが聞こえて、私も気づいたら悲鳴を上げてしまった。
だが世の中はそう上手くはいかない。傘、自分のバック、片手に持っていたスマホ。これらを持ちながらどれだけ全力疾走できるだろう。もう少しでマンションのエントランスまで行けそうだったのに、やはり震える足が縺れてコケてしまう。傘も全く意味を成さず、初めて後ろを振り向けば、10m先にフードを被った男が持つキラッと光る長い得物が目に入った。

あぁ、もうだめ。死ぬ……!


「そこまでだ!警察じゃ!」

「!?」

「っ、こんの!外道がぁ!」

「うあぁぁぁぁあああ!!」

「させるかィ!サカズキ!」

後ろから制止するサカズキさんと、いつの間にかあの赤茶髪の人も加わり、凶器を持った犯人が前後を取られてその得物を奇声を発しながら振り回していた。
とてもじゃないがその修羅場をまともに見てられず、私はその場で傘を自分に被せて蹲るしか出来なかった。怖い、もう無理……!助けて!

いったい、その修羅場は何秒経ったのか。カランと何か刃物が落ちた音がして、大雨に打ち付けられる道路に人が転がった気がした。どうなったか見たい気持ちが勝ってしまって、恐る恐る傘をずらしてその様子を目にした。

「ぐ……ぬぅ……!」

「公務執行妨害ならびに暴行罪、現行犯逮捕じゃ……!」

「あ……ぁ……」

うつ伏せになった“アイツ”を上から押し倒し、手錠を嵌めるサカズキさんは、ドラマや映画でもよく見る光景だった。だが実際は、その様子が速すぎて圧倒されて、動けない。犯人はサカズキさんから押さえつけられても、足や胸を動かし抵抗をやめていなかった。

「はぁっ……あ……」

だが、その光景をしっかりと目にした事で雷に打たれたような衝撃だったかもしれない。目を離せなかった、そしてこれでやっと“アイツ”から解放されたと脳裏に言葉が浮かぶ。

茫然とした私に咄嗟に声をかけてくれたのは、赤茶髪のグラサンの男性のほうだった。そして早く離れるよう促され、その場を立つように手を取られる。

「お嬢さん、怪我は!?」

「い、いえ特には……」

「なかったら早よう部屋へ戻れ!安全を確認次第、あとで署に来てもらうけェ」

「は、はいぃ……」

そっか、サカズキさんが犯人を抑えているとはいえ、未だ私を狙ってる事には変わりないんだ。そうやっと理解すると、恐怖が再び襲う。まだここは“安全”ではない、と。
急いでサカズキさんの家の鍵を出して、マンションのエントランスに入る。ここ迄来れば実質犯人は鍵がない限り入る事は出来ない、が。震える身体が一刻でもこの場から離れたいと叫んでいた。

怖かった……怖かった!
30cm程長い刃物を見た時、もう殺されるかと思った!だめかと思った……!もう……。

だめ、もう気持ち悪い。吐きたい。
その後、私はどうやって彼の部屋まで辿り着いたかあまり憶えていなかった。

「あのアマ…!どけ公僕どもが!!税金泥棒!」

「よう吠えるのう、往生際が悪いやつめ!」

「神妙にしとれ……!此方〇〇警察署本官テンセイ、路上で現行犯逮捕のため応援を頼む。場所は□□駅前二丁目三番、◯✕マンション前……」


残像。
(書き換わったフラッシュバック)

- 15 -

*前次#


ページ: